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嬢王ノ歌・中  作者: taishi
1/1

激情の歌

あけましておめでとうございます。


お久しぶりです。


長編小説が書き上がったので送付致します。


資格試験の勉強により時間がかかってしまった事お許し下さい。


今回のテーマは「強い女性」です。


今までの20年櫻、28歳は伝えたいメッセージから派生するメッセージ先行型の小説であるのに対して。


今回はこんな人を描いてみたいという気持ちから派生したキャラクター先行型の小説です。


今まで書いてきた小説の様なメッセージ性と同時に、登場キャラクターが非常に際立つ様に描いたので、描いていて面白かったです。(今までの作品ではスパイゲームがキャラクター先行型の作品なのでそれに近い物があります。)




男性に比べて女性というのは精神的にも大人で、逞しく、時にしたたかに生きています。


そんな女を売る商売であるキャバクラのキャストにスポットライトを当ててみました。


<広がる波紋>

「ちょっと・・・・この写真見てよ。」

明美が驚いた顔をして写真を指差した。

「ここに写っている子・・・・さっきのアゲハとかいう子じゃない?」

「本当だ!こっちの写真も!」

「けど、なんで?この子が紫乃さんと一緒に?」

「あんたら、ほんまに頭の中がお花畑ですなぁ。」

美穂がゆらりと明美達の前に出てきた。

「どういう事よ!!」

「そんなん決まってるさかい。うちらの派閥に入りたいからやろ?あの子の売り上げ知ってはりますか?下から3番目、どう考えても今の数字では首やわ。せやからあの子は紫乃はんの首と引き換えに派閥に入れてもらおうと思ったんちゃいますか?」

美穂が悪意に満ちた笑みを既存種のメンバーに向けた。

「許せない・・・絶対に許せない!!」

憎しみの炎が燃えあがり、店を焼き尽くしそうだった。


紫乃を家まで送り、アゲハが店に戻るとキャストはアゲハをみてヒソヒソ話を始めたり、目を逸らしてきた。明らかに空気がおかしい・・・。

仲のいい可憐に話かけたが、可憐もどこかよそよそしくすぐさまどこかに逃げてしまった?

何があったのだろう?アゲハは一旦、更衣室に戻る事にした。

アゲハは更衣室で驚く光景を目にする。自分のロッカーがボコボコに蹴られ、油性のマジックで死ね、あばずれ、クソ女、ヤリマンなどの目を背けたくなるような誹謗中傷が書かれていた。ロッカーの鍵が壊されており、中を見ると、店で出たゴミがぶちまけられており、あまりの匂いに目を背けたくなる。

ドレスも全て切り裂かれていた。

「ゴミみたいなあんたにはぴったりね!」

後ろを振り返ると、明美、伶奈など既存種のメンバーが並び立ちニヤニヤしてた。

「なんでこんな事するんですか!」

アゲハは食ってかかった。

「は?あんたマジで言ってるの?自分の胸に聞いてみな!」

明美に突き飛ばされ、アゲハは尻餅をついて倒れた。明美達の笑い声が悪魔の笑い声に聞こえた。

ひとりで更衣室のゴミを片付け開店と同時に控え室に入る。

しかし、誰もアゲハに近づこうとしない。

店が始まっても、露骨ないじめは続いた。

移動中に足を引っ掛けられ転倒したり、入っているオーダー伝票を握り潰してアゲハの客をイラつかせたり。

「最近、アゲハって子が、指名を取る為に誰とでも寝るのよ。」伶奈が隣の席で大声で話している。

「そうなのかい?ちょっと頼んでみようかな。ぐへへへへへへ。」

「ちょっと、野原さん止めて下さいよ。あの子やり過ぎで病気たくさん持ってますよ。」

「・・・・それはいやだな。」

「仕方ないですよ。肉便器なんだから。ひゃははははは。」

悔しくて、恥ずかしくて、アゲハは拳を握ってぐっと耐えた。

また、トイレに入っている時に、バケツで水をかけられた。ずぶ濡れになった状態でアゲハは泣きそうなのを我慢していた。

なんで!なんで私がこんな事されなきゃいけないの?辛くて、辛くて、アゲハはびしょ濡れのまま、トイレで嘔吐した。

そのいじめは連日続き、地獄の様な日々にアゲハは心身共に限界に来ていた。

こんな日がいつまで続くのか?先の見えないトンネルの様な恐怖にただただ疲れてた。


辞めたい・・・。

普通の生活に戻りたい。

アゲハはスマホを取り出し、竜崎の番号を探した。竜崎さんならなんて声をかけてくれるかな?

厳しくて、ぶっきらぼうだけど、なんだかんだ言って私の味方でいてくれたな。

それを思うと今の自分が情けなくて、竜崎の番号を押すことができなかった。

ただ、座りこんで街のネオンを眺めた。

「お疲れ様。」

横からすっと暖かい缶コーヒーが出てきた。

そこにはボーイの松井が笑顔で立っていた。

「ずいぶん、大変だったみたいだね。大丈夫かい?」松井はしゃがみ込んで心配そうにアゲハの顔を覗いてくる。

「なんか・・・私、酷く嫌われちゃったみたいです。女子高生みたいなイジメですけど、結構、効きますね。」

アゲハは下を見つめさみしそうに笑った。

松井は心配そうに横に座っていてくれる。

「大変な時は、おじさんに話してよ。何も力になれないかもしれないけど話は聞けるから。」

横を向くと松井の笑顔があった。

アゲハはその笑顔を見て安心したのか、一筋の涙をこぼした。

松井が慌てて自分のハンカチを渡してくれた。そしてベストの中から一枚の写真を取り出しアゲハに見せた。

「妻と娘の写真だ。今は妻の実家にいるから僕とは別居中なんだ。去年まで中小企業の課長をやっていたんだけど、リストラにあっちゃってね。ようやく見つけたのがこの仕事なんだ。けど、せっかく拾ってもらったこの仕事を何としても続けて、いつか妻と娘を迎えに行きたい。だから今日を頑張れるのかな。」

松井は照れくさそうに笑った。

その横顔がアゲハの父親そっくりでなんだかほっとした。

「松井!どこにいるんだよ?早く来い!」

「はい!ただいま!じゃあ、行ってくるよ。アゲハちゃん、悪い事の後にはいい事が必ずあるよ。だから、頑張って。」

それを言い残すと松井は足早に去って行った。


帰り道、アゲハのスマホが鳴った。

着信をみると竜崎だった。

「・・・はい。」

「竜崎だ。順調か?」

「・・・・・なんともいえません。少しピンチかも。」

弱音は絶対に吐かないと決めていたが、つい弱音が出てしまった。

「・・・・そうか。話は変わるがお前、最近、太ったりしてないか?」

優しい言葉をかけて貰えることを期待したが思わぬ質問に、拍子抜けしてしまう。

「いえ・・・・多分、太ったりはしていないと思います。」

「そうか、ならよかった。」

それだけで電話は切れてしまった。

「ちょ!なに!何なのよもう!!」

女心が全然解ってない!アゲハはプンプン怒りながら家路に急いだ。


スマートフォンを切り、竜崎はオフィスから新宿の夜景を眺めた。

報告によると、アゲハはあの女には上手く接触できたようだ。しかし、あの男との接触はまだ先になりそうだ。

竜崎は胸元から小さな手帳を取り出した。

小野寺義人がなくなる直前まで記載していた手記だ。

警察の知り合いを通して入手した。


7月20日

美咲の死の真相を探って早くも20年が経つ。

美咲が私の元から姿を消してから数年・・・・。

今日は美咲が私と出会う前に勤めていたという店に潜入する。

会社にも、秀子にも嘘を言い一週間だけ休みを頂いた。

秀子には嘘をついて大変申しわけないと思っている。だからこそ、この一週間で全てを白昼の元に暴く!!


8月21日

昨日は美咲の死の真相を知る女性と接触する事が出来た。

本日、出勤前にその女性に会い話を聞く。

美咲、君を守って上げれなくて本当に申しわけなく思っている。

君の忘れ形見である秀子は今は立派な大人に成長した。

君の仇をとって私たちの宝物である子供を幸せにする。


8月22日

その女性のはからいでついに仇を取るチャンスをつくる事が出来た。

その女性と共に敵のオフィスに乗り込み、問い詰める。

今は怒りでにえたぎるようなこの思いを抑えるのに必死だ。

今日で全てを終わらせる。


その手記を最後に義人は殺された。

義人をはめた女と男がいる・・・・・?

誰なんだ・・・・?

義人の首の左側にはスタンガンの跡が見られた。

スタンガンを当てたのは左利き?

恐らくスタンガンを当てられて気絶させられ、自殺に見せかけて殺された?

誰が殺したんだ・・・・?


考え過ぎても答えは出てこない。

竜崎はタバコに火をつけると内線で秘書に電話を入れた。

「竜崎だ。今から言うものを明日の昼までにサファイアルージュに届けてくれ。」

後はあいつが働いてくれるのを期待するか。

竜崎は揺れる煙を見つめた。


翌日、出勤したアゲハは驚いた。

自分宛に20着を超える高級ドレス、新しい靴やアクセサリー、コスメセットが届いていた。差出人は書いていない。

「竜崎さん・・・・。」

アゲハのドレスが切り裂かれてしまった事を知ったのだろう。しかし、どうやって?


新品のドレスを着てアゲハは店に立った。

今までのように誹謗中傷は収まらなかったが、昨日よりは気にする事なく接客に集中する事が出来た。

仕事が終わり、帰り支度をしているとひとりのキャストがアゲハに近づいて来た。

「・・・・なんですか?」

アゲハが警戒の色を強める。

「レイカさんがお呼びよ。」

そのキャストに教えられたクラブに言われるがままアゲハは向かった。


ブラックライトの暗いダンスフロアの奥に煌びやかなガラス張りの扉が見えた。

アゲハはクラブのボーイにVIPルームである赤いソファーに埋め尽くされた個室に通された。

クラブミュージックが流れる個室のソファーにレイカがけだるそうに座っていた。

そこに美穂、茜、ここなも座っていた。

「そこ座りいや。」

茜が席に座るように促す。アゲハは言われるがままに腰をおろした。

「とりあえず、おめでと。」

レイカが頬杖をついてウインクしてきた。

「あんたのおかげで紫乃を抹殺する事が出来たわ。サンキュー。私の派閥に入れてあげてもいいわよ。」

レイカはシャンパンを飲みながら上機嫌だ。一番の厄介者である紫乃の抹殺がうれしいのだろう。

初めてレイカを近くで見た。金髪にモデルのような小さな顔、勝気な顔の作りをしているが幼さも残る。ひょっとしたらアゲハよりも年下なのかもしれない。

この男が父をたぶらかして殺した・・・・。

アゲハの瞳に憎しみの炎が宿る。

「なによ、先から難しい顔して。あんた、素直に喜びなさいよ。」

少しお酒が入って酔っ払っていたレイカがむっとしていた。


「お断りいたします。」

一瞬、空気が氷るのが解った。

「あんた、どういう事や!!」

茜が机を勢い良く叩き、アゲハにつめよる。

「どういうことも、なにも、先ほど言った通りです。レイカさんの派閥には付きません。」

アゲハはきっぱりと口にした。

「あんた、私を敵にまわして勝てると思ってるの?」

レイカがアゲハの顔の前に、自分の顔を持ってきて言った。

「レイカさん、私は貴方に絶対に勝ちます。

もし勝ったら、あなたが今までしてきた悪事を全て話してもらいます。いいですね。」

アゲハはレイカに睨みを利かせて言った。

「は?意味わかんない。別に悪事なんてしてないけど?いいわ、もし負けたら私の知ってる事全て話してあげるわ。」

「約束は守ってもらいます。私はたとえどんな事があっても貴方に勝つ。首を飛ばされ首だけになっても、私は貴方に食らいつく。

私が死して朽ち果てても私の魂は貴方を呪い殺す。もう一度、言います。私は貴方に勝ちます!!」

その気迫にレイカを含め部屋のだれもが息を飲んだ。それは同時にレイカへの宣戦布告であった。

「失礼します。」

アゲハはレイカを睨み、頭を下げる事なく店を後にした。

「なんなん!あいつ!」

茜がアゲハがいなくなってから怒りを爆発させた。

「いいのよ・・・・あいつ、紫乃達だけでなく私にまで喧嘩を売った。面白いじゃない、あいつはサファイアルージュを全て敵にまわして戦うつもりよ。あんなイカレたやつは初めてね。」

レイカは不敵に笑いながらも自分のなかで抑えきれない闘志が燃え上がるのを実感していた。

美穂は我関せずで花瓶の花を一輪取って、弄んでいた。

「あの子・・・・・・やっぱり邪魔やなぁ。」

美帆は自分の持っていた花を握りつぶし、光悦の笑みを浮かべた。


「あ、アゲハさん!どーゆうことですか!昨日、レイカさんにまで喧嘩を売ったなんて、このお店で本当に味方がいなくなっちゃいますよ!」可憐があたふた混乱するように辺りを動きまわっている。

「別に喧嘩を売ったわけじゃないわ。ただ、そんな結果になっちゃっただけ。」

アゲハはしれっとした態度でメイクをしていた。そう、慌てふためいても仕方がない。今は一刻も早く太い客を捕まえて生き残る事、レイカに勝つ事を考えなければ。

「アゲハさん、私、心配ですぅ。アゲハさんがこんなに敵が多いと、夜道で襲われてギャーみたいな事になるんじゃないかって。」

可憐は目をうるうるさせて上目遣いでアゲハに擦り寄った。

「大丈夫よ。さっ、可憐ちゃんも早く着替えて準備しなきゃ。」

「・・・はーい。」

しかし、現実はそんなに甘くはなかった。

実際にアゲハに指名が入る事は無く、周りからのヘルプの要請もなかった。

さらにアゲハの悪評が客の中にも出回っており、だれもアゲハを指名するものがいなかった。

そして、あっと言う間に1日が終わった。

アゲハはその日、初めて売上が無かった。

「みじめなもんね。昨日、私に喧嘩を売った元気はどこに行ったのかしら?」

後ろからレイカ達があざ笑ってきた。

アゲハは無視して帰り支度をする。

「この分じゃ、私に勝つどころか一ヶ月で消えるのが落ちね。」

その声にアゲハはレイカに向き直った。

「レイカさん、あなたは今日1日の売上で私と勝負したいんですか?見てて下さい。貴方のその高い鼻を近いうちにへし折ります。」

アゲハはレイカに臆する事なく言い放った。

「ふん、その減らずぐちがいつまで聴けるか見ものね。」

レイカもアゲハを睨み返し言い放った。

その横で美穂が何処かに電話をしていた。

そしてアゲハを見てねっとりした不気味な笑みを浮かべた。


私服に着替えアゲハは家路に向かいながら考えた。確かにこのままでは、レイカに勝つどころか月末でクビになってしまう。どうしたら?どうしたらいいのか?

