第1章 勇者再召喚
ここは剣と魔法の世界。
力あるものが全てを所有し、力なきものは従属して搾り取られる世界。
そんな世界で、人族と魔族は長い間不干渉を貫いていた。
しかし魔王が魔界を再統一した時、1000年ぶりの大戦が幕を開けた。
人界は相争う国々を各個撃破され続け、魔界が世界統一を成し遂げるのも時間の問題となっていた。
人族最後の国は、ついに賭けに出ることにした。
そう、再び異世界より勇者を召喚するのだ。
異世界より勇者を召喚する儀式は、古の儀式に習い謁見の間で行われていた。
国王と重臣らが見守る中、大きく描かれた魔法陣の外周にそって宮廷魔術師らが儀式を行う。
低く呟くような呪文が、重奏を奏でるように乱すように、部屋中にと響きわたっていく。
やがて魔法陣が輝き、魔術の才のないものにまで感じ取れるほど魔力が満ちていく。
そして輝きは唐突に失われる。
それと入れ替わるかのように、魔法陣からはみ出るほど大きな異物が現れていた。
「おおっ」
「まさか」
「なんと」
重臣たちから、声にならない驚愕が漏れる。
魔術師たちは急激に襲ってきた疲労のためか、次々と勇者に向かって崩れ落ちる。
顔を押し付け、あるいは力尽きるかのように勇者に体を預ける者もいる中、一番歳を取り、体力的寿命的に危ういとしか見えぬ宮廷魔術師長のみがしっかりと立っていた。
それは一番の魔力を誇る故か、はたまた忠義故にその素振りを見せないのか。
じっと魔法陣の中央を見つめる国王に対し、儀式の終了を告げる。
「勇者召喚、成功してございまする」
「…そうか」
国王はただ一声告げると、再び視線に力を込める。
ねぎらいの言葉も、報奨も批難もない。
ただ“勇者”を見つめ、これからの扱い方を、魔王の倒し方をどのように導くか、それのみに注力しているかのようだった。
それを感じ取り、宮廷魔術師長もまた、視線を魔法陣の中央に戻す。
そして内心でため息をつく。これは難しかろうと。
勇者は召喚できた。これ以上ない手応えを感じており、魔術的には大成功だ。
しかし当の“勇者”を己自身の目で目の当たりにすれば、これ以上ない不安を感じずにはいられないのだ。
こっそりと秘術を発動させる。
対象の能力を数値化し、閲覧するという、ある意味禁術。
そこに映し出された数値と能力を見て、眉間の皺を更に深くするのだった。
《ステータス》
レベル:1
職業:勇者
弾力:0.5
耐久:100
敏捷:0
知力:0
魔力:0
運:???
装備:白色の衣
スキル:剣術レベル0・魔術レベル0・受け身レベル9999
特性:主人公補正・ニコポナデポ・秘められた覚醒
ふーっと大きく息を吐き、国王が問いかける。魔術師長に。
「このモノ、寝具に見えるのだが」
「は、布団と枕と真っ白なシーツでありましょう」
「そうか…。見たままじゃな」
「それ以外に答えようもありませぬもので」
「成功したのじゃな」
「はい、成功でございます」
「成功してしまったのじゃな」
「はい、この結果が成功なのでございます」
ふーっともう一度大きく息を吐き、国王は告げる。
「チェンジ、やりなおし」
「「「はっ?!」」」
忠臣たちが一斉に頭を下げようとして、思わずつんのめる。
が、ムリもないなとすぐに体勢を立て直す。
視線が魔術師長に集中する中、老人はごほんと咳払いを一つ。
「陛下、すぐには無理でございます。私はともかく、他のものは魔力が尽きてしまっております」
「たしかにそうであるな」
勇者の上に体を投げ出した魔術師達を見る。御前であるにも関わらずのだらしない姿。
それは脱力して力は入らないからであり、「zzzzz」こら、気持ちよさげに眠るな。
弟子たちを蹴飛ばしながら、宮廷魔術師長は計算する。
「もう一度儀式をするには、早くとも1ヶ月はかかりましょう。その間、どうなされますか?」
「む、確かに。勇者召喚を大々的に発表してしまっておったな。今更延期はできんか」
そう、王宮は勇者召喚でもってなんとか国威を支え、街の住人は便乗名物の制作に余念が無い。
更に今ここで延期となったら、勇者特別税の収入も遅くなってしまう。
「ならば致し方なし。取り敢えずこのモノを勇者とし、魔王を退治させよ」
「「「はっ」」」
再召喚に成功したら、さっさと入れ替えてやろうとか、偽物討伐キャンペーンでも開催して儲けようと考え、時間稼ぎに徹することにする。
なにはともあれ、魔王を倒せるという勇者召喚は成功しているのだ。
嘘はついていない。それによく考えたら、勇者が単品である必要もないのだ。ならば名物のセット販売による税増収も見込める。
ならば今為すことは、それぞれが全力を尽くして、勇者が魔王を倒しに旅立ったと思い込ませることではないか。
そう、異世界より召喚された、テンピュールな勇者が、このとき誕生したのだった。