第4章 僧侶来襲
くーくー、すーすー。
街道の脇に設営された大きなテントから、かわいらしい寝息が聞こえる。
昨日死闘を繰り広げた女騎士と布団猫が、仲良く勇者に抱かれて眠っているのだ。
チュンチュン、ピーチチチ、キュアキュアキュア、ガツガツガツ。
小鳥が舞い囀り、朝ごはんに精を出している。
(※前話のドラゴンは、ただ今小鳥によって美味しくいただかれております。)
「ううーん」
女騎士は伸びをすると、そのまま深い眠りに戻る。
布団猫にいたっては、目覚めようという気配すらない。
「むにゃむにゃ、ゆうしゃさまー」
「ぐーぐー、ごろごろにゃん。zzzzzzzzz」
こうして勇者一行は、勇者自身が最大最強の敵となってしまった。
そう、暖かいお布団には、いかなる存在も勝てはしないのだ。
では、おやすみなさーい。
「い・け・ま・せ・ん・わ・!」
ジャーンと鍋を銅鑼のように鳴らして、勇者一行の眠りを妨げる者が現れた。
修道衣の女性であり、とても細身ながら、ごく一部はとても豊満な罪作りな人である。
「むにゃ、あと5日…」
「うにゃ、あと5転生…」
しかし、効果がなかった!
「だーかーらー、い・け・ま・せ・ん・わ・!!」
もう実力行使とばかりに、勇者様の端っこを掴んで、一気に布団をめくる。
「うわわわわ」
「うにゃん」
女騎士は投げ出されて目が醒め、布団猫はコロコロと転がって、ひなたぼっこを始める。
「まったくもう」と怒る僧侶の頭に、ひゅるるるると跳ね上げられた枕が落ちてきた。ぼふん。
「あら?」
そのまま枕に手をかけ、硬直。
頭を枕に擦り付け、全身をきゅーん、びくびくっ。
「ぽっ、勇者様っ」
胸の大山脈に丸めた布団を掻き抱き、そのままスリスリと己の匂いを付け始める。
「ああっ、勇者様っ。勇者様っ。勇者様ーっ!」
はぁはぁと荒い吐息はピンクな桃色が混じり、ハイライトを失ったかのような眼差しは瞳孔がぐるぐる渦を巻いちゃったりしている。
胸はドキドキと高鳴り、腕は勇者を完全ロックホールド。背骨があったら間違い無く折れている圧力が加わり、垂れる涎がいけない違った落ちないシミを作っていく。
腰はくねくねと動き、太ももをもじもじと擦り合わす。おしりは尻文字でハートマークを描き、爪先がガリガリと地面をえぐっていく。
その様はまるで……
「貴様、勇者様を邪教の生贄にする気かっ!?」
うん、とってもあやしいダンスです。よく各部位がそんなデタラメに動くなぁというくらい怖い踊りです。
しかし発情した僧侶には、女騎士の言葉が(正確には)届かない。
「ああっ、勇者様っ。そんなに私の身体にすがりついて。私をお試しになりたいのですか?」
「貴様がこすりつけているのだろうが。さっさと離れろ」
「ああ、なんて逞しくも弾力を失わないお身体なのでしょうか。しかも寝間着で」
「確かに寝るときの服装だから寝間着と言えなくもない。だがシーツだぞ、それは」
「それに頭に沈み込むような柔らかいナデナデの心地よさ。まるで天国に行っちゃってるようですわ」
「天国にイッちゃって、頭が揺れているだけだ。首の骨が折れるぞ」
「それに私の胸をこんなに苦しくさせるなんて。もっと揉みほぐしてドキドキさせてください」
「それは、えっと、そう、しがみついているからだ。それにそんな不可解なダンスを踊れば、心臓が苦しくなって当然だろう!」
「更に腰が…」
「だから、そのダンスをやめろ!」
「ああ、勇者様っ、最高ですわ。もう一生離れませんわ」
「ああっ、もうっ。えーいっ!」
仕方ないので勇者ごと川に放り込む。
ざぽーんと水柱が立ち、正気に戻った(と思われる)僧侶が勇者を抱えて岸辺に上げる。
「お見苦しいところをお見せしました。その、勇者様。誤解なさらないでくださいね。私、あんなに乱れたのは初めてのことですのよ。あ、いえ、そうではなくて、他の方には指一本触れさせていませんから、その、勇者様だけなんですよ」
女騎士と布団猫は確信した。
こやつ、新たなる恋敵だと。
しかし勇者様を見ると、とたんに仲良くしなければという思いに駆られる。
