第3章 四天王強襲
王都より勇者と女騎士が旅立って1時間。
窮地に陥っていた。
「グルルルルルルルルル」
街道を進んでいると、いきなり巨大な獣が出てきたのだ。
人と同じくらいの高さを持ち、全長はその数倍にも及ぶ四足獣。
曲線で描かれた肉体は優美の一言につき、左右に揺れる尻尾は優雅というより他にない。
しかしそれを打ち消して余りあるほどの威圧感が放たれる。
いや、その静かなる殺気と恐怖こそ、死への美しさを彩るものに他ならない。
「おのれ魔獣。いきなり現れるとは…」
「魔獣ではない」
勇者をかばって前に出た女騎士が、知恵ある言葉に驚愕する。
ちなみにいい声だ。深みがある滑らかな声で、体をズシンと痺れさせるような低音が響く。
「我は魔界四天王最強にして最も美しきものなり。勇者一行よ。決闘を申し込みに参った」
「魔界四天王…?! まさかいきなりこんなところで…」
「ふっ、我ら魔界四天王に伝わる教訓に従って行動したまでよ。用がある方が出向け。特に勇者は待つな。ラッキーカラーは黒か紅か白とな」
「最後がよくわからないけど、大物が出向いてくれるなら、むしろ好都合。この場で討って、魔王討伐の礎の一番槍の幸先にしてくれる」
女騎士はちょっと興奮しながら剣を構える。
いきなり魔界四天王という大物格には驚いたが、単身で出向いてくれたのならむしろ感謝すべきだ。
しかも最強。これを最初に倒してしまえば、以後が楽になる。
ギンと前をにらみ、戦闘態勢を整えた女騎士を見て、美しき獣はニヤリと笑う。
「では、正式に申し込もう。我はそなたら勇者一行に、正々堂々たる決闘の降伏を申し込む」
「受けた!」
よしっ、とばかりに四足獣が走りだす。
ぽんっと効果音が入って10分の1くらいの大きさに返信し、そのままうにゃーと勇者に突進する。
すてててててててて、ぼふん。
勇者様の中に潜り込み、ゴロゴロゴロゴロと喉を鳴らす。うにゃん。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………えーと?」
「さすが勇者様にゃん。とっても寝心地が良いにゃん。最高だにゃん。ゴロゴロゴロゴロ」
喉を鳴らしながら布団の中で転げまわる1匹の猫。
そこには魔界四天王という恐ろしい存在はおらず、ただ最高の居場所を見つけた1匹の獣がいた。
「はっ、勇者様に取り入る姦計か! おのれ、そこから肉球ぷにぷにー」
女騎士は魔界四天王に懐柔されつつある!
「だから、降伏したにゃん。受け入れたにゃん」
「えっ、ええっ?! 毛並み良すぎー」
女騎士は陥落寸前だ!
「ささっ、一緒に眠るにゃん。気持ちいいにゃん。今なら猫ユタンポ付きにゃん」
「そうだな。そう言われては仕方ないな」
あっという間に鎧や剣を脱ぎ捨てて、寝間着に着替えて勇者様に潜りこむ。
にゃんこと一緒に暖かい布団で丸くなることの心地よさよ。
女騎士は魔界四天王の降伏を受け入れ、無条件幸福してしまった!!
