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異世界珍道中  作者: 十夜
3/25

とりあえず現状と知識の整理をしてみよう

結論から言うならば、後回しにした結果考える時間はその後もなかった。

店の閉店を迎え店内を清掃し帰宅したころには空は薄らと明るくなっていたのだから。

まあ当然と言えば当然だろうが。

店、黒猫亭は夜に店を開く酒と料理を提供する店なのだから。

店の規模は決して大きくはないがいつしか口コミで評判が広がったらしく、気付けば連日にぎわっている。

本来は昼にランチを提供する店であり、事実オーナーは昼に店に出ている。

だがまかない代わりにサラが出した料理が以外と評判で、馴染みの客に裏メニューとして出すようになり。

それからさらに「夜に店、やってみないか」のオーナーの一言で黒猫亭の夜の営業が始まったのは約半年ほど前の事、だった。

無論帰る方法を探しはしているが、特別な知識もあるわけではないしそもそもなぜどうやって飛ばされたのかさえ分からないのだ。

正直帰還方法については手詰まり以外の何物でもない。

そうしてこんな風に落ちつくたびにまず思うのだ。


「…きもちわる」


知らないはずの事を知っている、それも自分の知識として。

正直に言うなら気持ち悪いの一言だ。

便利である事も助かっている事も事実だが、それでも気持ち悪いと思うのは仕方がないだろう。

けれど体は日々の生活を知っていても知識として今の生活は知らない事ばかり。

もっと言ってしまうならば本で読んだだけの頭でっかちな知識に似ていて実感が全くわかないのだ。

日々の生活に精一杯で気付けば早半年以上、正直笑えない。

とりあえず久方ぶりにようやく訪れた休暇に知らぬ間に脳内にごちゃごちゃと書きこまれているような情報を整理しようとして、まず出たのは溜息だった。

やはり半年経とうが知らないはずの事を知っているのは気持ち悪い。

無論、異世界(のはずだ)に訪れながら(断じて望んでではないが)言葉は通じるし読み書きもできる、ついでに一般常識もあるのは大いにありがたい。

誰に感謝を言えば良いのかはわからないし、そもそも来たくもないのにこんな所にいる時点で感謝など意地でもしないが。

あとは、この世界ならではのものとして。


「人間で良かったー」


心の底からそう思う。

何せこの世界、知識にあるだけで本当に種族がごちゃまぜなのだ。

ファンタジーの代名詞、エルフにドワーフ、非人型で言うなら龍族に獣人、精霊などなど。

さらにはお世辞にも友好的とは言えないが敵対的とも言えない魔族までいたりする。

エルフはさておきドワーフやトロールやアンデット、ゴブリンなどの魔族になった日には泣くしかない。

そういう意味ではこの小さな幸運を噛みしめても良いだろう。

特に機会と人の融合体である有機人などもいるが人間が主な住人であるメギロード帝国などはさておき。

このクラン連邦共和国と言う今サラがいる国は本当に種族と言う物がごちゃまぜだったりする。

この際「最北の国」こと一般的に魔族の国とされる青藍については選択肢からも外しておく。

厳密に言えばサラが今いる国はクラン連邦共和国の1国家、アストレア公国と言う国だが。

なにせ連邦共和国と言う名の通り、クラン連邦共和国は複数の国が集まった言わば国の集合体だ。

しかも国とは名ばかり、要はドワーフや獣人などの各種族が集まる集落などを国と呼んでいるような状況で。

共和国と名乗っているのも複数の国が集まって皇帝だのなんだ1人に権力を持たせるわけにもいかないから議会制にしようと言う。

ある意味物凄くいい加減な理由でしかない。

結論から言うのならば思考さえ様々な種族が集まっているクラン連邦共和国は議会制だからこそうまく成り立っていると言っても良いだろう。

話しは若干それているが、そういう国家状況を考えれば本当に一歩間違えれば人間以外の別種族になっていた可能性も捨てきれないのだ。

そう考えればそれはもう本当に小さすぎる幸運と言うか、むしろわけもわからず異世界なんて不幸を前にしたら速効で吹き飛ぶレベルの小ささだが。

