『さよならホームルーム』
「親の仕事の都合で、大阪に行くことになりました。皆さん、今までお世話になりました」
下げた頭を持ち上げると、見慣れた顔が四十。ボクを見つめていた。
「それじゃあ、ジュンはもう行かなきゃならないそうだ。何か、あるやついるか?」
担任のフクダ先生が言ったけど、ボクを黙って見つめるだけで、誰も手を上げる人はいなかった。あげたそうにしている人も何人かいたけど、雰囲気が許さなかったみたいだ。
「そうか。じゃあ、ジュン。遠くに行っても元気でな」
「はい」
返事をしながら先生の方を向くと、窓から外が見えた。窓際の席になることが多かったボクは、いつも外を眺めては、名前も知らない大きな木が花を咲かすのを見ていた。
「それじゃあ、行きます」
皆に向かって頭を下げて、教室の出口に向かった。出入り口に一番近い席には、リョウタが座っている。昔はよく、一緒に野球やサッカーで遊んだ。川の土手でボールを夜まで捜して泣きながら帰ったこと、今でもはっきりと思い出せる。
いつも半分まで開けると少し開けるのがきつくなるドア。コツなんてとうに掴んでいるから、特に抵抗も無くするりと開いた。それがちょっと、寂しかった。
「さよならボクの、ホームルーム」
声に出さずに、心の中だけで呟いた。
敷居をまたぎかけたとき、リョウタが口を開いた。
「また、来いよ」
ボクの足が止まった。足だけじゃない。呼吸も、瞬きも、何かを考えることも何もかもが停止して、ただその声だけが頭に響いた。
「ばいばい」
「絶対会いに来てね」
「大きくなったら遊びに行くから」
教室のあちこちから、堰を切ったように言葉が飛んできた。ホームルームのあちこちから、ボクへの「さよなら」が、いくつも、いくつも。
のどの奥につっかえるものをなんとか飲み込んで、ボクは振り返った。そこには、やっぱり変わらない四十の顔と、四十の声があった。
「ありがとう。ボク、また皆に会いに来る」
そう言って笑って、手を振って、ボクは教室を後にした。
――キーン、コーン、カーン、コーン
さよなら。ボクと皆のホームルーム。