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ベルトワーズ伯爵

 正直私は目の前の青年リオナルド・カストネル公爵子息が嫌いだ。

 だが、彼以上に愛娘を託せると思える男がいないのも事実。

 だからこそ彼が憎くて嫌いなのだ。


 彼が七つの時だ。

 初めてヴィアンカに会ったのにも関わらず、彼は娘と婚約したいと言い出した。幼子の戯言と片付けてしまうには彼は当時から聡明すぎた。よくぞあの人の好さしか取り得ない(が故に私の唯一の友人ともいえる)公爵からこんなに狡猾な子が出来たものだ。文武両道に秀で、容姿も端麗、世渡りの才もあり、爵位すら文句の付けようもない。

 もともとあった才を開花させたのは私自身であるが。


「十六で婚姻は早すぎるだろう?」

「ヴィアンカも望んでくれています。六月がいいと」


 にっこりと微笑めば、彼もにっこりと綺麗な裏の有り余る笑顔を向ける。

 長幼の序は何処に行った。物怖じぐらいしたらどうだ。まあ、このぐらいで退く様な男ならば初めから娘の婚約者になどなれないが。


「退く様な男ならば、始めからヴィアンカとは婚約できなかったでしょう」

「人の考えを読むとは君は本当に可愛くないな」

「伯爵に鍛えられましたので」


 全く嫌味なくらい綺麗な微笑みを向けてくる。私が敵にするように。そこまで教えたつもりはないのだが。


「お訊ねしますが、どうしたらすんなりと六月の婚姻を許して頂けますか」

「許さないよ」


 執務机に両肘をついて指を組みそこに顎を乗せて相手を見据えた。私の本性を知っている者ならば退くであろう気配に、彼は全く動じない。幼い頃からそうだ。彼の戸惑った姿を目にしたのは本性を初めて晒したその一瞬だけだった。全くもって可愛げがない。


「ヴィアンカが願っても、でしょうか?」


 可愛い娘の願いは何としても叶えてやるが、こればかりは易々と頷けるものではない。

 あの天使のような娘に男の手が触れるなどあってはならないことだ。

 だが、ある時娘が泣きそうになって訊ねてきたことがある。


「お父様はお母様をお好きだからキスをするんですか」

「勿論そうだよ」

「じゃあ、やっぱりリオ様は私の事を少しも好ましいとは思ってくれていないのですね」


 十三、四にもなれば女友達の中でもそう言った話題が出るのだろう。婚約をしていながら、ちっとも触れてこようとしない彼に自分が嫌われているんだと涙を零した。そうだと言って引き離してしまうのは簡単だが、彼以上の男がいないのも否めない。

「結婚するまで決して触れるな」という約束を「十五になったら口付けだけなら許してやる」に変更せざるを得なかった。

 殊更綺麗に微笑む彼に、してやられたと思ったのはこの時だ。娘の友人にそういう話をするように仕向けたのは彼だろう。

 ムカついたので王子の隣国への滞在を一年に伸ばすように仕向けたが(しかしそれも五ヶ月で終わらせて帰って来た)。そしてその間にどうやら娘の方に心変わりがあったらしくほくそ笑んでいたのだが。婚姻相手として彼以上の者はいないが、娘がそれを拒むのであれば仕方がない。そう思っていたのに、どうやらまんまと元の鞘に収まってしまったらしい。しかも数時間で。

 娘はどうあってもこの男がいいらしい。私だって仕方がないと思える相手ではある。

 が。

 父の心境としては面白くないのだ。


「許したくないねぇ」

「ヴィアンカの花嫁姿はみたくはないですか?」


 それは見たいに決まっている。

 やはり十六で自分に嫁いできた妻に劣らずに、いやそれ以上に美しいはずだ。そう言えば妻も「ヴィアンカももうすぐ十六ですね」と意味ありげに微笑んでいた。


「君は私と血が繋がっていないのが不思議なくらいに私に似ているよ」

「実は私も伯爵との血の繋がりを疑ったことがありますが、母にきっぱりと否定されました」

「確かめたのかい?」

「ええ。気になったもので、直接母に」

「まあ、否定されるだろうね。君の母君はあれで純朴な公爵に惚れきっているんだから」

「そのようです。そして伯爵がご結婚以来、奥方以外の女性と関係を持っていないこともはっきりと言っていました」


 私と妻が婚姻を結んだのは二十二年前。それ以後他の女性と関係を持っていないとなれば、十八の彼が生まれる訳がない。


「情報通だな、君の母は」

「父より頼もしいです」

「そうだろう」


 彼の母は元王女だ。御婦人方への情報網はいたるところに及んでいるだろう。

 妻と結婚する前は性欲の捌け口として後腐れの無い女性と色々したものだが、欲しい女性が手に入ったならそんな必要もなくなった。

 そういった話が彼の母の耳には入っていたのだろう。


「次はどんな無理難題をこなしたら、婚姻の許しが頂けるのでしょうか」


 彼は挑戦的に再度そう問うてきた。


「君の口添えなしでヴィアンカが泣いて頼んで来たらかな」


 もう分かっているんだ。君に課す課題はもうない。

 何を言ったところでやすやすとこなしてしまうのだから。


 全く可愛げのない婿殿だ。

 けれど次に見た君の表情に少しは気が晴れた思いがしたよ。


「口添えなしとは……なかなか難しいですね」


 苦々しく眉を寄せる君は滅多に見れるものではないからね。


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