第2話 真夜中の惨劇
やっと第二話が出来た。
まだ魔法使い?は登場しません。
小学六年生の霜月めぐみの誘拐事件が収束した日の夜、瑠璃ヶ原警察署は突如大規模な爆発を起こし文字通り崩壊した。奇跡的に近隣の住宅に被害はなかったものの、その爆発で当時警察署にいた警察官、民間人合わせて八十二名全員が死亡した……
「―――何故爆破されたかは判らん、消防も爆発の原因が掴めなくて捜査は難航してるそうだ。気持ちは解るが待っていろ、必ず朗報はやってくる」
警察署から一番近い交番へ電話し、何故警察署が爆発、或いは爆破されたのかを尋ねるも返答は期待を裏切り、只の気休めにもならない言葉しか返って来なかった。
坂本は子機を静かに充電器へと戻す。
あの時間は、寺里と河頭が署に報告書を持って行ってちょうど署に着いた頃だった。
あの二人は階級こそ凍山より下だが、経験や実績ならこの派出所で一二位を争う叩き上げの警察官であった。
実をいうと凍山がやってくる前は寺里と河頭がこの派出所を仕切っていたのだ。
しかし凍山という余所者がやってきてその座を譲る事になった。
瑠璃ヶ原警察署でも、しばらくの間はその話題で持ちきりになった程、凍山の転属は衝撃的だった。
ご存知の通り、警部補とは警察組織で第七位、巡査部長より上の階級である。
ノンキャリアの場合、原則巡査が初任であり、警部補への昇格試験の条件は学歴によって異なるが、巡査部長としての実務経験が最低限二年以上必須である。
しかし凍山は転属時若干十九歳の新米と差し支えのない年齢であったのだ。
これには署員だけでなく署長も首を傾げざるを得ない。
しかし、不審に思った署員が何度凍山の“古巣”に問い合わせても、明瞭な回答は得られなかった。いや、“回答”と呼べるものは返ってきた。
『凍山警部補は単独で麻薬シンジケートのアジトを突き止め、麻薬密売人及び、それに加担する犯罪組織を根絶やしにした功労者である』
これには瑠璃ヶ原警察署員全員が驚いた。
その麻薬シンジケートはアジアを拠点に麻薬密売、人身売買をする組織で日本でも売人への卸売り、
更にはカラオケボックスを利用した若い女性を狙った人身売買で警察にマークされていた。
それを単独で一網打尽にした凍山は、正に英雄と呼べるだろう。
しかしながら、それで「なるほど、そうなんですか」と諸手を上げて凍山を歓迎する程瑠璃ヶ原警察署員はマヌケではない。
まず、麻薬シンジケートを一網打尽にしたならば凍山が配属されるべき部署は『刑事課』。
けれど凍山の配属先は『地域課』。
先方は『その事件で心身疲弊した凍山警部補の容態を考慮した結果である』とだけ回答するが、あまりに怪しい回答だ。
そしてもう一つ。
麻薬シンジケートを一網打尽にした凍山は功労者に違いないが、瑠璃ヶ原に来た時凍山は僅か十九歳、となれば精々巡査辺りの青年が手柄を立てたとはいえ、いきなり警部補になれる筈がないのだ。
凍山への疑惑はより一層深まるが、正式に任命されているのでそれ以上追及は出来なかった。
(結局、真相は今だ闇の中……お飾り警部補は地域課に着任してから、ろくな働きもしてない……毎回何かあっても「俺はパトロールしてたから……」それなのになんで寺里さんや河頭さんはアイツの下でペコペコしてたんだろう?)
「なあ坂本、やっぱり寺里さんと河頭さんの安否は判らないのか?」
「消防も爆発の原因を見つけるのに苦労しているそうよ、近くの住宅に被害が及ばなかっただけ奇跡だって……」
意気消沈する坂本に佐早はがっくりと肩を落とす。
坂本と佐早はルリリンビーチ前派出所に配属された時、寺里と河頭の二人から派出所勤務のイロハを習い、自分たちの父親のような存在だった。
朝、子どもたちの騒ぎ声が聞こえ始めると同時に自転車に跨がりパトロールに向かってしまう凍山はこの二人の新米警察官に余り手ほどきをしなかった。
というより、十代で警部補になった凍山など雲の上のような存在で、寺里と河頭から疑惑に関して話されるまで崇拝に近い心情を抱いていて、恐れ多く手ほどきなど受けれなかった。だから最初に疑惑を聞いた時、それは無いと断言出来た。
けれど崇拝が失望に変わるのはそう長くはなかった。
それを機に二人は一層、寺里と河頭ら先輩警察官を慕うようになった、だから今回の爆発は到底受け入れられるものではなかった。
―――あのとき、自分が書類を持って行っておけば……―――
―――あのとき、自分が引き留めておけば……―――
―――アノトキ、モッテイッタノガコオリヤマユウイチダッタラ……―――
「……今戻った」