アゲハは考え事をしていて、自分の横に大きめの黒いフルスモークのバンが横付けされた事にも気づかなかった。

バンの扉が開き、いきなりアゲハを強引に車の中に引きずりこんだ。

悲鳴を上げたが口を塞がれ無理やり車内に引きずり込まれた。

体が動かない。後ろに顔を向けると熊の様な体をしたスキンヘッドの男がアゲハを羽交い締めにしていた。

運転席の男と、カメラを構えたサングラスに金髪の男、歯並びの悪いホスト風の男がニヤニヤアゲハをいやらしい目つきで見ていた。

「あいつの言うには輪姦して、ビデオとって好きにしちゃっていいみたいだから、とっとと初めようぜ。」

車内には耳をつんざく様なクラブミュージックが流れていた。

ホスト風な男がアゲハのシャツに手を掛ける。

「いや!やめて!」

アゲハは抵抗するも、ホスト風の男はシャツを思い切り横に引っ張った。

ボタンが飛び散り、アゲハの胸が露わになった。

「ひゅー、たまんねー。久々の巨乳ちゃんだぜ!」

カメラを持ったサングラスの男が下品な歓声を上げる。

次にホストの様な男はアゲハの股をひろげようと足に手をかけた。

やめて!アゲハは思い切りホストの鳩尾を蹴った。

「ってめぇ!!」

ホストは逆上してアゲハの頬を思い切り平手打ちした。

アゲハは痛みと恐怖にただ震え動けなくなってしまった。

「いや・・・・・乱暴しないで・・・・・。」

アゲハは恐怖でその言葉しかひねり出す事が出来なかった。

無理やりに開かれたアゲハの股にホストは顔を近づけてきた。

スカートを無理やりたくし上げられアゲハのショーツが露になった。

「きっと大洪水なんだろ?心配するなって、俺の舌テクでたくさんイカせてやるよ。」

ホスト風の男の下品な声と不快な吐息にアゲハは目を背ける。

「お願い!誰か助けて!!」

アゲハは口を抑えられながら心の中で必死に助けを呼んだ。


ガラッ!!乱暴にバンの扉が開き、アゲハと男たちは一斉に扉の方向を見た。

そこにはダークスーツを着た大きな熊の様な男が立っていた。

男はホストの襟元を掴み無理やり外に引きずり出した。

次に車に乗り込みカメラを持ったサングラスの男の顔に正拳突きをお見舞いした。

果物を潰した様な鈍い音と拳が顔にめり込むのがわかった。

男が拳を引くとサングラスが割れ、サングラスの男は白目を向いて倒れた。次にアゲハを羽交い締めにしていた男と掴み合いになったが、熊の様な男は右手を取り関節と逆の方向に腕を思い切り曲げた。骨が折れる音と共に、羽交い締めていた男は情けない悲鳴を上げながら狂った様に悶えた。

すぐさま、アゲハと男は車の外に出る。

バンはホスト風の男を置いて走り去った。

「てめぇ!」ホスト風の男がアゲハに向かって襲い掛かってきた。

アゲハは思わず身を固める。

「やめろよ。みっともない。」

誰かがホスト風の男の手首を掴んだ。

「なんだてめぇは?」

ホスト風の男が振り返ると、鳩尾に膝蹴りを決められ崩れ落ちる。

アゲハはゆっくりと顔を上げた。

その男は身長175cmぐらいで目立って高くはない。

しかし、皮のブルゾンに、高級ブランドのロゴがワンポイント入ったTシャツ、クロムハーツのシルバーアクセサリー、ビンテージのジーンズとラフではあるが金を持ってないとできないファッションだ。

男は鋭い目つきをアゲハに向けた。

それが、勝沼栄二とアゲハの初めての出会いだった。


<恋は激しく幕を明け・・・>

栄二のランボルギーニに乗りアゲハは家まで送ってもらう事にした。

車内でも先ほど襲われた恐怖で震えと涙が止まらなかった。

また、襲われたらどうしよう。今まで男性に触れられたこともなかったアゲハにとってそれはとてつもない恐怖だった。

アゲハは破れたシャツを必死に閉じて胸元を隠して震えていた。

すると、栄二が自分のブルゾンを脱いでアゲハにかけた。

「そんな格好じゃ、風邪引くぞ。」

栄二はそっぽを向きながら言った。

「あ、ありがとう。」

アゲハはその優しさが何より嬉しかった。

アゲハを襲った男達を倒した熊の様な男は栄二の秘書件ボディーガードで小田島と言うらしい。栄二の車を運転している。

車がアゲハの家に到着した。

「あの・・・・今日は助かりました。ありがとうございます。」

アゲハは丁寧に栄二に向かいお辞儀をした。

「別に、俺は複数で女に襲いかかるような卑怯な真似を見てると、むしずがはしるから止めただけだ。」

栄二はそっぽを向いて応えた。

この人意外とシャイなのかも。アゲハはそう思った。

「このブルゾンはクリーニングに出してお返ししますね。」

「いいよ。やぶれちまったし、新しいのを買う。」

よく見ると袖口のところが少しだけ破れていた。

「このくらいなら、私が縫って返します。」

「いいって言っただろ!」

栄二が強くいい返した。

アゲハはその勢いに口ごもる。

「じゃ、俺は帰るから。」

「・・・・あ、あの。」

アゲハは栄二を呼び止めた。

「私、このお店で働いています。ぜひ、お礼させて下さい。」

アゲハが急いで名刺を渡した。

「ふーん、お前キャバ嬢か。まあ、気が向いたら行ってやるよ。」

栄二は興味無さそうに、アゲハの名刺をポケットにしまった。


翌日、アゲハは何事も無かったかの様に出勤した。

美穂はそれを見て、一瞬目を見ひらいたが直ぐにいつもの涼しげな顔に戻った。

「アゲハさん、おはようございます。あれ、アゲハさん膝小僧どうしたんですか?」

「ああ、これつまづいちゃって。小学生みたいでしょ。」

「ふふ、気をつけて下さいね。」

そんな可憐との会話も美穂の神経を逆なでしていた。

店が開店した。

相変わらずアゲハはヘルプにも呼ばれず、控え室で、もどかしい気持ちで待っていた。

もう、月の半分を過ぎた。どうしたらいいんだろう?

悩んでも悩んでも答えは出なかった。

すると松井が控え室に入ってきた。アゲハをみつけると嬉しそうな顔で近づいてきて立膝をついた。

「アゲハさん、8番テーブルお願いします。」


アゲハが急いで8番テーブルに向かうと、そこには栄二が座っていた。

「よう。」

栄二が軽く手を上げる。

「嬉しい。来てくれたんですね。」

「別に、キャバクラに来たことがないから興味があっただけだ。お前に会いに来たわけじゃない。」

素直じゃないんだから、アゲハはいちいちむくれる栄二の言動が可愛かった。

「おい、あれネクスト・ブレインの勝沼社長じゃないか?なんでこんなところに?」

アゲハの昨日からの感は当たっていた。

どこかで見たことがあると思えば最近急成長をとげたネクスト・ブレインの社長、勝沼英二であった。

ネクスト・ブレインはスマートフォンでの検索アプリなどを手がけている会社で。

社員が10人ほどではあるが、年商400億を超える企業である。

英二はその会社を立ち上げた人間だが、業界では有名な変わり者である。

常に周りと衝突を繰り返し、敵も多い。

周囲は栄二を金のなる木と言いつつも、何処か腫れ物に触るかの様に接していた。

「お前の仕事はなんだ?」

栄二は唐突にアゲハに聞いてきた。

「私の仕事はこうやってお客様とお酒を飲んでお話して、日頃の疲れを癒すのが仕事です。」

「ふん、そんな仕事お前じゃなくてもできる。俺の仕事は俺しかできない仕事だ。

俺が想像し、それを形にする。それで何億もの金が動くんだ。どうだ、すごいだろ。」

栄二は胸を張り、自信満々にアゲハを見た。

「やりがいのある仕事なんですね。けど、私の仕事もやりがいはあります。この店ではまだいませんが、私に会いに来てくれる人、私に会うのを楽しみにしていてくれる人、そういう人のためにも頑張らなきゃって思うんです。」

「ふーん、裸になってサービスしてくれる風俗女よりもお前達のところに通うやつらの気持ちが理解できない。お前達の会話というサービスは風俗嬢の体を使ったサービスを上回るのか?」


「失礼します。ご同席よろしいでしょうか?」

ここなが自慢の美脚をみせつける様に、ミニのドレスで立っていた。

金の臭いを嗅ぎつけハゲタカ共がやってきたのだろう。

ここなはアゲハと栄二を挟む様にして座った。

「ここなです。よろしくお願いします。」

名刺を渡し、わざとらしく足を組換えた。

「へー、よろしく。ところでさっきから話していたんだが、男達はなぜお前らにそんなに金を使うんだ?べつに裸になるわけでもない、付き合ってくれるわけでもない。なのに男はなぜお前らに大金をつぎ込む?」

「うーん、私の場合はこの美貌ですかね。

誰だって、私みたいなモデル体型の美人と街を歩きたいでしょ。だからみんな私にお金をつぎ込むし、私をモノにしようと必死になると思うの。」

ここなは自信満々にそう応えた。たしかにここなのルックスはサファイアルージュのキャストの中でもトップクラスだ。

「そうか、その答えなら。俺はお前など必要ではない。」栄二はきっぱりといい放った。

「なっ!必要ないってどういう事よ!私みたいないい女と付き合いたくないわけ?!」

「勘違いするな。ただ容姿のいいモデルなら毎日の様に言いよってくる。そいつらはみんな見た目ばかりを気にして中身は軽薄で、頭も恐竜並みに小さい。

それにお前の資産価値はその美貌だ。その価値は歳を取るごとに年々劣化していく。俺の資産や仕事は年々増えていくが、お前の資産は年々減っていく。

そんな資産に価値は見出せないし、興味はない。失せろ。」

ここなは反論できず。怒りで顔を真っ赤にして手元のハンカチを握りしめている。

「はいはい、そこまでゲームオーバー、選手交代やな。」

茜がテーブルに近づいて来た。

「は?ふざけないでよ!まだいけるわ。」

「交代や。聞こえんかったか?」

ここなは栄二にグラスを交わす事なくツカツカと控え室にもどった。

「すんまへんな。茜です。よろしくたのんます。いやー、ネクスト・ブレインの社長さんですよね。うち、めっちゃファンなんです。握手して下さい。」

「モデル気取りの次は、関西女か。ここは動物園が何かか?」

「キャハハ、お客さんおもろいな。動物なんてうちの顔がたぬきにでも見えましたか?

そういえば、社長の作った会社のアプリでナイト・ズーってのありましたよね?

うち、あれめっちゃすきやねん。

夜行性の動物とかが見れて、めっちゃおもろいんですよ。」

「ほう、お前はユーザーだったんだな。」

その後も、茜が間髪入れずにマシンガントークを繰り広げる。お客が興味ある事を喋るので、客もけして会話に暇をすることがない。流石は難波でNo.1をはっていただけの事はあるとアゲハは関心した。

「なるほどな、お前はこの仕事、いつまで続けるつもりだ?」

「うちはお金が貯まったらとっととおさらばしますわ。この仕事もどうせ若いうちが花やし、オバハンになってもやる自信ないですわ。」

「そうか、腰掛けか。ならばお前とも飲みたくないな。俺は仕事に命をかけている。今の仕事、今の事業こそ俺の全てだ。そんな腰掛けに俺の金を使う気は無い。それに俺は関西弁が嫌いだ。あの言葉を聞くとむしずがはしる。以上だ。」

茜も何も言い返す事ができなかった。栄二はあっと言う間に二人を論破してしまった。

「お前はなんでこの仕事をしている。」

アゲハはドキっとした。父の死の真相を知る為、父の無念を晴らす為、しかし、店の真ん中で言える様な事ではなかった。

「・・・・・本当の理由は言えません。けど、どうしても倒したい、いえ、倒さなければならない相手がいるからです。」

「ほう、そいつは?」

栄二は興味深そうに身を乗り出す。

「レイカさんです。例え何があっても、どんな手を使っても私はレイカさんを倒します。この覚悟はレイカさんを倒すまで変わりません。」

アゲハの目に復習の赤黒い炎が灯っていた。全てを焼き尽くすほどのその炎は同じ席についていた茜を圧倒させた。

「つまり、お前はそのレイカってやつを倒すために俺を利用したいわけだな。」

「あなたが利用と捉えるかどうかはあなたの自由です。あなたも仕事の疲れを癒やす為に私を使えばいい。ただ、私はレイカを倒します。そのためならどう思ってもらってもかまいません。」

アゲハは栄二を強く見つめた。

「・・・・・ふふ・・・はははははははははははは!!」

栄二がいきなり狂った様に笑い出した。店中の人がアゲハ達のいる8番テーブルを見ていた。

「こいつはいい!こんな肝の座った女は始めてだ。いいだろう。俺を好きなだけ使え、その代わり俺もお前を好きなだけ使わしてもらう。これは契約だ。文句ないな。」

栄二が手を差し伸べた。

「ええ、存分に利用させてもらいます。」

アゲハはその手を握り返しにっこり笑った。

「おい。」

栄二が手を挙げてボーイを呼んだ。

「俺はこいつを指名する。こいつにドンペリのロゼを入れてやってくれ。」

「アゲハさんにドンペリのロゼ入りました!」

店中がどよめいた。

あの、勝沼栄二が女を指名したぞ!

8番テーブルは一気に注目の的になった。


アゲハがメイクを治しに控え室に戻った。

そこには茜がメイクをしている途中だった。

控え室には二人、無言の空気がながれる。

アゲハがそそくさと控え室から出ようとする。

「待ちや!」

茜がアゲハを呼び止めた。

「なんですか?」アゲハに緊張が走る。

「あんたのさっきの目、ほんまに覚悟した目やった。うちみたいな腰掛けと違って対したもんやで。せやけど、なんでも一人で背負いこんだらあかんで。

レイカ姉さんにばれんように客も少しまわしてやるさかい。きばりや。」

茜はアゲハの方を見ることなく言った。

アゲハは茜に深々と頭をさげた。

少しづつだが、いい方向に進んでいるような気がした。


<輝ける日々>

店が終わりアゲハが外に出ると、栄二のランボルギーニが横付けされていた。

「まだ、夜道怖いだろ・・・。しばらく、送ってやるよ。」

ぶっきらぼうな優しさにアゲハは胸が熱くなるのを実感した。

「早く乗れ。家まで飛ばす。」

「待って下さい。」

「なんだ?」

「真っ直ぐは帰りたくありません。」

「どういう事だ。」

「あなたの特別な所にドライブに連れてって下さい。」

それはアゲハが男性に言った人生最初のわがままだった。


「ついたぞ。」

アゲハは着いた場所に拍子抜けした。

そこは歌舞伎町の反対側、JR新宿駅の西側に位置する新宿副都心であった。

「あれが野村ビル、あれが住友ビルだ。」

「は、はぁ・・・・。」

活き活きとビルの説明をする栄二にアゲハはポカンとしてしまう。

なんでここが特別な場所なんだろう?

