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「影響しあうってこと」
「カフェ・ハーモニー」初夏の夕方。
「ああ、もう閉店の時間過ぎてるんだね」
店に顔を出したら、睦美ちゃんは窓越しに空を見ていた。
日が長くなったので、時計を見なければ閉店時間がわからない。
「いいけどさ、腹減らない?」
「そう言えば。ね、雲の色が今、すっごく綺麗」
見上げると、うっすらピンク色に染まった雲。
空を見上げる習慣は、なかったな。
花の名前だって、関心はなかった。
公園の新緑とか、雨の水滴の形とか、
そんなものが気になるようになったのは
睦美ちゃんがそれを嬉しそうに見ているからだ。
影響しあうっていうのは、こんなことでもあるんだな。
睦美ちゃんが綺麗だって言うものを
綺麗だねって一緒に眺めるだけで、満たされる気がする。
たまに会う友達に「変わったな」っていわれるたびに
以前の俺には戻りたくないと思う。
「掃除もいいけどさ、暗くなる前に散歩しようか」
看板をしまって店に鍵をかけると、睦美ちゃんが頷く。
腹が減ったことよりも、そっちの方が重要な自分が
実は今、気に入っていたりするんだ。