二人の中にどうしようもない深い後悔と、やり場のない真っ黒な怒りが湧き上がるなか、凍山がビニール袋を下げて、爆発など露も知らぬ顔で戻ってくる。
佐早がこんな時にコンビニかよと舌打ち混じりに零すも凍山には聞こえないようで、嬉しそうにおにぎりの梱包を剥がしている。
「凍山『警部補』、少し前に重大な事件が起きた事をご存知ですよね?」
「どうした急に改まって?坂本が俺を警部補って呼ぶなんて、明日は部下の誰かが死ぬかもな」
部下が二名も安否不明になっても、変わらず能天気な調子を崩さない凍山に、坂本が怒りにうち震えながら凍山の階級を強調して警察署が爆発した事を知っているかと訊く。
だが凍山は不適にも鼻で笑いながら明日警察署が爆破されるかもなと冗談混じりにそう言ってしまった。その直後、二人の頭の中で何かが切れ、自然と両の手は拳を握り締め、ケラケラと笑う凍山へと猛進しその横っ面に叩き付け、椅子に座っていた凍山は椅子ごとひっくり返る。
坂本と佐早が倒れた凍山を踏みつけようと足を上げた瞬間、凍山は素早く佐早の足を引っ掛けて転ばす。
「このっ!」
あっさり倒された佐早を見て坂本は逆上し、凍山の顔面目掛けて革靴を振り落とす。
だが凍山は両腕で革靴から顔面を守り、振り落とされた右足を左脇に挟むと、彼女の股に足を引っ掛けて坂本を右足で持ち上げてそのまま足を体ごと左へと振り、坂本は地面に倒れ込んだ。
「珍しいな。冷静な坂本が逆上して殴りかかるなんて」
「くっ……!」
怒りに身を任せてすっかり失念していた。
凍山は元刑事課の人間で、心得程度に武術を訓練した自分たちとは違うのを……
「それともう一つ、坂本は重大なミスを犯した……」
「重大なミス?」
「何なんです?」
「坂本、次俺を殴る時は、スカートからズボンに着替えておけよ」
あっ…………
坂本のスカートに付いた埃を落とす手がピタッと止まり、佐早はチャンスだったか……と舌打ちをする。
「坂本にも案外かわいい所もあるんだな」
いつの間にか椅子を立て直し、足と腕を組んで坂本を見る凍山はしれっと言ってのける。
隣に立つ佐早が目を丸くして自分を見る目線が痛くなってきた。
「見たんですか……?」
「見たんじゃない、見えたんだ」
「安心しろ。俺は坂本よりキャバクラの女の子の方が好きだから」
「キャバクラじゃないです!セクハラですよセクハラ!」
そう叫ぶが先に手を出したのは自分たちなので、凍山がセクハラで依願退職なら、自分たちは暴行罪でムショ行き、裁判でも圧倒的不利だ。
そう判るからこそ、坂本は自分たちが情けなく思えてならなかった。
結局、疑惑は有れど、凍山が自分たちより立場が上なのには変わらなかったのだ。
「っと、遊んでる場合じゃなかった。二人とも袋から好きなコーヒーとおにぎりを持ってけ」
何か思い出したのか凍山は弾かれたように立ち上がると二人にそう言い付けて、派出所にある自分のロッカーへと向かう。
「どうしたんですか?」
「緊急配備だよ。法条瑠璃子が公園で血だらけになってるのを発見した。意識不明の重体だ。今夜から市街地を中心にパトロール強化、しばらく徹夜だな」
瑠璃ヶ原市にはルリリンビーチ程の観光名所ではないが、地元の桜の名所がある。
浜辺が見える丘公園はその名の通り、ルリリンビーチを一望出来る丘の上にある大きな公園だ。
しかしながらこの公園、桜以外は鯉と亀がいる池しかないので、稀に海釣りが下手な子どもがイタズラ目的に鯉を釣りに来るぐらいで、普段は閑散とした寂しい公園だ。
けれども、下手な銃も数打ちゃ当たるように、こんな公園でもこの夜は人影の出入りが多かった。
人影は今も公園の中を動き回っていて、その動きに合わせ彼らが持つ電灯の光条も上下している。
その人影の一つ、佐早は寒さに震えながら桜を下から上へ照らしながら見上げ、その度に口から溜め息と白い息が漏れ出た。
(こりゃすげぇ……この大木相手にここまで深く斬り込むなんて、相手はウルヴァリンかよ……)
桜の幹に刻まれた三本の傷は見ただけで八センチはあろう深さなだけに、思わず竦んでしまう。
よくウルヴァリン相手にルリリンは重傷で済んだものだ、コイツなら一個小隊相手でもことごとく切り刻む事だろう。
「佐早、ぼーっとしてないで他も探せ」
凍山の声が後ろから飛んできて思わず肩をビクつかせ振り返ると、黒いコートを着た凍山が呆れ顔で手にした電灯で自分を照らしながら見ている。少し離れた場所にいる坂本も咎める目つきで睨んでくるので、佐早はいけねと思い急いで桜の木から離れる。
「草むらもよく探せよ、犯人が何か落とした可能性がある」