アゲハは疑問に思っていた。

栄二が歩道橋の欄干にもたれて構想ビルを眺めながら語りはじめた。

「俺は富山の出身なんだ。親は小さいころに亡くなってるからもう向こうに帰る事はないけど、東京の大学に受かって始めて上京した時に夜行バスが着いたのがこの新宿副都心だったんだ。

驚いたぜ!生まれてはじめて見たビル群だ。なんてすごい街なんだ。絶対この街で頑張ってやる。

あの時の決意と感動は今でも忘れない。

心が折れそうになると俺はいつもここに来て・・・・・あの時の事を思い出す。

俺の特別な場所だ。」

それを語る栄二の目は少年のように澄んでいた。東京出身のアゲハにはわからない、外側から東京をはじめて見た時の感動は地方出身ならでわの感動であろう。

「・・・・・なんてな、おかしいだろ。」

栄二は頭をかきながら照れくさそうにしていた。

「全然・・・・惚れ直した。」

「馬鹿野郎。」

栄二はアゲハの頭を撫でた。

帰り際、アゲハは栄二から同伴の誘いをうけた。

同伴の約束までたった7時間の別れなのに栄二は別れを惜しんでくれた。


翌日、JR吉祥寺駅で待ち合わせをした。

しかし、待ち合わせの時間になっても栄二が来ない。

1時間後、栄二がようやく待ち合わせ場所に来た。

なぜか栄二はものすごく疲れていた。

「ちょっと遅刻するなんて、その前に連絡して下さいよ!」

「うるせぇ!何年かぶりに電車に乗ったから乗り間違えをしただけだ。新宿駅まではなんとか辿りついたんだがな。くそっ!!」

新宿駅から吉祥寺ならJRで一本なのに、一体この人はどうやって迷ったんだろう?

アゲハは時計に目をやった。

「もうお昼の時間ですね。」

「おう、そうだな。何が食べたい。フレンチか?イタリアンか?中華か?好きなものを食わせてやる。」

「いえ、大丈夫です。」

「どういう事だ?」


着いたのは井之頭公園だった。

二人でベンチに腰をかける。

「実はお弁当を作って来たのです。」

アゲハが弁当を広げた。

「お前、今時弁当を作ってくる奴がいるか?」

栄二は呆れた様に小さく笑った。

「いいじゃないですか、お口に合うかわかりませんが食べてみて下さい。」

栄二が恐る恐る玉子焼きに手を延ばす。

口にほうばりゴクリと飲み込んだ。

「・・・・どうですか?」

アゲハは心配そうな顔で栄二を見つめた。

「まあ・・・・合格だな。」

アゲハが嬉しそうに笑顔になるのが解り。栄二はその笑顔を見ると照れ臭くなった。

「そ、それよりお前、なんだよこの弁当のおかずは!筑前煮にきんぴらゴボウって年寄りか!それにおにぎりを俵型に握るな!俺は三角のおにぎりしか認めん!」

急に勢いよく喋った為に栄二はむせてしまった。アゲハは自分の水筒からお茶をくんで栄二に渡す。

栄二が勢いよくお茶を飲んでまたむせた。

アゲハは背中をさすってあげた。栄二の全ての動作が可愛くてアゲハは微笑んだ。

そのあと、井之頭公園を二人で歩き雑貨屋を二人でまわった。

二人でたくさんの事を話した。栄二は仕事の事、今後の事業拡大についての展望を語った。

「今のメディアは既得権益の塊だ。考えがあまりにも古すぎる。俺はユーザーが本当に見たいもの、欲しい情報をテレビだけでなくて気軽に手に入れる事のできる仕組みを作りたいんだ。だから、まずはメディアを手中に入れて自由に仕組み作りができるようにしたい。これからは、メディアで見れない物はなくなるぞ。」

アゲハには栄二の話を全て理解することが出来なかった。けど、事業の事を語る栄二は少年のようにキラキラした目をしていた。

素敵な人・・・・アゲハはいつしか栄二に強く心を引かれていた。


日も暮れて、アゲハ達はサファイアルージュに向かった。

「あら、今日は王子様も一緒?」

振り返るとそこには腕を組んでレイカと東洋テレビの原田が並びたっていた。

「キャバクラ遊びとは随分出世したなぁ、勝沼君。」

原田は見下したように栄二に話かける。

「あんたの方こそこんなところで遊んでいて大丈夫なのかい?

低視聴率の東洋テレビのトップがこんなところで油売ってたら、誰かに寝首をかかれるぜ。」

「その誰かとは誰かな?」

「ふん、余裕でいられるのも今のうちだ。」

アゲハはこの2人の間に並々ならぬ因縁があると感じ取った。

こうして、栄二vs原田、アゲハvsレイカの対立構造が出来上がった。

二組は同時に店に入り、その日はお互いにリシャールを二本づつ入れて終わった。


翌朝、アゲハは朝刊を見て驚いた。

ネクストブレイン、東洋テレビ買収に本格始動!!

新聞、テレビでは栄二が東洋テレビ買収に向けて本格的に始動した事を発表していた。

会見場で記者の質問に答える栄二は、いつもアゲハに見せる少年のような栄二とはどこか違っているように見えた。

大きな時代の波が栄二とアゲハを飲み込もうとしていた。


<二つの唇>

出勤の時間を迎えアゲハは今日が月末だということに気付く、後半は栄二のおかげで売り上げを伸ばす事が出来たものの前半はひどい有様だった。

果たして、アゲハは生き残れるだろうか?

ドルチェとは違いサファイアルージュは全てのキャストの売り上げが張り出される。

今回、紫乃が脱落した為、下位4名が脱落する事になる。

ボーイが神妙なおももちで順位表を持って来た。張り出された瞬間に全キャストが順位表の前に集まる。

アゲハは下から順番に順位を見ていった。

香代子、シェリー、えりか、由佳・・・・・どうやらアゲハと同期入店の4名の脱落が決定した。さらに自分の名前がないか順位を確認した。

・・・・・・・・・・・・・・可憐、ミズキ、明美、ここな、伶奈、アゲハ、茜、美穂、レイカ。

アゲハはなんと4位という成績だった。

「アゲハさん、すごいです!!初月から4位の人なんて今までに誰もいませんよ!!」

可憐が興奮した面持ちで近寄って来た。

茜もアゲハに向かってレイカにばれないように小さくピースをしてくれた。

しかし、アゲハに喜びは無かった。

レイカとの差は約1000万円、まだ遠く及ばなかった。

「初月で4位ってのは褒めてあげるわ。けど、まだまだまだ私の足元にも及ばないわね。」

レイカが近寄って来た。

「レイカさん、今月は私の負けです。

けど、12月は必ず私が勝ちます!その時はあなたの悪事を全部吐いてもらいますから。」

アゲハはレイカに向かって言い放った。

「いいわよ。身に覚えはないけれど約束してあげる。ただし、私に勝ったらの話ね。」


突如、中小路オーナーと副オーナーの袴田がホールの真ん中に出てきた。

「えー、諸君。今月は良く頑張ってくれた。過去の歴史の中で1、2を争う売上だった。

そこで、儂からのプレゼントだ。12月に売上NO,1になったキャストには賞金一千万円をやろう。」

1000万円!!ホールにいるキャスト全員が色めきだつのが解った。

「しかも、12月のNO,1にはサファイアルージュ・オブ・クイーンの称号を与えよう。

君たちも無駄な派閥争いには疲れただろう。派閥は競争を生み、時には効果を見せるが、時に軋轢を産む。クイーンの称号を受けたキャストには1月の店のキャストのリーダーとなって店を取りまとめてもらう。無論、それは店という派閥のトップという事だ。どうだね?」

クイーンと言う響きにレイカが身を乗り出したのが解る。レイカなら間違いなくクイーンの称号を狙いにくるであろう。絶対に負けられない。

「以上だ。それでは諸君!健闘を祈る。」

中小路は袴田と共にホールを去って行った。


「よろしいんですか?」

袴田が中小路に聞いた。

オフィスで中小路が中央に仕切りのある水槽にベタを入れた。仕切りを挟んで二匹のベタが優雅に泳ぎ回っている。

「金が欲しい奴は全力で取りにくる。名誉や権力が欲しい奴は全力で勝ちに来る。既存種も外来種もない。いわば弱肉強食のサバイバルが始まるわけだ。」

中小路が水槽の仕切りを勢い良く外した。

ベタがお互いの存在に気づき激しく威嚇しあい噛み付きあった。

「殺し合う姿は美しい、己の欲望の為、相手を蹴落とし傷つける姿はまさに生物の根源だと思わないかね?」

一方のベタがもう片方のベタを激しく追い詰める。

「そんな欲望剥き出しの殺し合いこそ儂が求めるユートピアだ。」

中小路は満足そうに笑った。袴田はまるで機械のようにメガネを直した。


そして、運命の12月が始まった。

茜がうまく客をまわしてくれた事と、紫乃の客がアゲハを訪ねて来店する事が追い風となっていた。

紫乃が突然辞めた事は客もショックだったのだろう。多くの客が紫乃と連絡を取った。そのつど紫乃はアゲハの事を話し力になってあげてと頼んでくれたという。

既存種から受けていたいじめも今は殆どなくなっていた。

アゲハは紫乃の心遣いに目頭が熱くなった。

紫乃さんの分も私は頑張らなきゃ!アゲハは今までよりもより精力的に接客に打ち込んだ。

おかげでアゲハは多くの客の指名を受ける事ができた。


「アゲハさん、4番テーブルお願いします。」

多くの指名を持つアゲハは忙しかったが、4番テーブルに急いだ。

4番テーブルに行くとそこには栄二がむくれた顔で座っていた。

「ずいぶん、忙しそうじゃないか。」

栄二はそっぽを向いて機嫌の悪そうに腕を組んでソファーの上でふんぞり返っていた。

「なんとかね、順調よ。」

アゲハは手早く水割りを作り栄二に渡そうとしたが栄二は受け取ろうとしない。

「知らないオヤジに太もも触られて順調か?たいした商売だ。」

アゲハに鋭い視線を向けながら栄二が嫌味ったらしく言った。

「そんな言い方しないでよ。みんな楽しみに来てるんだから。栄二さんは仕事は順調ですか?」

アゲハは話題を変えようとしたが、英二は一向に機嫌を直さない。

「ふん、お前に言っても解るまい。」

「どうしたの?いつもの栄二さんとなんか違う。」

流石のアゲハも少しムッとした。

「いつもの俺?お前は俺の何を知ってるんだ!他の男に猫撫で声で酒やプレゼントをねだって、誰にでも股を開いてるんだろ。この、売女が!!」

「ひどい!なんでそんな事言うの?」

アゲハの目には涙が浮かんでいた。

栄二は目を逸らしたまま、バツの悪そうな顔をしていた。

「今日は帰る。気分じゃない。」

栄二は数枚の万札を机に置いて店を出て行ってしまった。


「ちょっと、待ってよ!!」

栄二が店を飛び出した後、すぐさまアゲハは栄二の後を追って店を出た。

新宿のアルタ前辺りでアゲハは栄二に追いついた。

「なんだよ?俺以外にも客がいるんだろ?だったら、とっとと店に戻れよ!!」

栄二はアゲハに向き直り自分の怒りをぶちまけた。

「・・・・他のお客さんに嫉妬してるの?」

「馬鹿!!そんなんじゃねーよ!!」

栄二が目をそらしてあからさまに動揺した。

アゲハは栄二の腕をつかみ自分の方に体を向かせた。

アゲハの強い視線に栄二が思わず動揺する。

「なんだよ・・・・。」

「私の事が好きなんでしょ!!なら何で好きだって言ってくれないの!!

俺だけのものになってくれ!お前の全てが欲しい!なんでもいいから言ってよ!!

あなたが言ってくれなかったら私の気持ちはどうなるの!!今でも胸が苦しいの!!あなたが好きで!好きで!愛おしくて!可愛くて!あなたが好きなの!あなた・・・。」

アゲハの烈火のような言葉を塞ぐ様に栄二はアゲハにキスをし折れそうなぐらい強く抱きしめた。

長い長い時間・・・・世界が二人だけではないかと思うぐらい熱いキスをした。

それはアゲハにとって生まれてはじめてのキスだった。

二人の唇が離れ、栄二が小さく息を吸った。

「愛してる。お前の全てが欲しい。」

「ずるいよ・・・・・キスした後に言うなんて・・・・・断る理由がないじゃない。」

アゲハが耳まで顔を赤くして栄二に頭をあずけた。

栄二はもう一度アゲハを抱きしめる。

このまま時間が止まってしまえばいいのに、栄二の腕の中でアゲハの胸は幸せで破裂しそうなぐらい満たされていた。

「・・・・店、大丈夫か?」

栄二に問われて、はっとアゲハが店の事を思い出した。

「行ってこいよ。もう、つまらない嫉妬はしないよ。悪かったな・・・・今日は傷付けるような事を言って。今日も終わりがけに迎えにいく、頑張って来いよ。」

栄二はアゲハの髪を撫でて優しい笑みをアゲハに向けた。

アゲハは小さく頷いて、もう一度栄二に抱きついた。

「行ってくるね。」

アゲハは幸せを精一杯噛み締めてパワーに変えた。


<激突!アゲハVSレイカ>

ネクストブレインと東洋テレビの買収合戦が激化すると共に、アゲハとレイカの売り上げ競争も激化した。

レイカがドンペリを入れたら、アゲハがリシャールを入れて応戦した。

アゲハが特性のフルーツ盛りのオーダーを取ると、レイカはシャンパンタワーで応戦した。

目まぐるしくオーダーが飛び交う中で店の誰もがアゲハとレイカの席に注目した。

12月25日、現時点でアゲハが2850万円、レイカが3120万円と約300万円の差である。

この差なら充分挽回は可能だ。


「アゲハ、リシャール追加だ。」

栄二が攻勢をかける。

「ぐぬぬ・・・・若造が、舐めおって!」

原田も対抗したいがもはや懐が限界に近づいているのだろう。次の一手がでない。

「げんちゃーん、もうおしまい?」

レイカが猫なで声で原田にもたれかかった。

「いや、そういう訳ではないんだよ。その、なんだ?あれだよ・・・最近、家内がうるさくてな。」

「もー、石井社長は今週、リシャール5本入れてくれたよ。源ちゃんまだ3本じゃん。

じつは私ね・・・・石井社長から愛人にならないかって誘われているの・・・・私、このままだと石井社長のモノになっちゃうよ。」

レイカが2番テーブルで馬鹿騒ぎしている石井社長に目をやった。

原田の目に闘志がみなぎるのが解った。

「そんなこと許すもんか!!おい!!ドンペリのロゼ2本追加してくれ!!!」

店から歓声が上がる。

「きゃー!さすがげんちゃん。・・・・・・けど、ドンペリー?一番高いリシャールじゃないんだ?まあいいわ。ちょっと席開けるね。」

「お、おい、レイカ、どこに行くんだ?」

「石井社長の所よ。リシャール入れたら戻ってきてあ・げ・る。」

そう言うとレイカはグラスを重ね、原田の元を去って行った。

「ま、まってくれ!いかないでくれーーー!!」

原田の情けない叫びが店にこだまする。

その悲鳴を聞いて、万遍の笑を浮かべたレイカが石井の待つ2番テーブルに着いた。

「ごめんねー、あいつしつこくてさ。けど、私にリシャールとドンペリを入れてくれたの。石くんは私を独り占めしたいんでしょ。原田さんに愛人になって欲しいっていわれてるの。このままだと行っちゃうよ?どうする?」

ワガママ姫・レイカは全開だ。アゲハには栄二という太い客がいる。

しかし、レイカには原田、石井という二枚看板の客がいる。

資金力ではどう考えてもレイカの方が上だ。

レイカはアゲハに一別をくれた。どう?これが私の底力よ。あんたみたいについ最近入って来た奴とはバックボーンが違うの。

レイカの見下した目線がアゲハに突き刺さる。このままでは突き放される一方だ。

・・・・・・どうする?


