ネコとネズミのワルツ-ワルツ1:猫+ネズミ vs 守護者
「どかん」というバカみたいな爆音が鼓膜をぶち抜いたのと、目の前の『何か』がくの字に折れ曲がってぶっ飛んだのは、ほぼ同時だった。
「アンロック、ゲーティングポイント確立―――あと、2つ」
ネズミがふわりと俺の前に降り立つ。
その手には、虹色に輝く魔法のステッキと、一陣の魔法陣。
「―――って、おまえ、ちょっと待て!ありゃ、御主人の体だぞ!」
急展開にも、程がある。
俺はさっきまで、子供帰りしていた御主人を説得しようと、その心に必死に呼びかけていた―――「帰ろう」と。
すると、そこからいきなり何がどうしてそうなったのか、御主人に正体不明の『何か』が入った。
そして、そいつはいきなりぺらぺら喋りだし、「舞踏をね」―――と言う意味の分からない台詞をいい感じに言い終えるかどうかという微妙なラインで、今度は、いきなりネズミにぶっ飛ばされたのだ。
俺の目の前に立つネズミは、未だに肩で息をしていた。
おそらく、立っているのもやっとというのが、本当のところだろう―――それでも。
それでも、瀕死の体に鞭打ってネズミが展開しようとしているのは、『門』を確立する魔法陣だ。
そして、それをこの状況で『あれ』に打ち込むのが、妥当な判断ってのも、分かる。
だが、だからといって、御主人の体をなんだと―――
「時間がないんだよ、相棒!どっちにしたって、あと少しで香織さんは消えちまう!だったら、やれる事やるだけだろうが!それに、『あれ』はこのくらいじゃ―――」
未だ肩で息をするネズミがすべてを言い終わる前に、ネズミの眼前で何かかが爆ぜた。
ネズミは「うんぐ」という妙な効果音を吐きながら、俺の視界からフィードアウト。
そして、そんなネズミの代わりに今度は―――
「ふふ、『あれ』って呼ばれ方は、好きじゃないわ。さっきから、言っているでしょ?私は、『世界』の守護者ってね」
先ほど、『幸福』の守護者を名乗ったバカが、やおら起き上がって、どうどうの戦線復帰をかましていた。
てか、『世界』の守護者だと―――? いや、あり得ない。 『あれ』が、こんな世界に干渉できるなんてことは、ぜったいに、ない。
「未だ固有世界の域を出ていないこの世界に、守護者が干渉できるなんてことは、あり得ない―――けど、おまえ、何なんだ?おまえのそれは、どう観ても―――」
ニヤリと、嗤う守護者。本当の御主人は、そんな嗤い方など、絶対にしない。
「たしかに、そうね。どうみても、私のこれは―――固有世界では、ないわよね?ふふ、そんなに驚くことじゃないわよ。だって、私は……守護者なんだから」
……思考は、ここで一旦停止。
今重要なのは、『あれ』が『何か』ということではなく―――『あれ』が、明らかにゲートを展開しているということだ―――そう、俺たちが意地でも呼ぼうとしてる『収束点』が、『ギリギリ』通れないくらいに。そして、『自身』が『ギリギリ』通れるくらいに―――世界の門を、形成している。
「……なんだって、いい。お前が何であれ、俺には関係のないことだ……ただ、おまえのゲートには、多少用がある。というか、その門、もらうぞ」
先ほどネズミが打ち込んだ術式には、身に覚えがある―――よくバカ師匠が使っていたもんだからな。
だからこそ、魔術がまともに使えない今の俺でも、それを起動させることができるってことくらい、十分すぎるほど、分かっている!
もし、あれを起動できたなら、ゲートを拡大できる。
そうすれば、あの馬鹿野郎をこっちに呼び出すことだって、可能になる!
「まったく、処女懐胎の神秘をなんだと思っているのかしらね……こんな世界を孕めるなんて、そうそうないことなのよ?であるならば、産み落とすのが―――道理でしょうに」
バカの独白は無視し、煉獄の爪を起動。
そして、バカの周りにフワフワと浮いている『鍵』に狙いを定める。
「御主人は、望んでこの世界を身ごもったわけじゃねぇ! そしてそれが御主人自身を蝕むってんなら、俺はそんなもんを認める気はさらさらネェンだよ!」
俺は姿勢を低くし、地面を蹴った。
爪が地面に突き刺さるたびに、火柱が上がる。
「たしかにそうね……レイプされた女性が強姦魔の子供を身ごもるとき、大概のヒトはオロスって言うしね……でも、あなたのご主人様の場合は、レイプはレイプでも、心のレイプでしょうけど?」
『鍵』は、目前。
あれをあと2つ破壊すれば、すべてが終わるはず―――俺はそう自分に言い聞かせ、御主人にとりついた化け物に飛びかかって行った。
次回は、
ネコとネズミのワルツ-ワルツ2:猫+ネズミ vs 守護者:優先順位
です