「彼女の座る場所」
都内某マンション、玄関には革靴と華奢なブーツ。
「まったく、年末に生まれたなんて、キリストって庶民の敵?」
「生まれた日に文句言ったって、キリストさんだって困るだろ。
今日は早く帰れたんだから、いいじゃないか」
「明日売り締めなのに、萩原のバカがまだ売上チェックしてない!」
「チェックくらい、やってやれよ。あいつもそろそろ、一人前だろ」
「甘やかすとつけ上がる程度には、まだバカなのよ」
うちの奥さんは有能で、有能な分他人に容赦ない。
デパ地下で一緒に買った、普段より値の張る夕食は
手早く皿に盛り付けられていく。
「洗濯とお風呂を先にして、ゆっくり夕食にしない?」
提案に従って、手分けして作業を開始する。
食卓の上の分不相応に豪華な花は、彼女のサークル活動によるもの。
安心してアルコールが入れられる状態になって、やっと席に着く。
「亜佑美、また化粧したの?」
「眉くらい描くわよ。肇君、髪乾かさないの?」
「面倒だから、いいや。寝るまでに乾く」
髪を無造作にクリップで留め、普段のグラスにビールを注ぐ奥さん。
ちょっと豪華なサラダと七面鳥の料理には、何故か赤飯のおにぎり。
「……なんで赤飯?」
「好きなのよ。それにキリストさんのお誕生祝いじゃない」
外でしっかり者の奥さんは、家の中では意外と突拍子もない。
かちん、とグラスを合わせる。
「こんな風にクリスマスをふたりって、初めてだね」
同じ会社の俺と奥さんは、年末の慌しさを共有し
同僚たちと残業帰りに、居酒屋で迎えるクリスマスを繰り返していた。
外は雨が降り出したのかも知れない。
ふっと訪れた沈黙に、奥さんは「天使が通った」と笑った。
「こんな沈黙のことを、天使が通ったって言うのよ」
「本物の天使を迎えようか」
食卓の上で手を握ると、くすっと笑う。
「先に、洗い物を済ませちゃおう」
同意の確認が要らないプランは、十ヵ月後の期待を込めて。
天使が舞い降りてきますように。
メリー・クリスマス!