夏の準備
埼玉県某所、某公園にて。
「身体、硬すぎだってば!余計な筋肉つけてるくせにっ!」
静音が一緒に踊ろうって誘うから、よさこいチームに登録した。
元々優秀な踊り子の静音は、さっさと曲と踊りを覚えてしまい
教える側のサポートに回った。
俺はと言えば、前年の「正調よさこい」が精一杯だったらしい。
あれより数倍複雑な振り付け、華やかな曲。
「おっきくて目立つんだから、腰もっと低くして!」
腰を落とすと、ステップが疎かになる。
そこに気を遣うと、手の振りを忘れてしまう。
集団の時はさすがに大声で怒鳴られることはないが
自主練習のためにふたりで公園になんか行くと、容赦ないのだ。
鳴子で殴られることにも、そろそろ飽きた。
「俺、やっぱり止めとくわ。みんなに迷惑掛けるし」
そう言うと、静音は口を尖らせた。
「なんでよ!一緒に踊ろうと思ってたのにっ!」
ぶすったれた顔を見て、おかしくなった。
あれだけ貶したクセに、それを楽しみにしてたのか。
バカだね。人間の扱い、ヘタクソ。
「一緒に踊りたかったか」
見下ろすと、膨れっ面のまんま、横を向いた。
「やっぱり、いいっ!昭文、ヘタクソ過ぎ」
「じゃ、怒るなよ」
「怒ってないっ!」
怒ってるじゃないか。でもまあ、仕方ないか。
「旗振り、まだ募集してたな」
一言で、静音の機嫌はなおった。
「踊らないで、そっちやるわ。それなら、祭は一緒だろ」
「あ、そうだね。昭文にはそっちが似合う」
掌を返したようににこにこする静音は、結構単純かも。
「なんだ、やっぱり一緒に祭に出たかったんじゃないか」
「自惚れんなっ!」
自惚れだけじゃないと思うけど、また鳴子で殴られるのも痛い。
なかなか可愛い静音サン、お互いストレスなく生活しましょうね。
車の助手席でラジオに合わせて歌う静音の横顔に
「満足」って書いてあるから、これはここで解決ってことで。
よさこい踊りは、大旗も演舞のうちです。
ちゃんと振る練習もします。