「すべてを含めての存在」
夜更けの通り、二人乗りの自転車
今日は月がクリアに出ている。
こんな夜の真昼さんは、歌ったりふざけたりしない。
ただ黙って月を見てる。
理由は、知らない。
夜更けのベランダで、月を見上げる真昼さんを見たことがある。
僕の前で見せる陽気な顔じゃなくて、とても真摯な表情だった。
まるで誰かと会話しているみたいに、唇を小さく動かして。
真昼さんは僕の後ろに乗っているのに、その体温を背中に感じるのに、ここにいるのは僕の知らない真昼さんだ。
隠し事をしてるわけじゃない。
真昼さんが内側に持っている、真昼さんにしか重要でない何かがあるんだ。
口にすらしたくない、身体の中で暖めているもの。
知りたくないわけじゃない。
けれど訊ねてみたって、真昼さんは笑うだろう。
他人の重要なことって、自分には大抵捨てるような出来事だよ、伊織。
そうして、僕を子ども扱いするだけ。
わかってるんだ。心の中を覗きこむだけじゃ、心を手にはできない。
僕は「何かを欲しがっている真昼さん」で満足しなくちゃいけない。
「ねえ、おなかすいた。コンビニ行こ」
「え? マンション、目の前だよ?」
「だから、戻って」
「戻ると上り坂なんだけど。何か作ろうか?」
「冷蔵庫、水しか入ってない。戻って」
緩い上り坂をユーターンして、立ち漕ぎ自転車の荷台に、人影。