ネコとネズミのワルツ-昼3-3:御主人との会話(創造神編):この世界の価値を問う-
神の名を騙るバカ猫(俺のことだけど)の説教は延々と続いていた。
場所は、まんま川縁。御主人に捕獲された俺は言い訳をする間もなく、そのままお説教を受けていた……言い訳聞いてあげるって言ってたのに……
「なんで、こんな子供達を騙すようなことするの! ただでさえ、この子達はお父さんとお母さんを亡くしたばかりで可哀想だっていうのに!」
早くゲートを探さなきゃと思うんだが、いかんせん創造神がガチで目の前でキレてるもんだから、身動きが取れない……
「お父さんとお母さんを生き返らせてほしいって思ってたのは、タマちゃんだけじゃないんだよ!? そんなの、少し考えれば分かることでしょう! マッカーサーはいたずらっ子だって知ってるけど、これは質が悪すぎる!」
俺の前には、キレまくってる御主人。そして、俺の横には……
「それに、なんでまたネズミさんにちょっかい出したの!? ネズミさんが体調悪いってことくらい、知ってたはずでしょう? それを、こんなふうに……!」
俺の横には、ぼろぼろのネズミが一匹、虫の息で喘いでいた。
どうやら、ガキどもに難なく捕獲されたくそネズミは、その直後からガキどもの取り合いの対象になったらしい。
手足は若干のびたんじゃね?っていうくらい不自然に長くなってるし、毛は一部剥げ落ちていた。くわえて、ピシッとしてたタキシードとシルクハットはヘニョヘニョのぐちゃぐちゃで、唯一無傷っぽいのが、ステッキのみだ。
ただ、そのステッキも今はどちらかというと、松葉杖のようなカタチで使われている。
「何を考えてたの! なにか、いいなさい!」
……まあ、ネズミに関しては、確かに俺に非がある。こいつを人身御供にして、とんずらしようとしていたのは、事実だからな。でも、ガキどもの件はまた別口だ。
だって、あんときは俺はまだ病気のことなんか知らなかったし、
それに……
「なんで、御主人巫女服なの?」
ここらで、永遠のループ(説教)を止めようと、俺はおもいっきり違う話題をふってみた。そしたら、
「おじいちゃんが神主さんで、私がその娘だからでしょう! 何言ってるの! 全然関係ないでしょう!?」
そしたら、御主人の怒りが1.5倍増しになった……でも、きちんと答えてくれるんだから、さすが御主人だ。まあ、あんまり説明になってないけどな。
……どうしよう、絶対終わらねぇよ、この説教……
※
時は過ぎに過ぎて、時刻は夕暮れどき。
でっかいお日様が、のっぽ山に隠れるように地平線へと近づいていた。
「帰り道、探してた」
一言だけ、俺は言った。
説教が始まってから俺はごめんなさいしか言っていなかったのだが、ここに来て初めて、それ以外の言葉を口にした。
「か、帰り道? また、そんなふうに人を煙にまいて!」
顔を真っ赤にして御主人は怒っていた。
若干涙まで目に浮かべて、本当に悲しいくらいに、俺をのことを想ってくれているみたいだった。
「煙にまいてなんかないよ、御主人。俺は、帰り道を探してたんだ。俺と御主人が、『本当の家』に帰れる、そんな道を探してた」
もう、時間がなかった。
ネズミは相も変わらず横でゼイゼイと喘ぎながら、「やべぇ、マジで世界が……」とかなんとか言っている始末だし。
「本当の家? さっきから、何を言ってるの、マッカーサー? 家は、そこにあるじゃない、あたしと、マッカーサーと、そして―――」
俺は、御主人に皆まで言わせず、言葉を重ねた。
「俺と御主人だけの家に、俺は帰りたい。宗谷が居なくて、ミケも居ない、そんな家に、俺は帰りたい」
御主人が息をのむのが分かった。たぶん、俺の言ってることが理解出来なさ過ぎて―――あるいは、宗谷達なんかいないほうがいいなんて妄言を吐いた俺に、怒髪天をついてしまったのかもしれないが。
「なあ、御主人」
俺は、横を悠々と流れる川を指差し、御主人に語りかける。
「本当はな、このすみれ川って、ドブ川って言うんだ」
たぶん位置的に、間違っていないはず。のっぽ山とか呼ばれてたのは、元の世界では弐の岳って呼ばれてて、そしてそこから流れて来ているこの川は、ドブ川のはずだ。
なんで分かるのかと聞かれても分からないが、なんとなくそう、『分かる』。
「マッカーサー? ほんとうに、どうしちゃったの?」
さっきまでの怒りはどこへやら。
今度はうってかわって心配そうに俺を覗き込む御主人。
