「不在の続く夜」
bar「ハーフムーン」グラス磨きを手伝うのは、青年になりきっていない年頃。
ここにいても、真昼さんが来るわけじゃないのに。
マスターの選んだレコードに聴き入るフリをして、目を閉じる。
未成年の僕が店にいるのは、多分営業妨害なんだと思う。
消えてしまった真昼さんは、日本じゃない場所にいるらしい。
どこにいるのか知らない僕は、ただ待つしかない。
だって、真昼さんは約束したから。
必ず連絡するって言ったから。
平気で僕を振り回して面白がる人。
からかいの言葉以外、聞いたことはあっただろうか。
先月別れた女の子に、けして不満があったわけじゃない。
ただ、物足りなかっただけだ。
僕だけを好きだというその言葉が、底の浅さに見えた。
真昼さんはいつも、何かを追いかけているみたいだ。
それが何かなんて、僕にはわからない。
教えて欲しいと頼んだって、きっと「自分で探せ」と突き放される。
なんであんな厄介な人を、待っているんだろう。
約束なんて、反故にされるかも知れないのに。
あたしも、誰かの記憶に残るものを造る。
真昼さんが残した言葉は、呪文みたいに僕を動かす。
何かできるんなら、僕もそれを見たい。
マスターがレコードをかけかえる。
タイトルを知らないピアノ曲が、ハーフムーンの中に響く。
「まーちゃんは勝手だけど、他人の痛みに無関心なわけじゃないんだよ」
マスターは僕をいたわるように言う。
僕は僕の気が済むまで、ここにいるしかないのだ。