猫とネズミのワルツ-4
くるくると回されていたネズミの杖が、ぴたりと俺に向けて停止した瞬間。
俺の頭は、[tips]とかいう分けの分からないもので埋め尽くされた。
『っつ!』
それは、一種のフラッシュバックと呼べるようなものだった。
いや、正確に言えば、他人のフラッシュバックと言ったところか……いや、それも違うーーー『他人』ではない。
意識の狭間に潜り込んできたこの幻影は、まぎれもなく、俺の大切な家族であるご主人と、そのご主人にとってもっとも大切な、今は亡き彼女の祖父の記録なのだ。
『俺に精神干渉か……しかも、あれは明らかに世界録の記録……おまえ、ハッカーか?それか、相当高いところから降りてきたやつか……』
凄まじい痛みが頭を襲う中、俺は平静を装いつつ、必死に意識を体に引き止める。
今、この躯を手放すわけにはいかないのだ。もし、この状態でここから出てしまえば、この躯は俺を再び受け入れることは無い……それは、ご主人と俺との絆の消失を意味する。
それだけは、避けなければならない!ぜったいに、おれは、ご主人と離れたくない!
『さすがに、耐性があるな。ほんとうなら、昏倒させて全部見せれるはずだったんだが……まあ、いいか。いずれにしろ、おまえはもうフラフラで、まともに歩けないだろう?あとは似るなり焼くなり、俺の自由だ』
そう言いつつ一歩一歩近づいてくるネズミを前に、俺は何も出来ない。
しんそこ、むかつく。
むかつくのは、やつにいいようにやられているこの状況もさることながら、やつが俺以上に、ご主人について何かを知ってやがることもだ。
『まあ、危害を加えるつもりは無いから安心しろ。おまえは香織さんにとって、「今のところ」は、唯一の家族だ。それをわざわざ奪ったりするつもりはねぇよ。けどま、今は寝とけ。いずれ、収束点もここに来る。それまでに、お前の準備が整ってなくちゃ話にならない』
意識が、とぶ。
ここでぶっ倒れるわけには、いかないのに……正常を取り戻せる好機をつかんだ躯が、俺を追い出そうと……
『さて、もう一発かますか……
なあ、相棒。俺はな、お前ならどうにかしてくれると思うんだ。
香織さんのことも含めて、お前なら、どうにかしてくれると信じてる……もう聞こえちゃいないだろうが、頼むよ、相棒。
これが、俺の精一杯なんだ。おれは、ここまでの存在なんだよ。
なんどもやったけど、どうしてもここまで止まりなんだ。だから頼むぜ、相棒。今度こそ、お前も……』
ネズミが何かを言い終わる前に、俺は、深い意識の闇底に沈みきった。
俺が意識の底に沈む最後の瞬間。
そのとき目にしたのは。
今にも泣き出しそうな、ネズミのしわくちゃの顔と、なぜか幸せそうな顔で俺に手を伸ばす、綺麗な大人になった、御主人の姿だった。