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お昼前の一時間

作者: 竹仲法順

     *

 午前十一時頃になると、やけにソワソワする。あたしも会社でパソコンに向かいながら、キーを叩き続けていたのだが、この時間帯が実に気分がいい。正午前後に交代で食事を取りに行くからだ。午前八時四十分頃に出勤し、パソコンを立ち上げて、業務を始める前にコーヒーを一杯飲む。フロア隅にあるコーヒーメーカーで淹れて眠気覚ましに飲むのだ。確かにこの会社での勤務歴は長い。大学四年の前期に内定をもらい、卒業後、新卒で入ってきて今年でちょうど十年になる。ずっと仕事が続いていた。別にそう気になることばかりでもなかったのだが、この職場は男女の比率が半々ぐらいで、あたしも男性社員たちとは必要なこと以外あまり話をしない。それに午後五時半まで就業時間があっても、それから先の時間帯に残業することがある。構わないのだった。多少遅い時間まで仕事をしたとしても、出前などが取ってあったりする。よく出前の丼物などを食べていた。午後七時には出前も全部食べてしまい、後は仕事を片付けてからフロアを出る。その繰り返しだった。いつも昼や夜の食事時になると、自然とお腹が空くのだ。別にいいのだった。生理現象だからである。食事を取りさえすれば、気持ちが落ち着く。食後にコーヒーを欠かさず飲んでいた。何かを食べた後は必ずカップ一杯飲む。それで気持ちが落ち着いていた。

     *

 一日中ほとんどフロア内にいて、絶えず電話やファックス、コピー機、プリンターなどが作動する音が聞こえている。気には掛かるのだが、仕方ない。着実に仕事が進んでいる証拠だ。あまり気にせずに、ずっとパソコンの画面を見続けていた。三十代女性の現実は実に重い。結婚できずにいたのだし、付き合っていた彼氏ともとうの昔に別れていた。それに倦怠感のような物を感じるのである。気分が優れないと言うか、何と言うのか……?よく分からなかった。だけど別に気にする必要はないと思っている。こういったことは人生のいろんなポイントにあって土坪に嵌まることはない。一時的に済むこともある。実際、夜眠れないときは買っていた市販の睡眠導入剤などを飲んでいた。服用後、すぐにベッドに入る。熟睡できて、翌朝目を覚ます。一日が始まるときは大きく一つ伸びをし、出勤準備を整えた。疲労やきついことが絶えずある。でも人間だから仕方ない。あたしも気持ちを落ち着けているのだった。朝食は取らなくてコーヒーだけなので、通常昼間はたくさん食べる。活動時間帯だからいいのだった。別に気にすることはないと思える。単に仕事をする時間にエネルギーを補給し、与えられた業務を執り行なうだけだ。それに人間は自然と食欲が湧いてくるのである。放っておいても。

     *

 その日も十月上旬の街は活気付いていて、目抜き通りは賑やかだ。あたしも仲間内で誘い合い、食事を取りに出かけようと思っていた。ちょうど正午前で、フロア主任の男性社員の小崎(おざき)が、

「食事取りに行っていいよ。午後一時前には戻ってきて」

 と言ったので、あたしたちは揃って社のあるビルを出、繁華街へと向かう。さすがに疲れていた。キーを叩くのには慣れてしまっていたのだが、あたしたちぐらいの年齢の女性社員にとって、そういったことぐらいしか業務がない。でもそれでいいのである。特に忙しい時期に来れば戦力として狩り出され、それ以外は普通に作業し続けるだけで。別に構わないのだった。あたしも仕事仲間の遥子(ようこ)美幸(みゆき)から誘われ、ランチ店へと向かう。これから三人で日替わりかピザなどを食べるのだ。外は絶好の秋晴れである。ゆっくりと歩き続けた。ちょうどお昼前からお腹が空いていたので、こういったときは仲間内で食事を取りながら、話をするのが一番いい。歩いていつもの店へと入っていき、椅子に座る。そしてオーダーを取りにやってきたウエイターに食事と飲み物を頼み、寛ぎ出す。少し疲れてはいたのだが、大丈夫だった。食事休憩の時間がベストなのだ。余計なことを考えなくても済むのだし……。あたしも遥子たちがスマホを取り出し、画面を見ているのを横で窺っている。そしてお互い話をしていた。他愛ない。だけど、こういった時間が案外貴重なのである。そう思っているのだった。ゆっくりとお喋りしながら、届けられた食事を取る。普段ずっと狭いフロアに詰め続けながら、疲れるのを感じ取っていた。ランチタイムが一番いい。遥子も美幸も食事のときはスマホをいったんテーブルの脇に置き、食べ続ける。やはり三十代女性の食欲は並じゃない。そう感じているのだった。

