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リオナルド・カストネル 9

 それでも躊躇いがちに唇は触れられた。

 眩暈がしそうだ。

 ヴィアンカの方からキスをしたいと、そうして彼女から触れてきた唇は本当に甘い。


「どうして瞳を閉じないのですか」


 触れる直前にヴィアンカが赤くなって呟いた。


「見ていたい。嫌ならヴィアンカが閉じればいい」


 そう言ったら本当にヴィアンカが瞳を閉じて口付けてきた。

 見逃せるわけがない。

 初めて彼女が自分から望んで口付けてくるのだから。

 羞恥に染まる頬も。

 戸惑いに震える睫も。

 見逃せるわけがない。


 ふわりと本当に触れるだけ。それでも離れたヴィアンカの顔は真っ赤で。今までも何度もしているだろうと笑いたくなった。


「本当に可愛いな、お前は」


 腰を抱き寄せれば、これもまた初めて首に腕が廻された。こんな風に甘えて来るならもっと早く可愛いと言ってやれば良かった。愛してると言って安心させてやれば良かった。


「リオ様、好き」


 そうすればもっと早くこんなに甘い言葉が聴けたのに。


「俺も馬鹿だったな」

「? なに? なんですか?」

「いや。なんでもない。お前の夢見も馬鹿に出来ないと改めて思っただけだ」


 本当に伯爵が部屋に現れた時には胆が冷えた。婚姻の話を切り出す前にそれこそ婚約解消だと言われそうだ。

 それも今更か。

 抱えなおして額同士をこつりと当てた。


「ヴィアンカは俺との婚姻を望んでくれているんだよな?」

「六月に、と言ったのに今更ですよ。リオ様こそ本当に望んでくれているんですか?」

「心から望んでいる。お前だけだ」

「うれしい」


 呟いて口付けを強請る様に瞳を閉じて上を向く。

 ああ、もう。両手を上げて降参したい気分だ。

 今日だけで何度触れたであろうその甘露を今度は深く深く貪った。息が続かなくなったヴィアンカがトンと胸を叩くたび僅かに息継ぎに離すが、またすぐに味わうことを幾度も繰り返す。躰に掛かる重みが増して、もう限界かと察して顔を離せば、そのままくたりと力なく胸に沈み込んだ。その顔が見たくて顎を掬い上げれば飲み込みきれなかった唾液が口元を伝っている。蕩けきって虚ろな瞳も、艶を増した赤い唇も扇情的で。透明な糸を舐めとり最後に軽く唇に触れた。


「ヴィアンカ、愛してる」

「……はぁ……最後って…言ったのに……」

「これからは言いたい時に言う」


「愛している」

「うれしい」


 ヴィアンカは(はん)なりと微笑んだ。


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