「ヘドロとかは溜まってなかったけど、こんな綺麗じゃなかった。空き缶とか、看板とか、大きいのだと自転車とか電子レンジだとかが無造作にポイ捨てされてて、だからみんな半分冗談でドブ川って呼んでたんだ」
目の前の綺麗な川面の向こうに俺は、濁りきった川面が見える。
「皆で汚い汚いって言ってるうちに、誰かが「じゃあ、綺麗にしようよ」って言い出して、クリーンアップ作戦とか変な名前がついた川掃除することが決まった」
むせ返るような夏の空気と日差しの中、みんなでわいわい言いながら、汗かいて掃除した。
いったいどこにこんなたくさんの人間が居たのかってくらい人が集まって、あり得ない角度で地面に突き刺さる自転車を、男連中がロープで引っこ抜いたりしていた。
「日が沈む頃にはさ、川、そこそこ綺麗になってたよ。代わりに、時雨さんなんかは半分死んでたっけ……霞の馬鹿野郎は、案外平気そうだったけど」
それは、思い出したくもない、蒸し暑いある夏の日の記憶。
そして。
「で、あそこで花に水やってるばあちゃんは、本当は歩けないんだ」
そして、今度は視線を滑らせ、川にかかる橋に隣接した一軒家のばあさんを、俺は指差した。
「去年の冬、正月の用意してて尻餅ついて、圧迫骨折したんだって。それで、なんでかしらないけど、入院してたのに骨折が一ヶ月以上も放置してあったとかで、そっからまたいろいろあって、ばあちゃん一時期頭がわけ分かんなくなって……」
あり得ない炎におびえたり、居るはずのない人に声をかけたり、ありえない空想を語りだしたり。
一時期は、他の家族の方が保たないないんじゃないか―――ってとこまでいったらしい。
「それでも、あそこの家族は頑張って頑張ってばあちゃんを看病して、今はちゃんと話せるようになってる……歩くには、まだまだリハビリが必要だって言ってたけど」
リハビリが必要だって笑って話してくれたばあちゃんの前で、赤の他人のくせに涙流して喜んでたのは、誰だったか。
俺はその横でそんな誰かさんのお人好しっぷりに呆れていたけれど、それでも、俺はそんな誰かさんの馬鹿さ加減が、嫌いじゃなかった。
「……時雨に、霞君……それに、床屋のおばあちゃん……」
この世界の御主人は、見た目はとても綺麗な大人の女性だ。
でも決定的に、中身が幼い頃の御主人に戻ってしまっている。
それは、如実に目に表れていた。
「俺の御主人の目は、いつも未来を見ていた。「だれかとした約束」を守るために、御主人は馬鹿みたいに前ばっかりを向いて走ってた!霞のバカが心配するくらいに、あのお人好しの馬鹿野郎が心配するくらいに、御主人は!」
『誰かの幸せ』になるために、未来に向かって、ひたすらに走り続けていた。
力強く地面を蹴り、あるかも分からない未来をひたすらに探しながら、御主人は、生きていた!
「未来を見てた!そこは、御主人の大切な人たちが笑っていられる世界で、ここじゃない!ここは優し世界だけれど、きっとそれだけでこの世界は十分な価値があるんだろうけど、でも、ここにはあの世界の誰もいない!」
だから。
「帰ろう、御主人!俺たちの世界に、帰ろう!宗谷もミケもそこには居ないけど、でも、『みんな』が居る! だから、大丈夫だから! だから―――」
―――だから、と。
俺は、そこまで言いかけて、その先を言えなかった。
「だからといって、この世界が蔑ろにされて良いわけじゃないと、私は思うわ。たしかに、あの世界にはあなたが言うように、価値がある。でも、それはあなた達の都合で物事をはかるからでしょう、ねぇ、メッセンジャー?」
御主人の目からは、幼さが消えていた。だからと言って、歳不相応ないつもどおりの力強い瞳でも、ない。
そこにあるのは―――悪意。純粋無垢な、悪意の塊。
「どうして、あなた達はそんなにも愚かなのかしら? 少し考えれば分かるでしょうに……泡と消えるべきが、この世界なのか、一人の少女なのか」
夕日を背に、御主人はゆっくりと髪をかきあげる。それと同時に、一陣の風が吹き、その長い髪をなびかせた。
「おまえ、なんだ?」
俺がひねり出せたのは、たった一言だった。
そんな俺にそいつは嗤いかけ、こう、答えた。
「わたしは、『幸福』の守護者。聖女が孕む世界を守るため、ここに介入を宣言する―――さあ、はじめましょうか、メッセンジャー?世界の命運をかけて、一曲の舞踏を―――ね?」
次回は
ネコとネズミのワルツ-ワルツ1:猫+ネズミ vs 守護者
です。
バトルもの〜