そう坂本達に指示しつつ、凍山は地面を電灯で照らして、何かないか入念に調べる。
絶対、血で赤黒く染まった土に紛れて犯人に繋がる手掛かりがある。
今凍山らがいる浜辺が見える丘公園の広場は合戦の跡地のような荒涼とした姿へ変貌してしまった。そのど真ん中に法条瑠璃子は血だらけで倒れていた、広場の姿をガラリと変えてしまう程凄まじい戦いがあったにも関わらず、だ。
もちろん法条瑠璃子を斬りつけて、それで瑠璃子が死んだと思い込んでその場を去ったシナリオも有り得るのだが、果たして一人のアイドルを殺す為に激しい戦いをする必要が有るのか……
凍山は事件当時、この広場に居たのは三人、つまり被害者の法条瑠璃子の他、加害者と加害者と 争っていたもう一人の誰かと睨んでいる。そして法条瑠璃子を瀕死にしたのは三本の鉤爪のような鋭利な刃物を持った相手、もう一人の獲物はまだ判らないけれど、焼失した桜が何本か有るので火を使った何かだろうか?石油やガソリン臭くないが……
「凍山さん、これ!」
坂本が何か手掛かりを見つけたようで何かを電灯で照らしている、凍山も一旦考えるのを止めて、坂本の所へ駆け寄る。
「これ何でしょう?サファイアではなさそうですけど、凄くキレイ……」
坂本が持っているのはちょうど親指の爪より少し大きいぐらいの透明感のあるブルーの石だった。
その石が電灯の光を浴びて輝く光は、まるでプールの底のような吸い込まれそうな蒼、親しい上司を失って荒んだ坂本の心は魅了され、誘惑された。
「おい、何を見つけたって。おおっ!なんてキレイな宝石だ!」
後からきた佐早も坂本の手の平を食い入るように見つめ、溜め息を出す。
「二人とも大袈裟だな。こんなのただのガラス細工だ」
「何を言っているんですか!!」
「凍山警部補、これはどう見たって至高の宝石ですよ!!」
二人は派出所での騒動で見せた殺気以上の気迫で詰め寄り、凍山を後退らせる。
「ああ悪かったよ。だが二人とも、それはあくまで証拠品だ。お前らのじゃない」
「まさか警部補、そう言いながら横取りする気じゃ……!!」
「いくら上司だからって、やっていい事悪い事ぐらいあるでしょ!!」
気圧され、宝石に酷評を下した事を謝りつつ、あくまでも宝石は証拠品だと釘を刺すと、二人は更にボルテージをあげて凍山に迫る。
凍山がたじろぎながらも二人をどう落ち着かせるか模索していると、佐早の手がホルスターに伸びるのが眼の端に移り、とっさに彼の袖と襟を掴んで大外刈りを掛けて佐早を叩き付ける。
(はっ!)
更なる殺気を感じ、叩き付けた佐早を吊り上げて首を絞めながら盾にする。
坂本は凄まじい殺気を放ちながらニューナンブM60を構えていた。
「揃いも揃ってとち狂いやがって!一体どうしたんだ!」
「この宝石は私の物だ!!マヌケやお飾りなんかに渡すものかっ!!」
「う゛、う゛る゛せ゛え゛!!そ゛い゛つ゛は゛、お゛れ゛ん゛た゛あ゛!!」
「黙ってろ新米!」
佐早を怒鳴りつけて黙らせるも時既に遅し、坂本はM60の引き金を引いていた。
夜の静けさを破る破裂音が鳴り響き、火薬独特の匂いが立ち込めるなか、佐早は胸から血を噴き出して力無く倒れ、凍山も左肩を抑える右手の隙間から血を流している。
「坂本……お前……」
有り得ない……
坂本と佐早は同期で仲も悪いものではなかった。模範的な新人警察官で、恩師が死んだ時は二人で悲しみ、俺が不用意な発言をしたときは揃って殴りかかってきたというのに……
坂本は佐早をマヌケと扱き下ろし、容赦なく佐早ごと俺を撃った……
「死ねっ!!」
「ちぃっ!!」
二度目の銃声は二発だった。
だが撃たれたのは坂本の方で右肘を抑えてうずくまっている。
坂本の銃は一発撃って撃鉄が上がっているに対して、凍山が使った佐早の銃は撃鉄が下がりきったままの状態、しかも坂本は女性で握力は男性のそれより弱い……
こうした条件が重なったのはまさに幸運といえよう。
だが佐早は当たり所が悪かったらしく、もう息をしていない……
凍山は開ききった佐早の目蓋を閉じてやるとうずくまっている坂本に近付き蹴り飛ばした。
カエルが潰れたような声を出して倒れた坂本の右肘を踏みつけ、痛みに苦しむ坂本から例の宝石をもぎ取る。
「か゛え゛せ゛!!そ゛れ゛は゛……!!」
「二十時十五分、殺人と銃刀法違反の現行犯逮捕」
鬼のような形相で宝石を取り返そうと手を伸ばす坂本の腕に、凍山は無情にも手錠を掛けた。
凍山の手に握られた宝石は、そんな坂本を嘲笑うようにキラリと一瞬だけ光を放つのだった……
初っ端からやりすぎたかな?
部下を三人も殺してしまった……