     *

 食事を取り終わってレジで清算し、ゆっくりと店を出る。あたしも遥子や美幸と並んで歩きながら、会社へと戻った。フロアに戻れば、またコーヒーを一杯飲み、キーを叩き続ける。地味な作業だったが、これが会社員の現実だ。今でこそIT機器が普及して、昔とはまるで違っているにしても、新しいものが出てくれば付いていくのが難しい。普通のパソコンやスマホは使えるのだが、タブレット式のパソコンなどは使えない。あたしも難しい物を感じているのだった。時代に取り残されることはないにしても、新米の社員たちの一部がすでにそういった最先端の機器を使って仕事をしているのを見て、違和感を覚えている。遥子や美幸もあたしとは同世代なので同様だった。後輩社員たちがそういった機器を使いこなしているのを見て、驚いているのだ。まあ、あたしもずっと同じことの繰り返しで毎日疲れていたのだが……。社フロアに戻り、気付けのコーヒーを一杯飲んで、またマシーンに向かう。キーを叩きながら、いろんな物を作り続ける。うちの会社が企画などを手掛ける専門の社なので、常に新しいものと接しなければならない。もちろん限界はあった。フロア全体の平均年齢は三十四歳か三十五歳ぐらいで、新鮮味はあまりない。それでも会社が回り続けられるのは若手が若干名いるからだ。ずっと仕事をしながら、そんなことを感じていた。座りっぱなしなので坐骨神経痛がひどい。コルセットを巻いていて、どうしても痛いときは痛み止めなどを飲んでいた。まあ、それも程度問題だったのだけれど……。

     *

 その日も残業があり、あたしも居残っていた。さすがに疲れる。ずっと夜遅くまで仕事をして、帰宅するのが普通に午後八時半過ぎとか九時前だった。仕事で疲れた夜は入浴し、髪や体を洗って、風呂上りにアルコールフリーのビールを飲みながらテレビを見る。自宅には仕事を持ち帰らなかった。データの入ったフラッシュメモリは一応持って帰るのだが、それを自宅のパソコンのUSB差込口に差すことはまずない。単に仕事道具として持ち歩いているだけで、自宅で仕事をすることはなかった。午前零時を回る前に眠り、夜間は十分睡眠を取る。あたしもその健康なサイクルで回っているので安心できていた。飲むのは眠れないときの頓服の睡眠導入剤程度で、不必要に飲むということはまずない。朝起き出せば、また新たな一日が始まる。起き抜けの体はだるかったのだが、すぐにキッチンに入り、薬缶でお湯を沸かしてコーヒーを一杯淹れる。そして洗面とメイクを済ませ、軽くデオドラントを降り、出勤準備をしてカバンを持ち歩き出す。ずっと仕事が続くのだが、慣れてしまえばそうでもない。だるさや単調さなどは感じ取っていたのだが、それがあってこその人間である。そう言い聞かせ、また家を出て、会社へと歩き出す。徒歩で通っていた。片道二十分程度歩けば、社へと辿り着くのである。また街の空気を吸いながら、一日が始まるのを感じていた。絶えず深呼吸を繰り返し、気持ちを整えながら……。

                                (了)


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