一方その頃、女騎士の父親たる騎士団長は、嫌な予感に襲われていた。
「しまった。魔王城への地図を渡し忘れていた。まぁいいか。勇者様との婚前旅行だと思えば」
宰相にはああ言ったものの、なんだか昨日の夜から突然、勇者への好感度が上がりまくったのだ。
いやむしろ、娘が勇者様を連れて実家に挨拶に来てくれなかった不満が上がりまくっていたといってもいい。
娘も年頃で、そろそろ婿をと思って粒ぞろいの騎士を更に選別し、訓練と称して痛めつけていたのだが、もはやどうでも良くなっていた。
「むう、いかんな。歳をとったかな。そういえば、陛下や宰相がなにやら勇者様について言っていたような…。ま、いいか」
国家方針の重要事項をぽいっと投げ捨てて、勇者様専用の寝台台座を注文するのだった。
バサリ、バサリ。
遥かなる高空を、恐るべき魔獣が静かに飛行する。
いや、魔獣ではない。彼こそ魔界四天王にして大空の覇者たるドラゴン。
その堅き鱗は魔剣をも通さず、その腕の一振りは一軍をも薙ぎ倒し、尾を叩きつければ大地は割れ、炎の吐息は灼熱の大海を作り出すという。
いま地平の果てまで見通すという竜眼は、勇者一行を捉えていた。
「ふん、あやつめ。珍しく動いたと思えば、そういうことか」
普段からひなたぼっこしかしていないやつが、突然姿を消したのだ。訝しんで追いかけてみれば、このザマだ。
勇者に媚びを売るばかりか、女の腕の中で眠るという羨まし…げふんげふん、堕落した様を晒すとは…。
「まあ良い。貴様を倒して、最強の名を奪い取ってやろう」
そもそも魔界四天王は、めったに動くことはない。
全員が出不精…げふんげふん、ヒッキー…げふんげふん、地位も名誉もある重鎮なのだ。
まぁ仕事しているのは1人だけなのだが。ちなみに文官。
なにしろ魔界最強集団であるからして、うっかり戦闘職が前線に出ると、それはもう酷いことになる。
敵味方巻き込んで全滅させたり、地形を変えてしまって進軍ルートを潰してしまったり、敵の拠点を破壊し尽くして再建費用がかさんだり…。
その度に魔界四天王筆頭の仕事を増やし、キレられて100分の99殺しになってしまうのだ。はっきり言って、魔王様より怖い。
しかし今はその心配もない。
なにせ戦うのは敵の王都間近。おまけに近くに味方はいない。
更に勇者もついでに倒せる。違った。魔王様の天敵たる勇者を倒す巻き添えとして、気に食わないヤツを葬れる。
うん、完璧。俺マジ天才。
「クックックッ。貴様のような役立たずなぞ、魔王様の頭ナデナデに相応しくない!」
そう、事もあろうに、アヤツは魔王様に可愛がられているのだ。
なぜかアヤツは魔王様が映像録画するときに、黒猫になって膝の上に乗り、頭を撫でられるという栄誉を常に得られているのだ。
たいへん腹立たしい。アイツの役職は魔王城最終防衛と言う名のネズミ捕りなのに!
いや、ネズミ捕りをバカにしているわけではない。うろちょろされまくったら、魔王城の雰囲気がぶち壊しだから。
しかしナデナデしてもらうのは、自分こそがふさわしいのだ。
「フッフッフッ。魔王様。ちび竜モード変身の特訓を見ていてくださいね」
脳内麻薬がフルマックスに達した所で、急降下を開始する。
高空からの一撃、躱せるものなら躱してみよ!
音を置き去りにして、一条の魔弾となって襲い掛かる。
激突寸前で、あ、このままだと俺も痛いなと身体硬化をほどこしたのが幸いした。
ギューーーーーーン、ねこぱんち、ベシッがりがりがりーーーー。
あっさり迎撃されて、地面に激突。
垂直降下に斜めのベクトルが加わったので、街道を盛大に削りながら減速していく。
遠くの森に突っ込んで、やっと止まった時には、見るも無残な姿に成り果てていた。
「お、おのれー」
「無様だな」
思わず漏らした怨嗟に応える声がして、慌てて起き上がって身構える。
そこには戦闘態勢を取った、己に匹敵する巨大な獣がいた。
「貴様、さては俺を亡き者にせんと姦計を…」
「勇者様に穴が開いたらどうするつもりだ」
「え、問題点そこ?」
「重要に決まっておろうが。勇者様の寝心地は最高なのだぞ」
「ま、まあいい。貴様をげふっ」
「黙れ煩い。至福の時間が台無しではないか」
「ちょ、ちょっと待がふっ」
「勇者様は素晴らしいのだぞ。なんとも言えぬ弾力で全身を抱きとめてくれるのだ」
「さ、逆恨みはごぼっ」
「力を抜いて体を預けるとだな、まるで天国に沈み込むような安心感があるのだ」
「い、いやお前は魔界の住人でのふっ」
「特に枕が最高なのだ。頭をスリスリすると、ぽーっといい気分になれるのだ」
「お、お前がいい気ぶずごはっ。いや、似合ってる似合っている。だから蹴らないで」
「特に枕の下に潜り込むのが良いのだ。長年の閉所安心症不足が解消されたのだ」