「新規様ご来店です。」

松井が元気良くコールする。

「さ、先生、どうぞどうぞ!!こちらでございます。」

サラリーマン風の男が先生と呼ばれる男を7番テーブルに促した。

「そんな、先生なんて、大げさですよ。」

先生と呼ばれる男は思ったよりも腰が低くかった。

しかし、アゲハはどこか引っかかった。この声・・・・どこかで?

「このお店でアゲハちゃんって子がいると聞いたんだけど指名してもいいかな?」

アゲハは立ち上がった、やっぱりこの声は!!

「小野さん!!」

「や、アゲハちゃん。久しぶりだね。」


小野は栄二とアゲハが座る席に近寄って来た。

アゲハはドルチェ時代の客とも連絡を取り合っていたが、ドルチェとサファイアルージュでは価格帯があまりにも違い過ぎた。気軽にサファイアルージュに呼べない事を歯がゆく思っていた。

「実は趣味で書いていた小説が直木賞を取ってね。そのあとも本屋大賞や映画化、ドラマ化もトントン拍子に決まっちゃって、今日はそのお祝いに映画関係者の方と飲みに来んだ。」

「そんな、小説書いているなら言って下さいよ。私、読者になったのに。」

「ごめん、ごめん。あの頃はまだ自分の実力を信じる事ができなくてね。今は上村葉治って名前で書いてるよ。」

「それって、ひょっとして・・・・?」

「上と葉、アゲハなんてね。」

小野は照れくさそうに頭をかいた。

「奥に座っているのはネクストブレインの勝沼社長だね。始めまして小説家の上村葉治こと小野です。

申し訳ないがアゲハちゃんを少し貸してもらってもいいかな?」

アゲハは不安そうに栄二を見た。

「いいだろう。ただし、うちのコンテンツであんたの小説を配信させてほしい。今はネットで小説を読む時代だからな。」

「いいでしょう。私も貴方をモデルに小説を書きたかったんだ。自叙伝風に書きたいから今度取材させて貰ってもいいかな?」

「自叙伝か、まあいいだろう!いつか出そうと思ってたんだ。アゲハ。行ってこいよ。お前はキャストだろ。」

栄二は笑顔でアゲハを送った。

「その間はうちがヘルプに入ったるわ!」

茜がおしぼりを持って待機していた。

「茜!あんた、どうゆうことよ!」

「まー、まー、レイカ姉さん、今晩だけ堪忍して。実はうち勝沼さんめっちゃタイプやねん。」

茜がおどけた様に手を合わせてレイカに頭を下げた。

「俺は関西弁は嫌いだけどな。」

「なんやて!!今宵は大阪ミナミの嬢王と呼ばれた実力みせたるわ。アゲハ、あんたはよ行き!」

アゲハは栄二にグラスを重ねた。

小野にエスコートされてアゲハは小野の席に着いた。

「おお、君がアゲハちゃんかぁ、話は先生から聴いてるよ。」

よく通る太い声でそう言ったのは映画界の巨匠と呼ばれる映画監督だった。

「上村先生のサラリーマン時代の話、是非きかせて欲しいな。」

小野の映画で今度主演をはる有名俳優が身を乗り出してきた。

「はいはい!みんな、話を聞く前に飲み物頼みましょう。」

小野が率先して注文するように促した。

小野はアゲハに向かってウインクした。

「小野さん、ありがとう。」

窮地を救ってくれた小野にアゲハは心から感謝した。


いよいよ売上の行方は解らなくなって来た。

レイカのテーブルからコールが入れば、アゲハの机にも酒が運ばれてくる。

レイカ、アゲハ、レイカ、アゲハ、アゲハ、アゲハ、レイカ、レイカ、アゲハ、レイカ、レイカ、アゲハ、レイカ、レイカ、レイカ、アゲハ、レイカ、レイカ、アゲハ、レイカ、レイカ、アゲハ、アゲハ・・・・・。

テニスのラリーの様にオーダーと札束が飛び交う。

どの客もどちらが勝つのか固唾を飲んで見守っていた。


そして、店はついに閉店時間を迎えた。

しかし、誰も客は帰ろうとしない。

「どっちが勝ったんだよ!教えろよ!!」

客の間から怒号がこだまする。店は収集がつかない状態になっていた。


「待ちたまえ!!」

店の全ての人間が振り返る。

そこには中小路オーナーと袴田副オーナーが立っていた。

「ご来店の皆様、今日は特別に皆様に順位の発表をさせていただきます。もう2位以下はいいでしょう。1位のキャストの名前だけを呼びます。」

アゲハは栄二の手を強く握り目を瞑った。レイカは両手を組み仁王立ちで中小路を見つめていた。

「勝者は・・・・・・・。」

店中が水を打った様に静かになる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アゲハ!!5,781万円!!二位との差!わずかに1万円!!」

「おい!やったぞ!!」

栄二が珍しく興奮してアゲハを抱きしめた。

嘘・・・・私勝ったの?私が・・・・・・・・勝った。

小野も涙を貯めて手を叩き喜んでいる。

レイカは膝まづいて両手を床につけていた。

しかし、アゲハは栄二の抱擁を解いてレイカの元に向かった。

そう、私が欲しいのは1000万円でもクイーンの称号でもない・・・・父の死の真相。


「約束通り、全て吐いてもらうわよ。」

アゲハはレイカを見下すような形で立っていた。

「ふん・・・・解ってるわよ。心当たりなんてないけど、なんでも答えてあげるわ。」

心当たりがない?父をたぶらかし、内蔵まで売らせ、自殺に追いやったのに心当たりがないだと?

アゲハはレイカを無理やり立たせて思い切りビンタをした。

店の中が一気に氷ついた。しかし、誰も止めなかった。いや、アゲハの阿修羅のような怒りの形相に誰も近寄る事ができなかった。

「貴方は小野寺義人という男を知ってますか?」

アゲハの阿修羅の形相にレイカが青ざめる。

「小野寺義人・・・・・・・ああ、知ってるわよ。あの、さえない、貧乏臭い、痩せたおっさんね。」

レイカが履き捨てる様に行った。

「そうです。貴方はその男性をたぶらかし、内蔵を売らせ、酒をいれさせ、用済みになったら捨てた!!そうでしょ!?」

「は?あんた何言ってるの?頭おかしいんじゃない。」

アゲハはもう一度、レイカの頬をビンタした。今度は骨と骨がぶつかる音がした。

「とぼけないで!!!!あなたが私のお父さんを殺したのよ!!!あなたが殺したんでしょ!!私は絶対許さない!!」

レイカも怒りに任せてアゲハの鳩尾を思い切り殴った。苦痛でアゲハの体がくの字まがる。

「あんたね!!!2度もぶたなくてもいいじゃない!!!商売道具に傷が着いたらどうするのよ!?それにね、あんたが勘違いしてるだけよ!!!私は確かにあの男を知っている。けど、それは店にいたからたまたま覚えていただけ!!!その男も店に2回ほどしか来てないわ!!」

「え・・・・・どういう事?」

「その男は私の客じゃないわよ。あの女の客よ!!!」

レイカが右側に向かって思い切り指を指した。

店中の視線がその指を指した方向に集まる。


その先には・・・・・・左手に吸いかけのメンソールのタバコを持った可憐が愛くるしくも残忍な笑顔をたたえて立っていた。


<悪魔の微笑>

「あれ?あれれれれれ?あれれれれれれれれれれれれれ???ひょっとしてバレちゃいました。」

可憐はくしゃっと可愛い笑顔になったが目は暗くよどんだ目をしていた。

「可憐ちゃん・・・・どういう事?」

アゲハが可憐に向き直った。


「そこまでだ!全員動くな!!」

突如、店に警察官と機動隊が雪崩こんできた。

「原田源蔵、石井啓、不正の政治献金の疑いで逮捕する。

それと・・・・勝沼栄二。インサイダー取引の疑いで貴様も逮捕だ。

中小路実昭。貴様も裏で納入業者から不正に金を受け取ったようだな。署まで来てもらう。」

突然の事で店はざわつき始めた。ただ一人、すべてが計算通りと言わんばかりの顔で可憐だけは薄笑いを浮かべて状況を楽しんでいた。

「おい!!袴田!!どういう事だ!!あれほどバレない様にやれと言っただろ。」

しかし、袴田は何も無かったかの様に中小路を冷たく見下した。

「袴田・・・・、まさか、貴様!!!!!!!」

中小路の顔が怒りで真っ赤になる。

「今頃気づきましたか?これだから年寄りは困る。自分の都合の悪い事は下にまかせて自分は王様ごっことは随分めでたいな。」

袴田はメガネを外しオールバックの髪を解いた。


バタン!勢い良く扉が開き警察の後ろから男が一人飛び込んで来た。

「・・・・遅かったか!!」

「竜崎さん?どうしてここに?」

アゲハが驚いた様に竜崎を見る。

「久しぶりだな、遼。悪いがお前が真相にたどり着いた時にはゲームオーバーだ。」

袴田は竜崎に向かい氷の様な見下した視線を向けた。

「そして、中小路元オーナー、あんたはもう用済みだ。これからは俺が中小路興業、いや、俺が会社のトップだ。」

「何が用無しだ!!計りおって!!儂は中小路興業の帝王だぞ!!第一、儂が不正に金を受け取っただと?どこにそんな証拠があるんだ?」

袴田に喰ってかかる様に中小路は睨みつけた。しかし、袴田は余裕の表情を崩さない。

「年寄りの開き直りはみっともないんとちがいます?元オーナー。」

袴田が後ろを振り返る。そこには美穂がしれっとした顔で立っていた。

「ほれ、拾いなはれ。」

美穂は中小路に向かい手に持っていた物を投げつけた。

それは中小路が裏金を納入業者から入手している写真、隠し口座の内容など決定的証拠であった。

「キャハ!美穂さんやるぅ。」

可憐がはしゃいで手を叩いた。

「いえいえ、これしきの事。朝飯前どすえ・・・・可憐姉さん。」

「美穂・・・・あんた!!」

レイカが美穂を憎しみを込めた目で睨む。

「うちのおかげでお姫様気分を味わえたんや。ちょっとは感謝してもらわな・・・・レイカ元姉さん。」

「ひょっとして、紫乃さんの写真を送り付けたのも!?」

玲奈が怒りに満ちた目で美穂に問いかける。

「あら、今頃気づきはりましたか?この店はほんまにみんな頭の中がお花畑ですなぁ。」

袴田、可憐、美穂が並び立つ。

「この店は終わりだ。店の裏金問題。中小路と紫乃の失脚に、レイカ、アゲハも太い客を失う。これからは俺たちが新しい夜の歴史をつくる。フハハハハハハハ!!!ハハハハッハハハッハハハッハハハッハ!!!」

袴田の不気味な高笑いは歌舞伎町の夜にいつまでもこだました。


<静かに幕を下ろした>

そのあとはアゲハ自身も何が起こったか今だに解っていなかった。

あの後、店にいた全員が警察に連行され事情聴取を受けた。

開放された時には朝日が登りきっていた。

アゲハは警察署の前で栄二を待っていた。しかし、栄二は一向に出て来なかった。

おそらくアゲハとは違う署に連行されたのかもしれない。

栄二は原田や中小路などと同じ護装車に乗せられていたからである。

アゲハは家に帰り、疲れきった体でベッドに倒れ込み電源が切れたかの様に眠りについた。

夕方ごろ目を覚ましたアゲハはサファイアルージュに向かった。

警察の現場検証も終わり、サファイアルージュはいつもの様に優雅な佇まいをしていた。

しかし、その入口には小さな張り紙が貼ってあった。

「誠に申しわけごさいません。サファイアルージュは無期限の営業停止にいたします。」

恐らく、サファイアルージュが復活する事は無いだろう。

そして、アゲハを含むサファイアルージュの従業員は事実上、全員解雇された形になった。

アゲハに途方も無い絶望感が襲う。

「号外!号外!!!」

一人のアルバイトらしき若者が街行く人に号外を配っていた。

アゲハも号外を貰い目を通した。

その文字を見たとたん。アゲハはショックでめまいを起こしそうになった。

「ネクストブレイン・勝沼栄二社長、インサイダー取引の罪で逮捕!!」

黒字で大きく書かれていた文字が、木枯らしと共にアゲハの心に冷たく突き刺さった。


「面会だ。出ろ。」

栄二は看守に促され面会室に入った。

「・・・・・久しぶり。」

プラスチックの透明の壁の向うにアゲハが座っていた。

カジュアルな私服を着ているものの、そこには変わらず美しいアゲハがいた。

一方の栄二は頬は痩せこけ、目はくぼみ、無精髭を伸ばしたままの姿であった。

ひどく憔悴しきっている。

しばらく二人の間に無言の空気が流れる。

「・・・・大丈夫?元気してた。」

「・・・・・なんとか。」

栄二はぶっきらぼうに応える。その顔には生気が無くうなだれたままだった。

アゲハも何を言って良いのかわからなくなってしまった。

しばらく、二人の間に沈黙が流れる。

「・・・・今日は何しに来たんだ?」

「何って、栄二に会いに来たんだよ。」

「俺に会いに?今の俺には会社も、金も、地位も、名誉もない。

・・・・笑ってくれよ。ついこの間まで、時代の寵児ともてはやされた俺が、今は何も無い犯罪者だ。」

栄二はうなだれたまま顔を上げる事はなかった。

「栄二には私がいるじゃない。早く出て、もう一度二人でやりなおそうよ。」

「・・・・・お前が好きだった頃の俺はもういない。」

「何言ってるの?栄二は栄二だよ。」

「いや・・・・俺は全てを失ったんだ。金も、会社も、名誉も・・・俺は生きる価値の無い人間だ!!」

「そんなことない!栄二は私にとって大事な人なの、貴方は私が誰よりも愛した人よ。そんなこと言わないで!」

「その俺はもうここにはいない。帰ってくれ・・・・・・・そしてもう来ないでくれ。思い出が綺麗なまま去るよ。」

栄二は力なく席を立ち、牢屋に戻ろうとした。

「待って!!もう一度、もう一度頑張って。お願い!!私は貴方を一生支えるから!!」

アゲハの声かけにも応じず、栄二は面会室を後にした。


翌日もアゲハは栄二の面会におとづれた。

「今日はネイルに行ってきたんだ。その帰りに寄ったカフェのケーキがすごく美味しかったの!