というか、いっそこの世界でいうのならばメギロード帝国にいた方が良かった気がする。

知識を辿ってみる限りあの国は科学が発達している日本に近い世界なのだから。

だが不幸にな嘆くばかりよりは小さな幸福だろうと噛みしめたほうがきっと前向きになれると思うのだ。

最北の国で魔族としていきなり立っていましたなんて言う状況よりは絶対にマシだ。

なにせあの国の唯一にして絶対の法というかルールは「強さこそ正義、弱い奴はそのまま死ね」である。

しかも最北の国と言う通称の通り立地的に環境が厳しい。

下手をすると文字通り死にかねない。

ちなみにそんな国が文字通り国家として成立しているのはこれまた至極簡単な事で。

唯一無二のルールによって頂点に立った者、つまり最北の国最強の者が今までことごとくそれなりの秩序だった統治をおこなっているからにすぎない。

いわゆる脳筋などのバカが頂点に立った瞬間にあの国、そしてその周辺国家は一気に混沌と化すだろうというのもまたこの世界で共通の認識だったりする。

なんて事を考えれば、メギロードという最良ではないが青藍と言う最悪でもないクラン連邦共和国にいるということはそれなりに幸運なことなのだろう。

というよりもそう納得しておかないと心折れそうになる気がする。

さすがに無理にでも気を強く持っていないと心が折れる気しかしない。


「サラ・レイナス…か」


知らないはずの名前はけれどやけにしっくりと来てしまう。

当然だろう、それは『今の』自分の名前なのだから。

そして違和感が薄いもう一つの理由はきっと。


「なんで思い出せないのよ…」


本来の自分の名前が思い出せないのだ。

その事に気付いた瞬間は流石に血の気が引いた。

だがいくら考えてもそこだけ空白になってしまったようにまったく思い出せないのだ。

日本人だった、社会人だった、父も母も健在で、確か弟がいたはず。

そんな事は思いだせるのに、学生時代の事も思いだせるのに。

家族の名前も、友人の名前も。

そしてやはり自分の名前も思い出せないのだ。

それどころかこちらの世界で時間が過ぎるごとにますます記憶は薄れて行っている。

本当はこのまま蹲ってしまいたい。

どうして、と泣き叫んで私を元の世界に返してと大声でわめきたい。

けれどそんな事をしたところでどうにもならにことくらいわかってしまう分別はあるのだ。

何よりも物凄く現実的な話として、生きていればお腹はすくわけで食事をするには外で食べるにしろ自分で作るにしろ金がいるのだ。

働かざるもの喰うべからず、なんて格言がこの世界にあるかは知らない。

だが少なくとも現代日本で生きてきた以上、その考えは身にしみている。

そりゃ本音をぶっちゃければ楽していきたいに決まっている。

だが世の中そんなにうまくいかないことくらい知っているし、いざそんな状況になればそれはそれで居心地が悪いのだろう。

何もしなくてもいいのよと言われた所で途方に暮れるのがおちだ。

要するに憧れと同時にないものねだりのようなものだ。

働きたくない、楽に暮らしたいと言いながら、それでも働いてお金をもらって日々の生活を送る。

当たり前のそんな生活にきっと国も世界も大きな差はない。

不自然な形で楽をすればどこかで歪みは必ず現れるだろう。


「…とりあえず朝ごはん」


はあ、と溜息をついてのろのろと寝台から身を起こし、ようやくサラの一日は始まるのだった。

無論それが、ある意味で逃避に過ぎないとわかっていたけれど。

少なくともこんな状況下でもサラが働いているのはできるだけ健全に生きるためであり。

それはつまり日々の生活を安定させるためであり、その中には当然のことながら食事も入っているのだから。

例え仕事柄昼夜逆転生活で、今日も今日とて既に太陽はてっぺんとも言えるような時間でも。

真面目に働いてお給料をもらって生活すると言う点に置いてだけはサラには文句も何もないのだった。

重ねて言うが、その点「だけは」であるのだが。

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