Tips~noise-暁の約束
Tips〜暁の約束:断片1
それは夢であり、現実でした。
夢を見た少女も。
現実を生き抜いた少女も。
どちらの二人も、結局はそのことに気づくことはなかったのですが。
それでも、それはやはりーーー
いくらかのモノたちにとっては、夢あり、現実だったのです。
〜パンドラの断片456節より抜粋〜
それでも。
と、少女は思った。
「無意味じゃない。わたしとおじいちゃんが過ごした時間は、絶対に無意味じゃない」
たとえ、どれだけの正論を並び立てられたところで、揺らがない想いがある。
たとえ、どれほどの正義を謡われたところで、譲れないものがある。
「わたしは、おじちゃんと一緒に居られて幸せだった。とっても幸せだった。確かに、豪華なご飯も暖かい布団も無かったけれど、でも、おじいちゃんと一緒に食べたコンビニ弁当はおいしかったし、ミケも居てくれたからせんべい布団でもさむくなかった」
幸せだったと、少女は思う。
豪華な食事をしたところで、満たされないものがあることを知る故に。
世界にひとつしか無い羽毛のベッドに包まれたとて、寒くて眠れぬ夜があることを知るが故にーーー少女は思う。
「絶対に、無意味じゃなかった!幸せだったもの!おじいちゃんは香織を、あなたと過ごした千分の一もない時間の中で、信じられないくらい幸せにしてくれた!お金がなくったって、地位とか名誉が無くったってーーー人は、人を幸せにできるんだ!それを、おじいちゃんは私に教えてくれた!だから、無意味なんかじゃ、無いんだから!」
人は、決して人を幸福になどできはしない。そう、それは自分自身ですらも例外ではなく、人である以上それは、どう足掻こうとも逃れられない、人の業。
されど、奇跡は起るーーー業を超えて。
運命を超えて。
世界のルールを無視して、それは起る。
『人が、人を幸せにできる』ーーーという奇跡がーーー起るのだ。
何の因果も無く、ただ、起る。
「もう、どうでも良い。例えどんな審判を告げられたって、関係ない!おじいちゃんが私に会いに来れなくなるなら、私がおじいちゃんに会いに行く!理由はなんだっていい。ミケに合いたいでも、散歩の途中に寄っただけでも、なんでもいい!私を止められるものなんて、何も無い。もし、私を止めたければ、牢屋にでも何でも放り込むしかないから!」
起る奇跡に理由は無い。
奇跡が起る理由など、何も無いのだーーーそう、なんでもない。
何でも無いことで、奇跡は起きる。
だが。
奇跡を起こした「それ」を、本当にそうであるか否かを決めるのはーーー
「今回は、あなたの勝ち。そして、負けるのは私たち」
巡り会えた奇跡に、少女は意味を見いだした。
それは独りよがりのものでしかなかったが、しかし、そうであるが故に、
少女は引かない。
「でも、あなたの思い通りにはならない。私は、私だから。人形じゃないから。だから、それを肝に銘じておいて。あなたが手元に置こうとしているのは、今まで通りのお人形じゃなくて」
少女は鈴として、己が何者であるかを告げる。
「”小野”香織よ。わたしは、小野香織。これから先、私は名前を聞かれるたびに、小野香織と答えるわ。ぜったいに、氷室香織なんて、口が裂けても、言ってあげないんだから!」