太っちゃうの忘れてつい食べちゃった。栄二も今度食べに行こうよ。

栄二甘いもの苦手かぁ・・・?ごめんね。あはは。」

栄二はうつむいてアゲハと目を合わせようとしない。

それでもアゲハは明るく振る舞い続けた。

自分も店がなくなり辛いけど、今は栄二の支えになりたい。心からそう願った。

しかし、無情にも栄二は一言もしゃべらずに面会時間だけが過ぎていった。

「・・・・・じゃあ、そろそろ行くね。」

アゲハが寂しそうに面会室から出ようと背を向けた。

「・・・・・・・なんで、俺を見捨てない。」

栄二の一言にアゲハは振り返った。

「俺は全てを失った。金も、名誉も、会社も・・・・・。俺にはもう何も無いんだ。俺はもう生きていちゃいけない男なんだ。」

栄二は面会室で啜り泣いた。

アゲハは椅子に座り直し栄二を見つめた。

目の前の栄二は自信に満ち溢れていたあのころの栄二では無く、迷子になった幼子の様だった。

「私が栄二を見捨てるわけないじゃん。私は栄二のそばにいる。ずっと、ずっと一緒にいる。約束だよ。」

アゲハも目に涙を浮かべて栄二を見つめる。今すぐそちら側に行って栄二を抱きしめてあげたい。私がこの人を守ってあげなくちゃ。

「アゲハ・・・・本当にすまない。・・・・本当に・・・・俺は・・・・お前がいないとダメなんだ。」

栄二は鼻水と涙で顔をぐちゃくちゃにしながら泣いた。

こんなに情けない一面でもアゲハにとっては世界中で誰よりも愛おしい存在だった。

「面会終了だ。」

守衛が栄二を引きずる様に栄二を奧へと連れて行った。

「アゲハ・・・・アゲハ!!」

栄二はむせび泣きながらアゲハの方に手を伸ばし奧へと消えていった。

これからは私が栄二を支えなきゃ!!アゲハは強く心に誓い刑務所を後にした。

その後ろ姿を暗い悪意が見つめているとは知らずに・・・・。


「・・・・・今日は先客万来だな。」

アゲハが帰った2時間後、栄二はもう一度面会室に呼ばれた。

「きゃはははは、英二さん大人気ですね。可憐はとても裏山死刑です。」

可憐はおどけた様な表情を栄二に向ける。

しかし、その視線は栄二を捉えて離さなかった。

「・・・・・何の要だ。」

疲れきった栄二は椅子に体をあずけながら可憐を見ずに聞いた。

「そんなー、アゲハさんには優しいのに可憐には冷たいんですね。可憐ショックですぅ。」

むくれている様な、落ち込んでいる様な視線を上目使いで栄二に向ける。

「何の要だ!」

栄二は少しいらだちを持たせて可憐に聞く。

「そうですねー、言いにくいんですけど、私・・・アゲハさんの為を思って言います。もう、アゲハさんには会わないでください。」

「・・・・・・。」

「栄二さん。世の中で何て言われてるか知ってます?

悪徳ベンチャー企業社長、人殺し経営者、人を人と思わない悪魔の様な男・・・。きゃははははははは、敵が多い分すごい言われ様ですね。

この先も犯罪者のレッテルを貼られながら貴方は生きていく。」

「・・・・・・・・・・・。」

「たとえ世の中が貴方を忘れても、人々は貴方を好機の目で見る。Twitterとかにもバンバンのせられちゃうかもですね。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「これ、あなたの家の玄関です。」

可憐はスマートフォンの画面を栄二に向けて見せた。

栄二の目が驚きで見開かれる。

家の扉には目を背けたくなるような罵倒や中傷がペンキで殴り書きされており、ガラスは石を投げられたのか割られていた。

「あなたの会社の社員さん、職を無くして大変みたいですよ。

何人か自殺や精神病棟に入った人もいるみたいですですよ。」

栄二は言葉が出なかった・・・・俺はなんて事を・・・・。

「アゲハさんが貴方の彼女だって知ったら、世の中の人はどう思いますかね。悪魔の男の女、金目当ての悪女の哀れな末路・・・・・、恐らくアゲハさんも普通の生活は出来ないでしょうね。もちろん、あなたが身を隠したところであなたとアゲハさんを世間がほっておくわけないですよね?」

「・・・・・・。」

「アゲハさんを本当に大切に思っているんだったら・・・・わかりますよね?」

ニッコリ、可憐は悪魔の様な笑顔を向けた。

その悪魔の笑顔が栄二の魂を握り潰した。

栄二は魂が抜けた様に椅子にもたれかかっている。

「じゃあ、栄二さん。おげんきでーー!!」

レイカはウインクをして面会室を後にした。


その翌日、栄二は独房でタオルを首に巻き首を吊って亡くなった。



栄二の告別式はしめやかに行われた。

取材陣を一切シャットアウトして、身内だけの小さな式だった。

アゲハは涙を出し尽くして亡霊の様に告別式の会場に佇んでいた。

栄二はもうこの世にはいない。あの横顔も、笑った顔も、怒った顔も、あの優しいキスも・・・・・。

もう永久に味わう事は無かった。

式が終わり、アゲハは式が行われた会場のビルの屋上にいた。

そこからは歌舞伎町や栄二の特別な場所である新宿副都心を見渡す事ができた。

栄二との思い出を思い出すだけで胸が張り裂けそうになる。

あの人はもうこの世にいない。

このまま、栄二のそばに行きたい。あのひとにもう一度、優しく抱きしめられたら、私はもう何もいらない・・・・。

アゲハは柵を乗り越え、屋上のヘリに立った。

「栄二。すぐにそっちに行くね。」

アゲハは柵から手を離し・・・・両手を広げた。


突然、後ろから誰かがアゲハを優しく包んだ。

アゲハは一瞬驚いたが、その優しく抱きしめられている状態がどこか心地よかった。

ほのかに香るコロンの香り・・・・。

「もう、いいんだ。・・・・・・もう、自分を傷つけるな。」

その声はアゲハの心に静かに、優しく浸透していった。

アゲハは竜崎に抱きしめられながら大粒の涙を流した。


屋上に竜崎とアゲハは座った。

お互いに沈黙の時間が続く・・・・・・・・。

「俺の母親は・・・・袴田に殺された。」

竜崎の言葉にアゲハは顔を上げた。

「俺は袴田の息子だ。だか、袴田の冷酷さと横暴に母は耐え切れなくなって、俺を連れて逃亡した。

5年程逃亡をしていたんだが、ついに袴田に居場所を突き止められてしまってな。

母と俺は袴田に強制的に連行された。

母は部屋に閉じ込められ、薬を打たれ続けて廃人となって死んだ。

最期はやせ細り、子供ぐらいの体重になって死んだ。」

竜崎は始めて怒りに満ちた顔を見せた。

竜崎の母親の話を聞いてアゲハは衝撃を受けた。

「俺が調べたとこによると、お前の父親はサファイアルージュで母の死の真相を探っていたらしい。それが可憐にばれて袴田の手によって自殺に見せかけて殺されたそうだ。最初はレイカが犯人だと俺も思っていた。しかし、7月22日はレイカの誕生日。その前後一週間も客で埋めつくされており、レイカには完璧なアリバイがあった。」

「父は・・・・・・・殺されたの?」

アゲハは頭を鉄の棒で殴られた様な衝撃を受けた。父は自殺では無かった。レイカではなく可憐と袴田に殺された。

「ショックなのは解る。お前は良く戦った。お前のおかげでここまで真相に近づく事が出来た。

後はゆっくり休め。もう、袴田や可憐の事、歌舞伎町の事、夜の世界の事は忘れ静かに暮らせ。お前の分の敵は俺が命に変えても必ず取る。」

アゲハは察した、この人は刺し違えてでも袴田への復讐をするつもりだ。

「短い付き合いだったが、達者でな。お前の口座にある程度の金を振り込んでおいた。

元の顔に戻したければその金を使え。俺の復讐にお前を巻き込んで悪かった。」

そう言い終えると竜崎は腰を上げて去って行った。

ポツリ、ポツリと雨が降り出してそれが大雨となってアゲハを濡らした。

殺された・・・・袴田と可憐に、父も栄二も。私の大切な人を二人も奪った。

許せない、許さない・・・・・・・このままじゃ終われない!!!


<立ち上がれ!!>

竜崎は一人、雨の歌舞伎町を自分のオフィスから眺めていた。

おそらく、袴田は中小路興業の全権利を手に入れたのだろう。

サファイアルージュのあった場所に図面を持って業者と打ち合わせをしている姿を目撃した。

あの場所に新しく、自分の力を誇示するような店をオープンさせるつもりだ。

中小路興業の力を手に入れた袴田は夜の世界では向かうところ敵なしの存在になった。

どうする?

外を見つめながら竜崎が考えていると先月新しく雇った。熊田奈々実という秘書が入って来た。

「社長、アゲハ様という方がお見えですが。」

「・・・・・・通してくれ。」


ずぶ濡れのアゲハと竜崎は向かい合って座った。

「私もこのままじゃ終われない。父と栄二の仇は私が取ります。」

ずぶ濡れの髪の奥からアゲハの意志の強い目が竜崎を突き刺した。

・・・・・この眼だ。

この強い目に、俺はこの女に掛けてみようよ思ったんだ。

「解った。しかし、いまの袴田の力は強大だ。今度、自分の力を誇示する為にサファイアルージュの跡地に店を出店する予定だ。」

「それなら、答えは簡単です。」

アゲハはニヤリと笑った。

「どういう事だ??」

「私たちも新しい店を立ち上げて、袴田と可憐の店に勝つんです。」

アゲハは顔を上げてはっきりと言い放った。

「全面戦争と言うわけだな。しかし、袴田は自分の財力に物を言わせ一流の人材を集めてくるぞ。それにはどう対抗する?」

「メンバーは私がスカウトしてきます。大丈夫、もう構想は頭の中に出来上がっています。」

アゲハは頭を指で指した。

「たいしたもんだな。お前の強さには恐れ入るよ。」

「もう、泣き虫秀子ちゃんじゃないのよ。まずは店のトップであるオーナーだけど。」

「誰にするんだ?」

「貴方にやってもらうわ。返事はYESしか聞かない。」

アゲハは竜崎を指さした。


<池袋>

カラン、カラン・・・。

店の扉が開いて芳江は扉の方向に駆け寄った。

「すみません。まだ開店の時間じゃ・・・・・アゲハちゃん!?」

「ママ、久しぶり。」

アゲハは池袋のドルチェに来ていた。

アゲハと芳江は久しぶりの再開に喜び、店の奥で話をした。

その中でアゲハが一連の事件の事、新しい店を立ち上げようとしていることを話した。

「今日はママを引き抜きに来たの。」

突然の事で芳江は鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をした。

「お誘いは嬉しいけど・・・・アゲハちゃん。私はドルチェの事もあるし、それに・・・・。」

「ママ!いつまでも過去に縛られてちゃだめ、確かにママは歌舞伎町で辛い思いをしてきた。けど、それは私も同じ、大切な人と出会い、大切な人を失った・・・・・。それでも立ち上がろうと思うの。

ドルチェは竜崎さんが一緒に見てくれるって。だから、ママだけでこの店を背負い込む事はないわ。

お願い、私に力を貸してください。」

アゲハは頭をさげて芳江に頼んだ。

しばらく考えた後で芳江は小さくため息をついた。

「解ったわ。・・・・・・協力する。けど、ドルチェと違って大きなお店なんでしょ?私と龍ちゃんだけで取り仕切れるかしら?」

「大丈夫、ママはキャストの指示や教育を担当して欲しいの。ボーイの件に関してはもうある人に頼んである。」


アゲハは久しぶりに池袋を歩いていた。池袋はアゲハがいた頃と変わらず繁華街は賑わっていた。

「ねー、お兄さんよっていかない?私がサービスしちゃうよ。」

ピンサロの呼び込みで女がサラリーマン風の男に馴れ馴れしく話しかけている。

「あ?お前みたいなブスに金払ってサービスなんか受けるか!ブスが!!」

男は乱暴に女を突き放した。女はよろけてゴミ置き場に倒れ込む。

「ふざけんなよ!!あたしは元、NO1よ!!!あんた達なんか相手にもされなかった女よ!!全ての人が私にひれ伏してたの!!」

女はダミ声で呪いの言葉の様に男の背中に言葉を浴びせた。

女がゆらりと立ち上がりこちらを睨んだ。

女と目が合いアゲハは驚いだ。

「・・・・・・・ユリさん?」


「ふん、笑いたきゃ笑いなよ。」

ベンチに腰をかけてタバコの煙を肺まで吸い込みながら、ユリは苦虫を潰した様に言った。

「ドルチェを首になった後で、いろんな店を転々としたわ。けど、こんな性格だからいろんな人ともめてね。今はただのピンサロ嬢よ。」

ユリにはNO1をはっていたころの気品や美貌は失われていた。

安物のドレスを着て、胸元には不健康にあばらが浮いていた。

苦い咳をした後、震えた手でもう一本タバコを吸う。

「あんた、まだ、キャストやってたんだ。」

「ええ・・・まあ。」

「どぉでもいいけど、これだけは覚えておきなさい。あんたがNo1を店で張ってるって事は私を含め、たくさんの女の屍の上にあんたが座ってるってこと。だから、あんたは誰かに殺されるまでそこから動いてはだめ、死ぬ気で守りなさい。嬢王の肩書きを失った瞬間に奈落の底に落ちる。そういう世界よ。」

それだけ言うと、ユリはゆらゆらとおぼつかない足取りで池袋の夜の街に消えていった。


<人望>

「お願いします!!」

松井はかつてのサファイアルージュのボーイ達を集め頭を下げてた。

先日、ハローワークで職探しをしていたところアゲハに声をかけられた。

聞くところによるとアゲハ達が新しいお店を立ち上げて袴田達にリベンジするとの事だ。

そのためにボーイが必要だとアゲハに言われかつてのメンバーを揃えた。


「あと一つ条件があるの。それはボーイのトップを松井さんにやってもらいたいの。相手は超一流の人材を揃えてくる。松井さんは人に対する心遣い、仕事に対する姿勢はどれも超一流よ。だから、松井さんこそボーイのトップにたつのにふさわしいの。」

しかし、それには大きな問題があった。サファイアルージュで松井は一番下のボーイだった。

常に年下の先輩ボーイ達に顎でつかわれていた。そんな自分に皆は着いてきてくれるのだろうか?

