「天が高い」
都内某所、石畳の道。
慣れない手つきでベビーカーを押す新米パパは
石畳のでこぼこで赤ちゃんが起きるんじゃないかと
ビクビクしながら歩く。
「憧れのお兄さん」は台無しだね、肇君。
会社の連中に、こんな顔を見せてやりたい。
女の子だったら、津田君よりメロメロのパパになる。
あたしの予想は見事に当たり
我が家のベビーコーナーはピンク一色になった。
いくら女の子だからって、そこまでファンシーに揃えるか。
現在進行形で、肇君は海外通販の雑誌に夢中だ。
お百日のベビードレスは、ひーらひらのふーわふわ。
育児休暇中に、いろいろ片付けたいことはある。
でも赤ちゃんって、びっくりするほど寝ないのね。
なんとなく、常に寝ているものだと思ってた。
知らないって、怖い。
フラワーアレンジメントのサークルも、もうまとめ役は降りた。
月に二度の活動ですら、肇君だけに赤ちゃんを預けるのが怖い。
石畳の上に広がる秋模様。
赤い葉っぱを拾って、空にかざしてみる。
あたしはもう、自分だけのことを考えて生活してはいられないんだな。
生活する時間の全部が自分のものだけで構成されていた頃、
あれはあれで、とても幸福だったんだと思う。
肇君と時間を分けるようになって、あたしの生活は少し窮屈になった。
だけど、それは温もりを伴った窮屈さだ。
そして、現在。
あたしはあたしの時間よりも、娘のために時間を費やすことに夢中だ。
自分のための時間よりも、濃密な幸福があるなんて、知らなかった。
可愛いなあと、肇君が言う。
その蕩けそうな笑顔は、会社の中では絶対に見られない。
このプライドの塊のような人を、そこまで変えてしまうもの。
ベビーカーは、落ち葉を踏みながら石畳の上を進む。