「わ、わかったわかった。俺を折りたたまないで。俺は広いところがなんでもないです。せめて関節を逆方向に曲げるだけで勘弁して下さい」
「さらに体を伸ばすとだな。曲がった腰にとても優しいのだぞ」
「お、おまえ元から腰が曲がってるあぎゃぎゃぎゃぎゃ。ごめんなさいごめんなさい。俺の背骨は逆3回転も曲がりませーーーんっ」
「女の子に向かってその言い草はなんだ。だからモテないのだぞ」
「お、おんな…いえいえいえいえいえいえ、ててもすてきてす。モテなくて構いません。拷問石を持たさないでください」
「とにかく勇者様は最高なのだ。魔王を退治してもらって、ずーっとなでなでしてもらうのだ」
「じゃましませーんっ! だから頭をもがないでーっ。うわあーーーーーーーんっ」ごきっ。
ドラゴンはもう耐え切れず、泣き出しながら慈悲を請おうとしたが、勇者様を傷つけようとした存在が許されることはなかった。
命乞いを気にせず、首をひねってしまう女猫魔獣。
「ふむ。汚れてしまったな」
近くの川に飛び込み、しっかり洗ってから勇者様に潜り込み直す。
当然小さくなることは忘れない。
「うーゴロゴロゴロ。しかしライバルが増えると厄介にゃん。女騎士は勇者様を運んでもらうのに必要だから、いまは生かしておくにゃん。うん、そうしなきゃいけないにゃん。勇者様の前で恋敵は倒せないから仕方ないにゃん」
なんか納得がいかないながらも、あっさり思考を放棄して眠りにつく。
取り敢えず、夢のなかで魔王を嬲っておこう。
ゾクゾクゾクゾクーッ。
魔王は突如悪寒に襲われ、身を震わせた。
「さ、寒気が。いかんな、風邪を引いたかな。今日は暖かくして寝よう」
いそいそと寝室に帰ろうとする魔王。しかしガシッと肩を掴まれた。
「まーおーうーさーまー。どこへいらっしゃるのですかぁー?」
まるで冥界の底より響くような声。地獄の底へと引きずり込まんと欲するかのような恐ろしい手。
ゆらりと背後から乱れ髪と青白い顔が浮かび上がる。
魔界四天王筆頭にして、特定条件下で最強の名をほしいままにする恐怖の存在だ。
「い、いやあ。ちょっと、体調がね。悪そうだから、早めに眠りにつこうかなーって」
「あなた、病魔無効でしょ。細菌とかウイルスとかにやられるようなレベルじゃないでしょう。だいたい闇のオーラとか即死の波動とか強者の威圧を発すれば、そもそも低レベル帯は近寄りもしないでしょうに」
ギラリと絶望のオーラとか消滅の波動とか絶対強者の威圧を発動させているような雰囲気で睨んでくる。
魔界最強の魔王といえど、とても怖くて身動きできない。
「さあ、とっとと仕事をしてください。サインだけでも溜まりまくっているのですよ」
「ちょ、ちょっと待った。もう3日も休憩なしで…」
「私は既に15日目です。ご安心ください。古の伝承によれば、魔王様を倒せるのは勇者だけだそうですから」
「い、いや、全然安心できないよ。いや違う、この書類の山は勇者だ。でなきゃ私が死にそうになるはずが…」
「そんなセリフは、死んでから言ってください。両手サインはマスターしましたね。では、足サインもいってみましょうか」
「死んだら言えないって。やめて、水虫が…」
「だから、あなたにダメージを与えられる細菌がいるはずないでしょ。さあ、足サインができるようになれば、両手はサイン以外の仕事ができますね」
魔王は思わず天を仰いだ。
曇天に半透明の自分がキラーンと光ったような気がした。
「(勇者よ、早く来てくれ。このままでは私は、精神的に死んでしまう気がする)」
取り敢えず勇者が来たら、是非とも自陣営に勧誘してみよう。
簿記の資格とか持っていたら、世界の半分どころか4分の3をあげてもいい。
いやいっそ、全部あげて隠居しようかなー。
「ま・お・う・さ・ま。なーに考えてるんですかー?」
「い、いや…」
「まさかとは思いますが、魔王としての勤めを放棄しようだなんて、考えていないでしょうねー?」
「ははは…。まさか…」
嘘は3秒でバレました。
足サインしながら両手で算盤を弾き、両耳からお説教とお小言と魔王の心掛けを聞かされ続けました。
その甲斐あってか、3日後には立派な魔王として再教育されましたとさ。
《ステータス》
レベル:30(Up! 3->30)
職業:勇者
副業:カリスマ寝具・ヒモ見習い(New!)
弾力:0.5
耐久:1000(Up! 105->1000)
敏捷:0
知力:0
魔力:0
運:???
装備:白色の衣
スキル:剣術レベル0・魔術レベル0・受け身レベル9999
特性:主人公補正・ニコポナデポ・秘められた覚醒・姫プレイ(New!)
仲間:女騎士
布団猫(Nekow!!)
戦果:騎士見習いの少年の淡い恋心
魔界四天王無条件降伏(New!)
魔界四天王一方的撃破(New!)