かつてのサファイアルージュのボーイ全員を呼び寄せて松井は必死に説得した。

ボーイの中にはもう他の職を見つけている者や、この世界から足を洗おうとしている者が多くいた。

松井は元ボーイ達に頭を下げた。

誰も反応は無い。

・・・・・やはりもうダメか?


「松井さん、頭上げて下さい。」

ひとりのボーイが言った。松井が頭を上げると元ボーイ達は松井を囲んでいた。

「松井さん・・・・俺知ってるんすよ。松井さんが誰よりも店に早くきて床掃除やトイレ掃除を全部やってくれてた事。」

「俺も!松井さん俺が変な客に絡まれた時に身を呈して守ってくれたじゃないですか。顔にあざ作りながらもそのあと笑顔で接客していた松井さん・・・・痺れたなぁ。」

「俺が田舎の親父が倒れた時、新幹線代を渡してくれたじゃないですか。あの恩、まだ返してないっすよ!」

「俺のバンドが売れてなくて悩んでいた時、松井さん朝まで話聞いてくれたじゃないっすか!俺は今でも忘れません。ここにいるみんな、松井さんの事信頼しています。あんたこそ俺たちのトップにふさわしいですよ。もう一度、袴田の野郎に一泡吹かせてやろうぜ!!なあ皆!!」

松井のまわりで歓声が湧く。

「千代崎さんもいいっすよね?」

一番奥にいた金髪の髪を立たせた20歳位の男に聞く。サファイアルージュの頃はボーイのトップをやっていた。松井にも何度も辛くあたっていた張本人である。

「まあ・・・・・いいんじゃねえか?手伝ってやるよ。マツイサン。」

千代崎はそっぽを向いて照れくさそうに鼻の下をこすりながら答えてくれた。

「皆!!ありがとう。」

松井はその日、久しぶりに男泣きをした。


<好敵手>

「おかえりなさいませー。ご主人たま。」

ヒラヒラのレースのミニスカートを履いたアニメ声の女の子が相手をしてくれるのは、1時間4000円ポッキリの錦糸町の激安キャバクラ魔女っ子・マイマイである。

ここで先月から一年生魔女っ子として、レイカことキャンディーは入学してる。

「キャンディーちゃんの好きな食べ物は?」

先輩魔女っ子のチェリー姫の質問に可愛いツインテールのキャンディーちゃんが小首をかしげながら考えた。

「うーんとぉ・・・・・・・、いちごぉ!!」

「キャンディーちゃん可愛いなぁ。もえー!」

オタクの為に用意してきた様な答えを並べ今日もキャンディーは大活躍だ。

「キャンディーちゃん、くまさん席のヘルプに入ってね。」

「はぁい!!」

支配人の呼び掛けにキャンディーちゃんは可愛く応える。

支配人とすれ違い様にお尻を触られたが、可愛く睨んだだけで無視をした。


「あー、もう、しんどい!!」

休憩室のソファーでレイカは崩れるように倒れこんだ。

「ちょっと、おばさんさー。」

先輩のチェリー姫がタバコをくわえながら聞いてくる。

「はい?あたしの事言ってるの?」

レイカは眉間にシワを寄せてチェリー姫を睨んだ。

「あんた以外にどこにおばさんがいるのよ。あんた、おばさんなんだからここで働くのしんどいんじゃない?」

先ほど客前で披露していたアニメ声とはうって変わって低い声でチェリー姫がレイカに問いかける。

「あんたねぇ!!私はまだ21です!!おばさんじゃありません。それに!!私はかつて歌舞伎町のサファイアルージュでNo1だったのよ。ここに来てる様な40超えてもアイドル追っかけているようなオタクじゃなくて、社長や官僚が私の客だったの!」

「21なら充分おばさんじゃないですかぁ。それに、サファイアルージュってあのオーナーが裏金もらってたお店でしょ。どうせ、おばさんも裏金もらってたんでしょ?」

オーナーの中小路が逮捕されて依頼、サファイアルージュは夜の街で悪名名高い店になっていた。

マスコミはオーナーや客だけでなく、中で働くキャストまでも悪者にして面白おかしく書き立てた。

おかげでレイカもキャバクラの面接に幾度と落ちて、ようやく今の店に拾ってもらった。

「あんたね!何も知らないくせに!好き放題言わないでよ!!」

「あたしは本当の事を言ったまででしょ!お・ば・さ・ん!」

「この、クソアマ!!」

レイカはチェリー姫に飛びかかった。


「キャンディーさん!ご指名入りました。」

ボーイからコールが入りチェリー姫に馬乗りになっていたレイカは顔を上げた。

この店ではレイカの様な美人のタイプは人気が出なかった。どちらかと言えば、ロリ系の可愛いアイドルの様なキャストに良く指名が入った。

レイカは可憐の顔を思い出した。あの女・・・・とんでもない奴だったわね。

あいつのせいで、私の居場所がなくなってしまった。なんとか仕返しはできないか・・・?

「だめだ!今はようやく、ようやく!!私の魅力の解る客がこの店に来た。レイカ!少ないチャンスをモノにするのよ!!今日は気合入れるわよ!!」

レイカは鏡の前で自分自身に気合を入れた。


「はーい!!お待たせしました。ちょっぴりわがまま、たっぷりあまえんぼ、みんなの視線を独り占め!!あなたのアイドル!!現役女子校生のキャンディーちゃんです!!」

ポーズまで決めてレイカは席に訪れた。

「・・・・・・なかなか、似合ってますね。レイカさん。」

そこにはアゲハが一人座っていた。

レイカの顔が真っ赤になる。なんでこんなところにアゲハが!!

「現役女子高生は無理があるかと・・・・。」

「う、うるさいわね!あんた、何しに来たのよ!!」

「何って、楽しみに来たのよ。このあなたの瞳にクラクラカクテルいただこうかな?」

「あんた、ふざけないでよ!」

「ふふふ、ごめんなさい。実は新しい店を立ち上げて可憐にリベンジしようと思うの。

あなたを引き抜きに来たわ。あなたの事は好きにはなれないけど、キャストとしての能力は認める。」

「そ、そりゃ、そうよ。私はレイカ様よ。」

褒められてレイカもまんざらじゃなさそうだ。

「もう一つお願いがあるの。貴方の派閥はまだ動かせる?新しい店のキャストの数が圧倒的に少ない。あなたの方から声がけをしてもらえないかしら?」

「まあ・・・・協力してやらないでもないわよ。けど、サファイアルージュの名前は地に落ちたわ。今更何ができるの?」

「あら、貴方は何もやらないうちに諦めるの?やっぱりNo1はただのまぐれだったみたいね。」

アゲハが挑発的にレイカに笑顔を向けた。

「な!なに言ってるの!!誰が諦めるって言ったのよ!!私はNo1のレイカよ!私ひとりでも充分あいつらと戦えるわ。」

レイカはふんと鼻を鳴らした。

「それでこそ、レイカさんです。明日にでもここに連絡してください。」

アゲハは小さな紙を渡して席を立とうとした。

「ちょっ!あんたもう行くの?」

「ええ、キャストは任せましたよ。レイカさん。あと、その安物くさい衣装とツインテールは似合いませんね。」

レイカは自分の衣装を見つめ改めて恥ずかしくなった。

「うるさいわね!大きなお世話よ!!」

「じゃあ、連絡待ってます。」

そういうとアゲハは店から颯爽と出て行った。

リベンジ

レイカの中で闘魂がメラメラ燃え出す。

「あ、キャンディーじゃないか!今日もかわいね・・・・・いででで!」

レイカは客の耳をひねって自分の近くに耳を近づけた。

「誰に口きいてるの?私はレイカ。歌舞伎町のNO1の女よ。」

「キャ!キャンディーちゃん!!お客様になんて事を!!」

飛んできた支配人の睾丸をレイカは鷲掴みにした。

「あひゃ!!」

ハゲ頭の太った支配人が情けない声を上げる。

「いい、私は歌舞伎町の嬢王・レイカ様よ!!今日限りでこの店は辞めさせていただきます。」

「け、けど、今月はまだ始まったばかりだから今月分のお給料ははらえな、あひゃ!!」

レイカが睾丸を握りつぶす力を強めた。

「そんなもの、くれてやるわ。それでは支配人、短い間でしたけどお世話になりました!!」

レイカは今までの店で受けてきた屈辱を自分の握る力に変えた。

何かが・・・・・・潰れる音がした・・・・。


<それぞれの道>

「ほんますんません。店に戻る事は・・・出来ないです。」

新宿駅の喫茶店で茜はレイカに向かって机に頭を付けて謝った。

「別に謝る事は無いわよ。だから、頭を上げて。」

レイカがそう言うと茜はゆっくり頭を上げた。目には光るものが溜まっていた。

茜はサファイアルージュが消滅した後でデリヘル嬢をやっていた。

「もうすぐ、目標の金額が貯まるんです。うち、海外で働くのが昔から夢でもうすぐその夢が叶いそうなんです。それと・・・・・。」

茜は目を空して少し照れくさそうに頬を赤らめた。

男か・・・・・レイカは察した。

「どんな人なの?」

レイカは優しい笑みを浮かべて茜に聞いた。

「付き合ってるとかそんなんじゃないんです。けど、うちと会ってからその人はめっちゃ前向きに頑張って、自分を変えようとしてるんです。その頑張ってる姿を見ると応援したくなるし、力になりたい、支えてあげたいって思うんです。」

茜の顔はいつもよりどこか優しく嬉しそうだっだ。

「そっか・・・・・解った。幸せになりなよ。」

レイカは伝票を持ち喫茶店を去った。


アゲハに新規店鋪立ち上げの話を持ちかけられてから5日が経った。

レイカはサファイアルージュのメンバーに会いに行き新規店鋪立ち上げの話を持ちかけたが、誰からもいい返事はもらう事が出来なかった。

ここなは読者モデルに戻り、他のキャスト達も他のお店や昼の仕事についてしまっていた。

みんな、それぞれ人生がある。

いつかキャストを卒業する日がやってくる。

けど、私には帰る場所なんてなかった。サファイアルージュが私の唯一の居場所だったし、輝ける場所だった。

いつか引退をせざる終えない時がくる時、私はどうなってしまうんだろう。

今までNo1になる為にレイカは血のにじむような努力をしてきた。

その努力が周囲に見えないように平然を装う事が死ぬほど苦痛だった。

そんな努力も店がなくなってしまえば何も意味が無い。

今までの私はなんだったんだろう?

レイカは途方に暮れて夕暮れ時の街を彷徨っていた。


「せんせい、さようなら。」

元気な子供の声が聞こえレイカは目をやった。

丁度、保育園の下校時間で園児達が迎えに来た母親に手をひかれながら帰って行った。

レイカも自分の子供の頃を思い出した。

レイカは福岡の三人姉妹の末っ子として生まれた。いつも姉達のお下がりしかもらえなかったレイカは新品の綺麗なお洋服が着たいと駄々をこねて泣いていた。

そのせいか、中高と不良の道にそれてしまった。

毎晩、夜の博多の繁華街をうろつきながら非行と暴力に明け暮れていた。

荒んだ生活を送りながら、中学を卒業し家を出た。

何もする事がなくとりあえず働いてみたのが天神の小さなキャバクラだった。

そこでレイカはメキメキと頭角を表していく。

だが、もともと鼻っ柱の強い性格のレイカは同じ店の店長、キャスト、客と衝突を繰り返した。

サファイアルージュでスカウトされる前の店でNo1になった事の無いキャストはレイカ以外はいない。

しかし、スカウトの前島はレイカを見たとき鳥肌が立ったという。

荒削りだが途方もないパワーとスケールを感じた。この子は絶対モノになる。

サファイアルージュの歴史を変えると確信したそうだ。

前島はレイカをスカウトし、帰りの新幹線でレイカを乗せて帰った。

そして、レイカは紫乃を倒しサファイアルージュの歴史を変えた。


そんな華やかな日々が懐かしい。

レイカは園児達を眺めながら途方にくれていた。

あんなふうに子供と幸せな時間を過ごす人生もあったのかな?

