ヴィアンカ・ベルトワーズ 9
とにかく寝室を出て扉をピタリと閉めて無理矢理リオ様をソファに座らせました。
とそこで。
「ヴィアンカ、入るよ」
きゃああああああ!!!
お父様! お父様の声です。
ああ、寝室から出ていてよかった! まさに神の啓示!
ほらリオ様だって見たこともないくらい驚いています。
夢はリオ様にとって避けた方がいいことだったようですね。
「お父様! おかえりなさい。今日はお早いのですね」
私は急いで扉近くで父を迎えます。
父はとても優しくて温厚な人で、私をとても可愛がってくれています。そんな娘が婚約者とはいえ男性と寝室にいたと分かれば泣いてしまいそうですものね。リオ様だって気まずくなってしまうでしょうし。
「ただいま。私の可愛い娘。今日は仕事が早く終わってね。……おや、瞳が少し赤いようだが?」
「あ、これは……リオ様の贈り物に感激してしまって。ほら、似合いますか?」
私はくるりと父の前で廻って見せました。
「ああ、とても可愛いよ。そうそう、リオナルド君が来ていると聞いてね、挨拶に来たんだよ」
父は眼を細めて私の頭を撫でた後、リオ様に目を向けます。リオ様は既にその場に立ち上がっていて、父と目が合うと丁寧に頭を下げました。
「お久しぶりです。ベルトワーズ伯爵」
「ああ、そんなに畏まらないでくれ。いずれ親子になるのだし。身分は君の方が高いのだから」
「いいえ。いずれ父になる方であり、長幼の序というものもありますから」
「はは。君は相変わらず礼儀正しいな。娘にもそういった態度で接してくれると嬉しいのだが」
「勿論心がけております。ご安心ください」
何故でしょう。お二人の間に見えない火花が散っているようです。
「お父様?」
「ああ、なんでもないよ。私は失礼するからリオナルド君はゆっくりして行ってくれ」
「伯爵。後でお時間を頂けますか」
「かまわないよ。いつでもおいで」
父はにこやかに部屋を出て行きました。その際扉をやや広めに開けられたのですが、それは娘を心配する父親というものですよね。
それにしてもいつも思うのですが。
父に対するリオ様の態度は不思議です。丁寧なのにどこか挑戦するような瞳で父をみます。あの優しいだけの父に何を気負うというのでしょうか。
父の足音が遠のくとリオ様はソファに深く身を沈めました。
「リオ様?」
不思議そうにそれを見れば、来いというように手招きされました。近づいたらぐいっと腕を引かれてまたも私はリオ様の膝の上です。
「誤解は解けたんだ。伯爵と婚姻の話を詰めてもいいよな?」
「婚姻?」
「ヴィアンカも三ヶ月後には十六だ。そうなればいつでも結婚できる。式を挙げたい月はあるか?」
結婚? 結婚!? 結婚って言いました!?
いえ、婚約者なのですからいずれはそうなるのでしょうが。
今この国の女性の平均婚姻年齢は十八から二十五です。婚姻適齢は女性は十六ですが、実際十六で婚姻するのは珍しいです。私も早くても十八から二十くらいだろうと思っていました。
が。
「結婚!?」
「どうした? 今更嫌とか言うなよ」
「言いませんけど!! 早くないですか?」
「俺は十の時から待っていた。早くない」
十歳って……。婚約した歳ですよね。つまりはそのころから好きでいてくれたという事でしょうか。
「六月……六月がいいです」
「ジューンブライドか。言うと思った」
リオ様が表情を緩めます。
綺麗な顔。そして可愛いです。
私はリオ様の頬に両手を伸ばしました。
「うん? どうした?」
「キスしたいです」
リオ様は驚いた顔をした後で、私の掌に口付け破顔しました。
「いくらでもすればいい」
私はその日初めて自分の意志で自分からリオ様に口付けました。