表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

『ばいばいサンキュー』

「さよなら。今まで本当にありがとう」

 にっこりと笑った彼女に、「いや。こちらこそ」なんてありきたりな言葉を返す。

「あたし、ここに来て良かったと思ってる。短い期間だったけど、この町はあたしに初めての感動をたくさん与えてくれたから」

「そうか。それは良かった」

 彼女には敵わない笑顔を作って外面を保つ。そうでもしないと、とてもやっていられない。

「それに……」

 言葉を続けようとする彼女に注目すると、一瞬目が合って、恥ずかしそうに目線をそらされた。

「あなたに、会えたし」

 照れ隠しからか少し体を揺らしながら、彼女は目を瞑って首を傾けた。そうしてから開いた目の端に、うっすらと光るものが見えた。それを視界に捉えながら、彼女を連れ去る汽車が来る方向に体を向けた。

「これからまた、新しい旅に出るんだな」

「そうだよ。今までもそうしてきたんだもの」

 肩越しに様子を見ると、かばんの取っ手を強く握る手が震えていた。俺は彼女の方に向き直り、さっきと同じ間隔を保って黙っていた。

 そのまま、時が流れるのを止めたならどれだけ幸せだったろう。

「あ、来た」

 その声を聞かなくても、遠くから近づく汽車の車輪が鳴らす音はちゃんと耳に入っている。嫌でも、律儀に俺の耳は現実を拾う。車輪を止めるためのブレーキ音。彼女のかばんが地面を蹴る音。彼女の躊躇いがちな音。何を躊躇うんだ。行けばいいじゃないか。

「なぁ」

「何?」

 汽車の頭が駅に入った。その動きが起こす風に彼女の髪は激しく揺れた。

「俺、応援してるから。お前のこと。だから……」

 大きく息を吐く。

「旅に疲れたら、生きるのに疲れたらここに来い。今のお前をいつまでも覚えているから。お前をまた歩かせてやる。だから」

 最後の一言は、目を瞑って堪えた。そうか、だから躊躇うんだな。

「うん。ありがとう」

 汽車のドアが開く。あまりにタイミングが良すぎて笑えそうだ。なんて切りのいい、尾を引かない都合の良い別れだろう。

「……じゃあ、行くね」

「あぁ」

 全ての荷物を汽車に乗せて、最後に一番大切なものをどうにか乗せることの出来た彼女は、荷物だけを見つめていた。

「忘れ物、ないよね」

 そんな事を、どこか自分からは手の届かない遠くで行われているかのように、ぼうっ。と見ていた。本当、都合が良い別れだ。このまま終われば、俺も楽になれるんだ。楽になれる。

「ないみたい、だね」

 寂しそうな声がして、俺の中の何かが――そう、今まで知っていたのに気づかなかったものが急に飛び出した。

「あるよ」

「え?」

 ジリリリリリ……

「お前じゃなくて俺の方」

 彼女と俺の間が、無機質な分厚い壁で遮られる前に。

「お前が好きだ。また戻ってきて欲しい。何年後でも何十年後でも、死ぬまで待ってるから。だから」

 今度は、言える。

「今までありがとう。また会おう」

 涙混じりのかっこ悪い笑顔を見せ付けた。彼女の喉からも、大きな泣き声が漏れた。その中に、俺は確かに聞き取った。

「ありがとう。ありがとう」

 汽笛を鳴らし、速度を上げ、汽車は彼女を次の旅へと連れ去った。なんて都合の良い。どんなに大きな声で泣いても分からない。それでも、大切な声はきちんと聞かせてくれる。


 呟き続ける「ばいばいサンキュー」。また会えることを信じて。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