ネコとネズミのワルツ-ワルツ3:猫+ネズミ+ミケ+宗谷 vs 守護者:家族の絆1
最初から、ハッピーエンドなんて大それたものを期待していたわけじゃなかった……ただ、願わずにはいられなかっただけ。
「何がおかしいんだよ……道理が通ってねぇのは、そっちじゃねぇか!」
だって、そうだろう?
もしそれが許されるなら、幸せになれる数ってのは、一人より二人の方がいいに決まってる。
もしそれが許されるなら、御主人とタマ介両方の笑顔を望んだって、罰は当たらないはずだ
けれど―――
「御主人が、何をしたってんだよ!
あのガキどもが、何したってんだよ!
おまえが守護者だろうが秩序だろうが、知ったことか!なんで偉そうにふんぞり返って奪うんだよ!なんで助けてくれネェンだよ!」
理屈が、秩序が。
世界が、あるべくして「選べ」というのなら、俺たちは選ばなければならないのだとも、思う。
けれど、ならばこそ―――「ハッピーエンド」という概念は何のためにあるのだとも、思うのだ。
「どれもこれもクソみたいな結末しか呼ばない選択肢の中で、俺は「最善」を選んだ。
一人より、二人。
二人より、三人の―――笑顔を望んで、何が悪い!?
何がおかしいんだよ!言ってみろ!」
喉から絞り出す声は、言葉になっていなかった。しかし、それでもおれは言葉にするしかなかった。
俺の中で渦巻く感情が、そうさせるのだ―――声を上げろと。
例え、そのことに意味はないかもしれないが、それでもそれを成せと。
「一人より、二人ね……まあ、いいわ。
あなたには何を言っても無駄なようだし、ここらで幕を引きましょう」
俺の声は、守護者に届いていた。しかし、そのココロにまでは、響かなかったらしい。
ゆっくりと守護者は手のひらを俺に向け、告げる。
「世界が自分たちのためにあると考える、その傲慢さ―――そして、その罪。
つくづく救いようのない存在だとは思うけれど、許すわ。
対価としては心もとないけれど、あなたの物語で、償いなさい」
波紋からこぼれるヒカリが、俺を包み込む。
そして次の瞬間、轟音。
バゴンというありえない音を周囲に響かせながら、俺の視界を守護者が吹き飛んでいく。
そして、轟音の遅れて聞こえるのは、希望の声。
「客人、まずはこいつを晴らしておくれ。こんな陰気なところで舞を踊るなんて、我慢ならないよ?」
一迅の風が視界の霧を吹き飛ばし、世界は再び紅の色を取り戻す。
川縁を満たす鮮やかな夕焼けの中、目に飛び込んでくるのは子供達をかばうように立つ宗谷と、魔法陣を展開しているネズミ。
そして―――
「よしよし、こんなもんかいね。
さて、あとはお嬢に入り込んだ『あれ』をどうにかするのが筋だろうけど、ただね……」
―――そして、一人の女。
観てくれは、時代劇に出てくるような、遊郭の女を連想させる。
そいつは、血よりも濃い赤の着物を身にまとい、小さなキセルから煙を煙を噴かせながら、こちらを眺めて呟いた。
「ただ、当の本人を差し置いて事を納めるってのは、やっぱり性にあわないさね……お嬢、わかってるね?
みんな、あんたのことだよ?
そこの坊やがボロぞうきんになってるのも、客人が死にかぶってるのも、全部、あんたのせいさ」
視界の隅で、吹っ飛ばされた御主人が起き上がるのが見えた。
そして、その表情はやはり―――守護者のそれ。
にやりと目を細め、女を嗤っていた。
「百獣の王といい、西方の守護者といい、あななたちは本当に不思議な存在ね?
霊長でもないくせに、こうまで世界に干渉してくるなんて……」
守護者は手をかざし、波紋の照準を女に合わせた。
そして、容赦なく、死の白線を放つ。
対して、赤色の女は慌てる様子もなく、口に含んだ煙を死線へと吹きかけた―――たった、それだけ。
ただのキセルの煙を吹きかけられただけで、守護者の放ったヒカリは霧散して、消滅した。
―――女は、守護者を無視して続ける。
「今度は、あんたが頑張る番だよ?
……頑張りな。あんたなら、できる。なんたって、宗谷が選んだ「孫娘」なんだ。理の一つや二つに、異議を唱えるくらいの根性は、あるはずさ」
ピシリと。
ピシリと、音が響く。
夕暮れの世界で鼓膜を叩くそれは、残されていた「最後の鍵」にヒビが入る音だった。
しかし、結局は、それまで。
ヒビは鍵の表面に浮かび上がっただけで、鍵自体は砕けることなく、その機能を維持していた。
「内側からの干渉……母でありながら、子を拒絶するなんて。
……でも、あと一歩が足りないわね。所詮は、ヒト。
私を覆す力など、あるわけが……」
守護者の独白を無視して、事態は進展する。
口を開いた守護者が全てをいい終える前に、ガシャンという音が世界に響いた。
音の後には、鍵の破片が風にさらわれ宙を舞う光景が、展開される。
続いて、「コン、コン」という間の抜けた音が、俺の耳に届いた。
地面に横たわる俺のもとに、おそらく「鍵の向こう側」から来たのであろう真ん丸のドングリが一つ。
コロコロと転がってきて、パキンと割れる。そこからこぼれ出るのは、なつかしい役立たずの、泣き虫神様の声。
「幼子の守護者である我は、代行者に助力を申請する。あの子たちを守ってあげてね、猫さん。もうすぐ、霞君がいくから!」
……事態は、進行する。
めまぐるしく事態は進行し、合わせて戦況も一気に傾いた。
「坊、客人、根性みせな!子供らは、あたいが守る!
ここが正念場だよ!」
地を蹴り、守護者へと肉薄するネズミ。
ゲートの拡大には、今一度、直接ゲートに触れる必要があるのだ。
相手が素人なら、空間転移で接近するのが定石なのだが、いかんせん相手は正体不明の自称守護者。
おそらく、単純な空間転移では、再構築地点の座標をいじられて、ばらけさせられるのがオチだろう―――だからこそ、ネズミは体に鞭を打って、地を疾走していた。
対して、守護者も迎撃態勢を取る。その顔からは相変わらず余裕しか読み取れないが、それでも、戦女神はこちらに微笑みつつある!
だから、俺は―――
「御主人、頑張れ!ぜったに、負けるな!」
ドングリの奇跡かどうかは知らないが、多少回復した体で俺は、胸いっぱいに息を吸い込み、叫んだ。
声が、世界に響く。そして次の瞬間、ネズミと守護者は交錯し―――
「ゲーティング、確立! 相棒、今だ!喚べ!」
交錯の瞬間、動きの鈍った守護者の脇をすり抜け、ネズミは打点を加えた。
同時に、拡大する門。
俺はそれに呼応して、楓がくれた小さな奇跡を行使する―――そう、すなわち、「代償なし」で、俺はヒトの魔術を使役する。
「起点は、我。彼方のモノを、我は世界を超えて求める。
対象世界は、α―――対象物は、我が永久の友。
来れ、我がもとに! 絆の盟約をもとに、理を超えて!」
ネコとネズミのワルツ-最終話:夢の、オワリ