そんな事を思うと今の自分が惨めで仕方がなかった。

「ままー!」

黄色い帽子をかぶった男の子が勢い良く飛び出してきた。

それを母親は嬉しそうに受け止める。

いいなぁ・・・・、レイカは幸せそうな二人の姿におもわず見惚れる。

ふと、母親と目があった時にレイカは思わず息を飲んだ。

「・・・・・紫乃!」

「・・・・・・・・・・レイカさん?」


「久しぶりね。サファイアルージュは大変な事になってるみたいね。」

子供を目の前の砂場で遊ばせながら紫乃がレイカの横に腰掛ける。

「まあね、あんたも元気そうね。」

「ふふふ、昼の仕事始めてからお給料は減ったけど、毎日あの子と過ごせて幸せよ。」

紫乃は背伸びをしながら話してくれた。

手には小さなあかぎれが見えた。キャストの時の氷の様な美しさは失われたが、母親としての優しさがにじみでておりレイカにはその笑顔は眩しく見えた。

「あんたさ・・・・その・・・・・未練とかはないの?夜の世界に。」

レイカはそっぽむいて紫乃に聞いてみた。

「未練は・・・・あるわよ。あんな形で去ることなんて望んでいなかった。No1で有り続ける為に、誰よりも努力し続けたし、誰よりも辛い想いをしてきたと思ってる。

けど、あなたに負けて、リベンジの機会も与えられないまま去るのは辛かったわ。」

紫乃の顔に一瞬憂いが混じった。

レイカは紫乃にシンパシーを感じた。この人も自分と同じでキャストという仕事に誇りを持ち血のにじむような努力を重ね、No1という重圧に耐えてきた。

サファイアルージュという最高峰の店のNo1にしか解らない孤独や重圧を唯一分かり合える戦友のような存在だった。

「あなたは今は何しているの?」

唐突に質問を投げかけられてレイカは一瞬戸惑った。

「も!もちろん!新しい一流店から引くてあまたよ!私みたいな超一流キャストをほっておく訳ないでしょ!!」

レイカは無理やりいつもの勝気な態度を取り戻した。

「そうよね、これからも陰ながら応援してるわ。」

紫乃はレイカに優しく微笑み掛けた。

「あんたなんかに応援されなくても、私はどこに言ってもNo1よ!!」

レイカは勝ち誇った様に言い放った。

本当は新しい店を立ち上げる為にキャストを集めていることも、

紫乃に力になって欲しい事も、

子供を抱きしめた時の紫乃の幸せそうな顔を思い出すと言い出せなかった。


<宣戦布告>

「工事は予定通り済みそうか?」

内装工事の担当者に袴田は質問した。

「ねー、もっと控え室豪華にしてよ。私、プラチナの化粧台が欲しい。」

可憐が甘えた様に袴田に言った。

「いいだろう。お前は俺の新しい店の嬢王だ。お前の為、お前を輝かせる為、いくらでも金を使ってやる。」

「ヤッター!!オーナーやるぅ!」

可憐は上機嫌に飛び跳ねた。

この店を足がかりに中小路興業改、袴田カンパニーは全国制覇へと繰り出す。

ゆくゆくは日本全国の夜の人間が俺にひれ伏す、そして次は海外に殴り込みだ!

袴田は自分の野望を思い浮かべると顔のニヤケを止める事は出来なかった。


「男がにやけているのは、見ていて気持ちのいいものじゃないぜ。」

振り返るとそこには竜崎とアゲハが立っていた。

「おやおや、これはこれは負け犬ダメ息子の遼くんとリストラキャストのアゲハさんではないか。うちに何か用かい?」

「俺はあんたを父親と認めた事はない、俺を息子と呼ぶのはやめてくれ。あんたの血が混ざってると思うと体中の血液を抜いて死にたくなる。それより、あんた達こそここで何をしているんだい?」

「何をって、新しい俺の城を作っているんだよ。ここから俺の伝説が始まる。袴田の名前が全国の風俗業界に知れ渡るだろう。」

「そんな事聞いてねーよ。だからここでなにやってるんだよ。人の土地で。」

「何を言っている?ここは俺の土地だ。何を寝ぼけている?」

「まだ解らないとはめでたいやつだな。これみてみろよ。」

竜崎は緑色の紙を袴田に渡した。

「これは、謄本?・・・・・何!バカな!」

袴田の顔が青ざめた。

「ようやく気がついたか?ここの土地とこの建物は中小路興業の所有じゃなくて、中小路前オーナーの個人名義になっている。中小路オーナーはこの店には特別な思い入れがあるみたいで全て自己資産でまかなっていたみたいだ。俺が中小路オーナーに会って名義を俺に変えてもらった。

つまり、この土地も、あんたが勝手に改装しているこの建物も俺のものだ。あんたは立派な不法占拠者だよ。」

「くっ!小賢しいマネを!!」

袴田は謄本をビリビリに破った。

「まあ、そう言うなって。せっかくここまで内装工事をしたんだ。最後までやらせてやるよ。そのかわり条件がある。」

「なんだ?」

袴田は竜崎を忌々しそうに睨んだ。

「あんたがオープンしようとしている2月14日、この店で俺の店のメンバーとあんたの店のメンバーで売上を勝負する。買った方がこの店と旧中小路興業の全ての資産を手に入れる。負けた方は全ての資産を失い二度とこの世界に戻って来ない。いいか?」

「勝負か・・・・・いいだろう。望む所だ。貴様に屈辱の二文字を味あわせてやる。

それと、貴様に朗報だ。今回、オープンの記念にスペシャルなVIPを3名招待してある。冥土の土産に指をくわえて見ておくんだな。」

「悪いがその3名の指名もうちがいただく。勝つのはおれだ。」

「私だ!」

「俺だ!」

二人の間に火花が散っていた。

その間、アゲハは可憐と向き合ってた。

「アゲハさん久しぶりですね。可憐、ずっと会いたかったんですよ。」

「悪いけど、私はあんたの顔を見ると吐き気がするわ。」

「やーん、きらわれちゃいましたね。まあ、いいです。私、アゲハさんみたいないい子ちゃん見てるとぐちゃぐちゃに壊したくなるんです。アゲハさんが私の前で絶望で顔を歪めるの想像するだけで楽しみです。」

笑顔の可憐の瞳は憎悪と悪意に満ちた魔物の目だった。

生まれながらにして人間の良心をもたない人間、人を征服しゲームに勝つために人を平気で陥れる。

可憐はサイコパスと呼ばれる人間なのかも知れない。

途方もなく深く大きな悪がアゲハの目の前に立っていた。

「楽しみにしていてください。忘れられないバレンタインにしてあげますから。

袴田さん、行こうよ!竜崎さんもああ言ってくれるんだし、内装の打ち合わせの途中でしょ。」

そう言って可憐は袴田を引っ張り店の奥へ消えて行った。


<支配の魔女>

「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・。可憐様!お願いです。私めを辱めて下さいませ。」

全裸に皮の首輪を付けられ袴田が可憐の前によつんばいになる。

猿轡を外したその口から唾液が滴り落ちる。

「だーめ、おあずけって言ったでしょ。言うこと聞けない悪い子はオシオキですよ。」

可憐は馬用の鞭を袴田の顔に優しく這わせる。

袴田は恐怖とも恍惚とも取れる表情を向けた。

「ふふふ、いい子ねぇ。これからも可憐様に絶対服従を誓いなさい。」

鞭で叩かれながら袴田は興奮の余り目を閉じる。

いつからこの力関係になったのか?

袴田は薄れゆく記憶の中であの日の事を思い出した。


あの日・・・・、

俺は自分のオフィスで一人雑務をこなしていた。

突然、オフィスの扉が開き頬のこけた見知らぬ中年の男が突然入ってきた。

「誰だ!?」

俺は警戒を含めた声で男に問いかけた。

「袴田だな?」

頬のこけた中年男は神経質そうな目を俺に向けた。

「そうだが・・・なぜ俺を知っている。」

「美咲は・・・・美咲は何故死んだんだ!!」

男が今にもつかみかかりそうな勢いで問いかけてきた。

「な、なんの事だ。」

「とぼけるな!!お前は美咲を監禁し、薬を打って殺した!!」

男の目には怒りと涙が浮かんでいた。

「下らん!どこからの情報だ!!」

「正直に答えろ!!お前は美咲をころ・・・・グッ!!!」

突然、男が苦悶の表情になったかと思うと崩れおちた。

その向うには左手にスタンガンを持ち、笑顔の可憐が立っていた。

「あれれれれれれれれれ、威力最強ってすごいね。一発で倒れちゃうんだ。」

可憐はつまらなそうにあくびをしながら倒れた男を見つめていた。

「お、おい!まさか死んでないだろうな!?」

「そんな簡単に人間死にませんよ。どれどれ・・・・脈はあるみたいですね。」

可憐は当たり前の様に袴田に言った。

可憐は気だるそうに携帯でどこかに電話をかけ始めた。

「お、おい!どこにかけてる?」

「だまってて」

その一言で袴田は氷ついた。可憐の突き刺す様な視線、蛇に睨まれたカエルの様に袴田は動けなくなった。

「あ、もしもーし、今、気絶させたよ。年齢?んー、50代くらいかな。痩せてるけど不摂生してるタイプじゃないからいいのが取れるんじゃない?

うん、解った。待ってまーす。」

可憐は電話を切り、倒れた男に腰をかけて客への営業メールを打ち始めた。

「なにをしたんだ?!だれが来るんだ?!いいのが取れるってなんだ!?おい!」

袴田は混乱して可憐に詰め寄った。

「うるさいなー、あんまり騒ぐとあなたもこうしますよ。」

可憐は立ち上がり腰をかけていた男の顔面を踏みつけた。男の鼻から血が流れ落ちる。

袴田は思わず後ずさった。

可憐の笑顔の仮面の裏に恐ろしく残忍な素顔を垣間見たからだ。

それから、そちらの筋の男が二人きて男を車のトランクに押し込んだ。

なんとかこの場から逃げようとしたが可憐に見つかった。

「袴田さんも来てくださーい。途中下車は許しませんよ。」

袴田は可憐にそう言われると何も出来なくなってしまった。


その後の記憶は思い出すだけでおぞましいものだった。

ある人里離れた倉庫に連れていかれ、二人の男は慣れた手つきで男に麻酔を打ち手際良く内蔵を取り出しクーラーボックスの様なものに詰めていった。

まるでマグロの解体の様に男の肝臓が、腎臓が、肺の片方が取り出されていく。

「殺さないでねー、内蔵売ってまでお店に来る馬鹿な貢男が自殺したっていうストーリーだから。」

可憐はスマホから目をそらさすに二人の男に指示を出した。

その後、二人の男は何事も無かったかの様に風の様に去っていった。

倉庫に残された可憐と袴田と内蔵を取られ気絶している男・・・・・・・。

「さて、仕上げですよ。この人を吊っちゃってください。」

「な・・・・どういうことだ?」

「だ・か・ら、自殺に見せかけて殺すんですよ。」

可憐は当たり前の事を言わすなと言わんばかりの口調で袴田に言った。

「おい!気は確かか!?」

「これは完全な殺人・・・んぐ!!!」

突然、可憐が鋭い目付きで袴田を睨み、そして袴田の首をつかんだ。

可憐のするどいネイルが袴田の首に食い込む。

袴田は恐怖で声すら上げる事が出来ない。

「殺されたいの・・・・・?あなたはもう後には戻れない。ここで私に殺されるか、私に従うか決めなさい。」

「し、し、従います。」

すると可憐は万遍の笑をうかべた。

「よろしい!!では、私の奴隷さん。いまから私が言う様に自殺のセットをしてください!!」

そして、袴田は可憐のロボットとなった。


<新しい名前>

「そういうわけで、2月14日が決戦の日だ。」

竜崎のオフィスにアゲハ、松井、芳江が集まった。

「ちょうど一ヶ月後ですね。なんだか緊張してきました。」

松井が腕を組んで真剣な面持ちで呟いた。

「松井さん、ボーイの状況はどうなんですか?」

竜崎が松井に聞いた。

「はは、オーナー、私はあなたの部下です。敬語でなくてもいいですよ。それはさておき、ボーイはサファイアルージュのメンバーが全員残ってくれました!皆、サファイアルージュで鍛えられたプロ達です。

必ずやキャスト達の完璧なフォローをしてくれるでしょう。」

松井の自信にあふれた表情が物語っていた。

松井の様に柔和な潤滑油がいてくれればこの店も上手くいくだろう。竜崎はなんでも自分で背負い込むから、松井に少しでも頼ってくれたらいいなぁとアゲハは思った。

「期待しています。問題は・・・・・・キャストの方か。どうなんだ?」

竜崎はアゲハに視線を向けた。

「今、レイカさんにいろいろ動いて貰っているけどいい返事は無いわ。外来種のメンバーはもう昼の仕事についたり、他の店に移籍してしまったみたい。既存種はやっぱり・・・・紫乃さんの存在が大きいみたい。紫乃さんがいない店に戻る気はないみたい。」

アゲハはため息をついた。

「経験のあるキャストがいないのは大きな痛手だな・・・・・。教育の方は進んでますか?」

竜崎は今度は芳江に聞いた。

「そうねぇ、前島さんが連れてきた子は10名、みんなルックスも良くて、覚えも早い。全員ドルチェに欲しいぐらいだわ。」

芳江は手帳を開き話した。アゲハが盗み見ようとすると声を出さずに口だけ動かしてダメと言った。

「10人中4人はドルチェでも売上のベスト10に入っているわ。マドカなんて戦々恐々よ。

けど、彼女たちが袴田氏の連れていくる一流キャストに勝てるかと言われたら疑問ね。

間違いなく総力戦になったら負けるわ。」

芳江は現状を冷静に客観的に見て厳しい意見を言った。

柔和な松井とは裏腹に、厳しくリアリストな芳江はいい具合に竜崎をフォロー出来る理想のコンビだ。

「まあ・・・・例外はいるけど。」

最後に芳江は小さく呟いた。

芳江もアゲハが仕掛けたある人物に気がついたのだろう。アゲハは今回の対決の為にある人物を用意していた。

「そうか・・・無い物をねだってもしょうがない。今あるカードで勝てる方法を考えよう。

2月14日に客に出す酒だが既に手配はしてある。オーダー表は後でまわすがサファイアルージュとあまり変えないようにしている。他に何か疑問点はないか?」

「袴田が言っていたVIPの三人って誰なんでしょう?」

アゲハは竜崎に訪ねた。

「今、調査しているが解らない。ただ、ひとつ言えるのは袴田は政財界や芸能界に顔が効く男だ。やつが自分の城第一号として位置づけたオープン記念だ。並のゲストではないだろう。やつはサファイアルージュという名前を捨てるらしい。新しい店舗の名前はマーベラス、完全に過去のサファイアルージュカラーを払拭するつもりだ。」

