猫とネズミのワルツ-3
いつだって、災難というのは突然降り掛かってくる。
そして、その多くが対処困難なものであり、事実上、それらは災厄と呼ばれることが多いーーーと、俺は思う。
『俺にどうしろって言うんだ!こんなの、猫の躯じゃどうしようもないだろうが!』
俺は悪態をつきつつ、山を下っていた。自分なりに全速力で走っているつもりだが、それでも家まであと30分はかかる。
今は、この猫の躯がもどかしい。前の躯であれば、同一次元内の座標跳躍など、目をつむってたって余裕でこなしていた。
いや、そもそもこの事態だって、起らせずに済んだかもしれない。
『今はとにかく、ご主人の元に戻らないと・・・他人なんざ、しったことか!』
起らせずに済んだかもしれないこの事態・・・しかし、事は起ってしまった。
どういう経緯で起ったかなど知るすべも無いが、もし今後この事態を引き起こした連中にかち合うことがあれば、爪の一掻きでもくれてやらなきゃ気が済まない。
そう思いつつ、俺は眼下の街へと帰途を急いだ。
※
俺が街に降り立ったとき、そこはすでに幻想の中心と化していた。
三匹のクジラが泳ぐ茜色の空と、燦々と淡い光を放つ枯れ草色の草花。
草花を支えるのは、肥沃な土色の大地。
そして、この世界の住人――ーがベースなのだろうが、亜人へと正された、この世界の霊長。
それらはすべて、この世界には在ってはならないものモノだ。
『βの法則が流れ込んでるだけじゃねぇぞ、これは。なにがおこってる?世界そのものが塗りつぶされてるじゃねぇか!』
あり得ないにもほどがある。町を守るも何も、すでに守るべきものの原型がない。
今この町で起っている現象は、異世界間の情報流入だけでは説明がつかない。
おそらく、これがβで行われている魔法の余波によるものなんだろうが、しかしいかんせん、その魔法が何であるかすら分からない。
『こうなったら、ポケット野郎を・・・』
ここはすでに理が崩壊した世界だ。既存の経験則も、既存の秩序も、何の意味も成さない。この状況を打破できるとしたら、それはシロの婚約者か、あの腰巾着しかいない。
俺はそう判断すると、回れ右をし、街を抜け出そうと足に力を込めーーーようとした。まさに、そのときだった。
『まさに的確な判断だよ、相棒。あの収束点なら、この事態を掌握できる・・・たしかに、その通りだ。だけどよ、相棒。そうじゃねぇだろ?これはおまえと、お前のご主人の問題だ』
背中から、声が聞こえた。
それはまさに今朝方、消し炭にしたはずの『ネズミ』の声。
出来ることならもう二度と会いたくなかったし、叶うなら、この二度目の出会いを無かったことにすらしたい。
しかし、それが許されないってのが、現実。
『どういうことだ?これが、俺とご主人の問題?あ?寝言は寝てから言えこのくそネズミ。おまえがどこから何の目的で来たのかは知らんが、これは・・・』
忌々しくも、振り返った俺が目にしたのは、タキシードにシルクハットという出で立ちで、無駄に洒落のきいたステッキを片手に持った、くそネズミの姿だった。
『この現象は、世界創世魔法の残滓。今おとなりのβで行われているレプリカではなく、かつて行われた『オリジナル』のな』
ネズミはくるくるとステッキを回し、近づいてくる。ステッキの軌道には、虹色の線。
術式の正体は不明。万が一に備えて、俺はネズミとの距離をとる。
必要なら、このまま戦闘にもつれ込むことも考慮に入れ、周りの人間(元)の配置も確認する。
『魔法の名は、『天命創世』。任意の人の固有世界を無限拡散させ、意図する秩序が追加された人造の内包世界を創り出す―――っていうばかげた魔法だ。ちなみに、オリジナルが行われたのは6年前で、そのときの人柱は今の君のご主人、泉香織さんだった』