納得いかないながらも、勇者様のためと自分に言い聞かせた。
女騎士と僧侶は取り敢えず協力して勇者様を乾かすことにした。
木の枝を組んで物干し台を作り、勇者様を干す。
食事をしながら自己紹介をする。
何故か近くにできたてホヤホヤのドラゴンの死体があったので、ちょうどいいとばかりに肉をいただく。
まるで散々筋をほぐしたかのような柔らかさで、噛みごたえがありながらも非常にまろやかだ。
特に筋肉の塊である心臓は最高で、まるで死亡直前に激しい運動をしたかのような、たっぷりとした血液をたたえていた。
ドラゴンの肉を食えば、その力を取り込んで強くなれるという俗説があるが、まんざら嘘でもないような活力が湧いてくる。
余った肉は燻したりして保存食にする。暫くの間は食事が豪華になりそうです。
ちなみにどれだけ食べても、女の子の体型は変わりません、ハイ。
「それで貴女は、どうして勇者様に同行しようと?」
「じつは、勇者様に入信してもらいたいと思いまして」
「ああ、なるほど。たしかに影響力は凄まじいだろうからな」
「ええ、極めて由々しき問題です。勇者様の体は1つ。有象無象に群がられても困りますわ」
「確かにな。いちいち闇討ちするのも手間がかかる」
「ええ、まったくです。呪い殺している暇があったら、勇者様とイチャイチャしたいですもの」
「しかし勇者様は見ての通り、とても目立つお方だ。話題にならないはずがない」
「そこで、ですわ。これが役立ちますのよ」
チクチクチクと、あっという間に布を縫い合わせて、目的の物を作り上げてしまう。
両膝を揃えて即席の台となし、優しげなほほ笑みで手際よく縫い上げ、きゅっと糸を縛って咥え切る。
「できましたわ、勇者様の衣装です」
「ほう、これは見事な出来栄えだ」
ばさりと広げられたそれは、一流の職人が作り上げたといっても過言ではなかった。
ピンクの布地に真っ白なふりふりフリルの付いたシーツ。
大きな赤いハートマークが刺繍された枕カバー。
シルクのレースで編まれた下敷き。
「あれ?」
なんかおかしいなーと頭をひねる女騎士をおいて、僧侶が勇者様に駆け寄る。
いそいそと着付けを手伝う。
「まあ、お似合いですわ。とっても可愛らしいですわよ」
豪華な衣装に身を包んだ勇者様は、もはやどこからどう見ても、女の子用ベッドだった。
ただし1つだけ、きちんとしていないところがあった。
「た、確かに似合うな。…ん? ここだけ糸がほつれて…いや、わざわざ縫い出して…。……!!!!」
それが何を意味するかを察した女騎士は、急いで自分用にと赤い糸を縫い付ける。
「…気付いてしまいましたのね…」
ふふふ、ほほほと笑いあう。
見れば僧侶は両肘を揃えてハサミを持っており、表面上は優しげなほほ笑みを浮かべながら、ぎゅっと己の髪を一筋咥えて噛み締めている。
「勇者様、ちょっと目を閉じていてくださいまし」
ばさりと予備のシーツを勇者様にかけると、ほほほ、うふふと笑いあいながらハサミと針を交える。
決着が付くことがないと思われる硬直した攻防だったが、即席の物干し台が壊れて、2人とも勇者に押し倒されて有耶無耶になった。
なお、布団猫はその間、じっくりゆったり堅実に匂い付けしていましたとさ。
《ステータス》
レベル:30
職業:勇者
副業:カリスマ寝具・ヒモ(Upgrade!)・男の娘?(Unknown!)
弾力:0.5
耐久:1000
敏捷:0
知力:0
魔力:0
運:???
装備:白色の衣・ピンクのフリル(New!)・ハートの仮面(New!)・レースの下着(New!)
スキル:剣術レベル0・魔術レベル0・受け身レベル9999
特性:主人公補正・ニコポナデポ・秘められた覚醒・姫プレイ(Upgrade!)
仲間:女騎士
布団猫
大山脈の僧侶(New!)
戦果:騎士見習いの少年の淡い恋心
魔界四天王無条件降伏
魔界四天王一方的撃破
2013年1月15日 著者自身の発見により
誤字:垂れる涎ががいけない違った落ちないシミを作っていく。
訂正:垂れる涎がいけない違った落ちないシミを作っていく。
以上修正いたしました。