「マーベラスねぇ、信じられないという意味なのかもしれないけど・・・平気で人の店を乗っ取って新しい店を始める袴田の神経が信じられないわ。」

芳江が皮肉を込めて言った。

「あの・・・・・私達の店の名前を決めませんか?私、いい名前があるんです。」

アゲハが言った。

「ほう、その名前とは何ですか?」

松井が興味津々で体を前がかりにし聞いてきた。

「イーリスよ。」

「虹・・・・・ギリシャ語か。」

「虹は色んな色が合わさってひとつでしょ。私たちも様々な個性があわさってひとつのものになるの。それに。」

「それに?」

「虹には後悔の黒と何もしない白の二色はないわ。」


<恋心>

その後、竜崎や松井は店の準備などでほぼ事務所にこもりきりになった。

アゲハ、レイカはかつてのサファイアルージュのメンバーをあたりながら前島と共にスカウトをし、夜はドルチェで芳江と共にキャストの指導にあたった。

めまぐるしく時間は過ぎて、気が付けば決戦の2月14日まで3日を残すまでになった。

アゲハはいつもの様にドルチェでスカウトした新しいキャストと共に自分も感覚を忘れない様に接客を行なった。

ドルチェの勤務が終わり、家路に付く途中に竜崎から着信があった。

「はい、アゲハです。」

「竜崎だ。キャストの方は順調に育っているか?」

「そうですね。みんな飲み込みが早くて順調です。ただ、みんな始めて一ヶ月です。袴田が連れてくる一流のキャスト達と戦えるかというのは・・・・正直、疑問符です。」

「・・・・・そうか。ところでお前、明日は何をしている?」

「明日ですか?そうですね・・・・。丁度ドルチェも御休みですし、家で本でも読んでいようかなと。寂しい休日ですね。」

「そうか、明日午前中に俺のオフィスに来てくれ。」

「え?あ、はい。」

「以上だ。」

「え?ちょ、ちょっと!」

アゲハの質問を遮る様に竜崎の電話が切れた。


翌日、言われた通りアゲハは竜崎のオフィスの前に来た。

あの人の行動は読めない・・・・・一体何をするのだろう。

アゲハが竜崎のオフィスのあるビルに入ろうとすると後ろから車のクラクションがなった。

「こっちだ!早くのれ。」

白のフェラーリから竜崎が顔を出して手招きする。

いつもスーツで険しい顔をしている竜崎だが、意外にもセーターにジーンズと柔らかい格好でありどこか顔もいつもより柔和だった。

一体どうしたのだろう?アゲハは疑問に思いながらも竜崎の車に乗った。

車は首都高を飛ばした。

「あの・・・・・どこに行くんですか?」

アゲハが不安そうに竜崎に聞く。

「着けばわかる。それよりお前、昨日仕事だったんだろ?着いたらおこしてやるから寝てろ。」

竜崎は前を向いて運転しながら言った。

栄二とは違って竜崎にはどこか大人の余裕があった。けど、寝てろなんて子供扱いされたみたいでアゲハは絶対起きててやろうと意地を張った。

その5分後、アゲハは竜崎の横で寝息をたてていた。


「ついたぞ。」

竜崎に起こされてアゲハは目を覚ました。

口からヨダレがすこし垂れてたので大急ぎで拭いた。

アゲハの行動に竜崎は小さく笑い、車の外に出た。

アゲハも慌てて外に出る。

一瞬、冷気がひんやりして寒気を感じたが、目の前には広い草原と湖が広がっていた。

緑色の海の様な草原と鏡の様に輝く湖のほとりには小さなログハウスや牧場がたくさんあった。

「すごい・・・・・綺麗ですね。」

「都会にいると自然の空気をなかなか吸えないからな。腹減っただろ?着いて来いよ。」

アゲハは竜崎の後に付いて行った。

少し歩くと丸太小屋のようなレストランがあり、そこに二人は入った。

「いらっしゃい。おや、竜崎さん。お待ちしてましたよ。」

中からチェックのシャツにデニムのエプロン姿のヒゲの男性が出てきた。

「ご無沙汰してます、マスター。」

「そちらの美しいお嬢さんは?竜崎さんの彼女かな?」

アゲハはちょっと困ったような、照れくさい表情をして竜崎を見た。

「いえ、彼女はうちの店の子です。今日はちょっとリフレッシュに。」

アゲハはちょっと傷ついた。それを気付いて欲しくて竜崎を少し睨んだが竜崎はそれには気づかずマスターと話し込んでしまった。

店の奧のテーブルに腰をかけて待っているとパンにソーセージ、温野菜にエビなどが乗ったお皿とグツグツと鍋で煮込んだ黄色いドロドロとした液体が運ばれてきた。

「これは?」

「チーズフォンデュだ。好きな具材をそのチーズにつけて食べてみろ。」

「へー、こんなの始めて。じゃあ。人参にしよっかな。」

アゲハは人参を先がフォークの様に割れている長い鉄の棒で突き刺し、チーズの入った鍋にくぐらせて口にはこんだ。

「はっ、はふ、ほふ。あ、あっつい!!」

アゲハは口をハフハフさせてチーズの熱さに耐えていた。

竜崎が水をアゲハに差し出す。

「おい、大丈夫か?」

アゲハは水をのんで一度深呼吸をした。

「だ、大丈夫です。熱かったけど・・・・・すごく、美味しいです。」

「そうか、ほかのもどんどん食べていいぞ。」

「ありがとうございます。けど、チーズとか食べたら私、太っちゃいそうで・・・・。決戦の前なのに太ったりしたらどうしよう。」

アゲハは竜崎をチラリと見た。

これは竜崎が自分のプロ意識をテストしているものだと思ったからだ。

しかし、竜崎は予想に反して口元をわずかに緩ませた。

「今日は許す。オーナーの俺が許すと言ったんだ。お前は何も気にする事は無い。もし、お前がこれで太ってドレスが入らなくなったら、俺がワンサイズ上のドレスを揃えてやるよ。」

その大人の余裕と優しさにアゲハは顔を真っ赤にした。

やだ・・・・・そんな事、真顔で言わないでよ。

照れ隠しにアゲハはウィンナーを突き刺してチーズの鍋に入れた。

昼ご飯を楽しんだ後でアゲハは湖のほとりにある竜崎の別荘へと向かった。

意外な事に竜崎は釣りが趣味で、たまに休みが出来ると東京から車を飛ばしてここで一日中釣りをするのだという。

普段の冷静で気難しい竜崎とは違った一面にアゲハは驚いだ。

近くの小さな牧場で馬やうさぎと触れ合える場所があり、アゲハはうさぎに餌をやったりモルモットを抱きしめたりして時間を過ごした。

最近は2月14日の決戦の事で頭がいっぱいで笑顔は接客の時のみだった。

自然な笑顔をすることをどこか忘れていたような気がする。

「モルモットすごく可愛かったです。」

アゲハが満足そうに言いながら歩いている。

「そうか、なら良かった。」

竜崎はそれしか答えなかったがどこか満足そうだ。

「次はあそこに行くぞ。」

牧場から少し歩いたところに可愛らしい装飾をした小さな白い店を指さした。

竜崎とアゲハは店の中に入った。


「うわー!!すごーい!!」

そこには煌びやかに輝くガラス細工がたくさん並んでいた。

「お前、ガラス細工好きなんだろ。ここのガラズ細工は裏の工房で作っていて全て一点物なんだ。海外からも買い付けがくるぐらいの有名店なんだ。」

アゲハはガラス細工に目が無かった。小さい頃からおこずかいを一生懸命貯めてひとつずつ小さな動物や天使などのガラス細工を集めるのが趣味だった。

誕生日には父がアゲハの為にガラス細工の店に連れていってくれてプレゼントしてくれた。

あの時の父の笑顔は今でも忘れない。

ちょっと、しんみりしてしまったが、アゲハは気を取り直してガラス細工を夢中で見ていた。

けど、なんで私がガラズ細工が好きなこと知っているんだろう?


その中で小さなハートのモチーフのネックレスの前で足が止まった。

「それ、すごく可愛いですよね。」

アゲハが振り返ると頭にバンダナを巻いた。アゲハと同い年ぐらいの小さな女性が立っていた。

「本庄さんだ。この店の作品は全て彼女が作っている。」

アゲハは驚いた。これだけ繊細で、細かいガラズ細工をつくる職人なんてきっと弟子が何10人といて頑固なお祖父さんのような人が作っていると思ったが、アゲハの目の前にいるのはちょっと地味な小さな女性だった。

「そんな、たいした事ないですよ。東京でずっとOLやりながらお金貯めてこのお店を開いたんです。なかなか最初は上手くいかなくて、そんな時に時々釣りにきている竜崎さんがうちの店に投資してくれたんです。おかげで今でもなんとかやっていけてます。」

竜崎はてれくさいのか近くにあった花瓶を手にとり、品定めするフリをした。

普段は厳しい世界で儲ける為の投資をしている竜崎が、こんな素敵な投資をしていたなんて・・・・アゲハは竜崎に惹かれている事に気がついた。

「こちらの方は竜崎さんの彼女さんですか?」

本庄は竜崎に聞いた。

「いえ、うちの店で働いている子です。」

アゲハは今度はわかりやすくすねてみたが、また竜崎にかわされてしまった。

「よかったら、そのネックレスつけてみますか?」

「え、いいんですか?」

「はい、お姉さん綺麗だからきっと似合うと思いますよ。」

「じゃあ・・・・よろしくお願いします。」

アゲハは本庄にネックレスをつけて貰った。

「可愛い!よくお似合いですよ。」

鏡に映るアゲハを見て本庄は言った。

アゲハは竜崎をちらりと見た。

「いいんじゃないか。似合ってるよ、お姫様。」

竜崎は栄二と違いストレートにキザともとれるセリフを言う。けどそんなストレートな表現がアゲハの心を熱くしていた。

「じゃあ、これ、一つ下さい。」

「はい、かしこまりました。」

「支払いはカードで大丈夫か?」

竜崎が後ろから本庄に問いかけた。

「そんな!いいですよ!悪いですよ!!」

アゲハが慌てて止めようとしたが竜崎は本庄にカードを渡した。

「女に財布開かせるほど俺は落ちてない。」

竜崎はニッと笑った。


その後で竜崎の別荘に戻り、アゲハが別荘にあるもので夕飯を作り二人で食べた。

「決戦の日まであと2日だ。今日でリフレッシュ出来たかは解らないが、しっかり気を引き締めていこう!」

夕飯が終わり、竜崎がまたいつもの厳しい表情に戻った。

「はい、必ず勝ちましょう。」

アゲハもうなずいた。

「よし、明日も仕事が山積みだ。帰るぞ。」

竜崎は椅子から立ち上がったが、アゲハは立ち上がらない。

「どうした?」

「今日は帰りたくありません。」

アゲハがむくれて竜崎に言った。

「こら、ワガママを言うな。行くぞ。先に行ってエンジンをかけておく。」

竜崎は外に出た。竜崎の相棒である白いフェラーリが止まっていた。

キーのボタンを押しライトが点滅する。運転席に乗りエンジンを掛けた。別荘に前付する為に車を発進させようとしたがいつもとは違う重い発進に竜崎は車を止めた。

どこかトラブルでもあったのか?

竜崎は車を降りて車を点検し始めた。すると後輪の一つがパンクしている事に気がついた。

すぐさま修理屋に電話したが別荘まで到着するのは明日の朝になるとの返答があった。

しかたなく、竜崎は別荘の中に戻って行った。


「どうしました?」

「まいったよ。車がパンクしていて修理屋がくるのは明日だそうだ。今日は泊まるしかない。二階に二部屋ある片方を使え。今から布団を準備してくる。」

竜崎はブルゾンを脱いで二階に上がって行った。

その隙にアゲハは別荘に常備してある工具箱にキリを戻した。

「竜崎さん、ごめんなさい。」

アゲハは二階に向かって手を合わせた。


「ええ、急遽そうなってしまいまして。すみません。明日の昼までには必ず戻ります。」

竜崎は松井に電話をかけて今日帰れなくなった事を伝えた。

松井は嫌味を言うどころか、ゆっくり疲れをとってきて下さいとねぎらいの言葉までかけてくれた。

書類関係の仕事は竜崎が帰ってくる前に全て済ませておいてくれるそうだ。

頼りになる男だ。サファイアルージュの内情を知るために信頼できそうなボーイを探していた時、真っ先に目に入ったのが松井だ。案の定、松井は快く協力してくれたしアゲハがピンチの時に逐一報告をくれたのも松井だった。

それだけではない。仕事にも自分にも厳しすぎる竜崎のブレーキ役としていつも支えてくれている。竜崎は松井の好意に甘える事にした。


電気を消して布団に入り目を閉じる。

コンコン・・・・。

扉をノックする音がして竜崎は目を開けた。

「どうした?」

竜崎がそう声を掛けると扉が開き、バスローブを来たアゲハが入ってきた。

「そんな格好してたら風邪引くぞ。」

竜崎の問いかけにアゲハは応えずうつむきながらアゲハは近づいてきた。

ふわりと香る石鹸の香りが心地良かった。

アゲハはゆっくりとバスローブの帯を緩め、前をはだけた。

そして、バスローブを床に落とし一糸纏わぬ姿で竜崎の前に立った。

月光に照らされアゲハの顔が、乳房が、きめの細かい肌が怪しくも美しく輝きを放っていた。

ガラス細工のネックレスが夜空の星のように輝いていた。

あまりの美しさ、妖艶さに竜崎は思わず息を飲む。

「竜崎さん・・・・・私、あなたが好きです。私を抱いてください。私を・・・・・あなただけのものにしてください。」

アゲハは立っていた位置から一歩づつ竜崎のベッドに近づいて行った。

竜崎の胸に自分の頭を傾ける。そして・・・・体をあずけた。

竜崎もアゲハの肩と腰に手をまわして強く抱きしめた。

アゲハの体は柔らかく、絹のように肌触りが良かった。

そして、アゲハからふわりと花の様な香りがして、竜崎は自分の体の血の巡りが極限に達している事を心臓の鼓動と共に実感した。

アゲハの細い肩を持ってアゲハの顔を見た。

アゲハは一瞬、照れくさそうに視線を下に外らしたが、目を瞑り竜崎に唇を差し出すように上を向いた。

豊満な果実のような唇が月明かりに照らされて今にも吸い付きたくなるような輝きを放っていた。

竜崎はガウンを脱いだ。


そして・・・・・・・・アゲハに優しくかけてやった。


「どういうことですか?」

アゲハは目を開け、深く傷ついた様に竜崎を見つめた。

「風邪引くぞ、明日は早い。早く寝ろ。」

竜崎はアゲハの頭を優しく撫でてアゲハに背を向けて布団をめくった。

「どうして・・・・・どうしてなの?私の事は好きじゃないの?」

「違う。」

「・・・・・・私が、あなたの店のキャストだから?商品だから?復讐の為のカードだから?」

「違う!」

「・・・・・・私の体が、全身整形の作り物だから?」

「違う!!」

「じゃあ!!どうしてなのよ!!!」


二人は肩で息をしながら向き合った。

アゲハは大粒の涙を流していた。

「いずれ・・・・・お前にも話す。今日は寝ろ、以上だ。」

竜崎はベッドに入りアゲハに背を向けて布団を被った。

バタンと扉を占める音が聞こえた。

そのあと苦しむ様な泣き声が聞こえ、その啜り泣く大きな泣き声は一晩中止まる事はなかった。


翌日、修理屋も来て車も無事修理する事ができた。

しかし、帰りの車内で二人は一言も口をきく事はなかった。

そして、運命の2月14日を迎えた。



下も読んでください。

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