日常3
「日常3:前編」
「マッカーサー、梅雨明けって、気持ちいいよねー。久々の青空っていうのがもう最高!」
スカートを風になびかせながら、うれしそうにてくてく歩くご主人。
そんな、青空万歳を信条とするご主人のテンションは、朝っぱらからMAXに達している。
それは俺も同じだ。やっとこさ、あの異様な部屋から解放されると思うと、自然とテンションは上がってしまう。
今年の梅雨は例年より早く始まり、例年より遅く過ぎて行った。
結果、梅雨は3週間ほど続き、その間、空が晴れることもなかった。
まあ、早い話、ご主人は愛しい空と3週間ほど引き裂かれて過ごしたのだ。
分厚い雲が空を覆っている間、ご主人の笑顔パワーもどこか薄っぺらいものだった。
なんというか、空見えなくても全然大丈夫ですよ?みたいな感じを、梅雨入り当初はずっと取り繕っていたのだが、ふと目をやると、目の輝きが、鮮度の落ちた魚のそれになってたりしていた。
まあ、梅雨ってのはジメジメしてて、誰だって嫌なもんだ。元気印のご主人だって、例外ではなかった——というより、そんなご主人だったからこそ、逆に辛かったのかもしれない。
べつに、そんなご主人が部屋にいるから部屋がどうこうという話にはならない。
俺を鬱にさせていた原因は——まあ、つきつめればご主人にあるのだが、そこには目をつむるとした場合、てるてる坊主にあった。
梅雨が始まって一週間くらいは、ご主人もおとなしく、死んだ魚の目で平和に日々を送っていた。
しかし、梅雨が一週間を過ぎたあたりから、ご主人の精神のバランスはさらに崩れ始めた。
目が空ろなご主人は、高校生にもなってと思うのだが、日が終わるごとに、てるてる坊主を作っては、部屋に吊るすようになったのだ。
この儀式は、梅雨が終わるまで続いた。つまり、ご主人は2週間てるてる坊主を作り続けたのだ。(てるてる坊主は最終的に14個に達した。)
しかも、色が黒いやつを。
何の色が黒いのかっていうと、もちろん、てるてる坊主の色がだ。(黒てるてる坊主が天井に14個吊るされてるはマジでヤバい。)
なぜ、黒てるてる坊主をご主人が作るのかは知らない。
毎晩毎晩、墨をすっては、綿生地にしみ込ませ、それをドライヤーでよく乾燥させ、そして乾燥したやつにティッシュをつめて、黒てるてる坊主を作っていた。
普通の人が聞けば、ご主人のことをかなりイタい人と思うだろう。
・・・正直、俺もそう思う。
噂の出所は分かっている。おそらく、ご主人の腰巾着だ。
マジであいつはそろそろどうにかしようと思う。
・・・楓の下にでも埋めるか?
「さ、着いたよ、マッカーサー。今日の目的地の海猫病院!ここで今日はすることがあるからね!」
ご主人の声にあわせて視線をあげる。
すると、視界に飛び込んでくるのはカモメの絵が描かれた海猫病院という看板だ。
「さ、マッカーサー!」
そう言って、笑顔全快のご主人が屈んでおいでおいでをする。
思わずため息が出る。べつに、ご主人のパンツが丸見えだからとかそう言う理由ではない。
病院ってのがきらいなのだ。
だって、時間をやたら使うわりには、面白いことが何もない。
どうせいつもの注射か健康診断かなんかだろうが、嫌なものは嫌なのだ。
「にゃー。」
とりあえず一泣きして抵抗してみる。
「マッカーサー?」
あ、「!」が「?」になった!
「にゃう〜。」
もう一押しとばかりに泣き声を上げる。
「マッカーサー・・・」
よし、「?」が「・・・」になった!
「にゃー!!」
これでとどめとばかりにもう一泣き。これでご主人も落ちる!
「マッカーサー(怒)」
あ、「・・・」が「怒」になってる。
これを聞いた俺は、
「にゃん♪」
と一泣きしてご主人の腕の中へ。
プライドとか、
尊厳だとか、
そんなものはゴミ箱に捨てちまえと、
彼女の顔を見た自分の本能が囁いた、ある日の昼下がりのことだった。
♪
俺は走っていた、町を。
正確には逃げていた。ご主人とサディスト女医から。
『痛くないから。』
そう言う問題じゃなかった。
『君みたいな不幸な子を増やさないためだから。』
俺は幸せだよこんちくしょう!と叫びたかった。
『ちょっとチョキンてするだけだから。』
そんなかんたんなはなしじゃねぇぇええ! と罵りたかったのに、
「にょう〜!」
口から出たのは情けない鳴き声のみ。
『だから、さっさと去勢しちゃいましょうね、マッカーサー。君は良いこだから分かってくれるよね?』
何が「だから」なのか全然理解できない。
『マッカーサー!ファイト!』
この、ご主人からの無責任な一言を聞いたとき、俺は。
Fight=闘争=逃走=Fly
と、頭の中で言語を変換。
そのまま開いてた窓から脱出。そしてこの瞬間、俺は・・・家出をする決意をしたのだった。
◇
『ねえ、猫さん。事情は「分け御霊」を通してみてたから分かるけど、これからどうするの?その、言いにくいんだけど、根本的に、二つに一つの選択だよ?どっちにしたって、今まで通りにはいかないよ?』
『・・・』
『それに猫さんは、もともとが猫さんじゃないから、チョッキンしてもあまり困らないんじゃない?だって、子孫を残そうとか言う概念がないんでしょう?』
『・・・』
『ねこさん!?なにしてるの!?こら、待ちなさい!まだ早い!人生あきらめるには猫さんは若すぎる!というより、精神寄生体の猫さんの飛び降りは無意味!』
『うるせぇ!お前に何が分かる!いくら精神寄生体つってもな、躯の方からの影響を全く受けないって分けじゃねぇんだよ!特に、こういった本能とか情動とかいった原初の衝動はな、メッチャくるんだよ!』
『元魔術師のわりには、ボキャ貧だよね?ねこさんって。』
『・・・』
『猫さん!その爪でガリガリはダメ!それで引っ掻かれたら燃える!楓炎上しちゃうよ!知ってるでしょ!?猫さん知ってるんだよね!?』
『・・・爪のびた』
『嘘つき!昨日香澄さんに切ってもらってたじゃん!のびてないじゃん!というか、伸びてたとしても、香澄さんに切ってもらえば良いじゃん!』
『・・・帰れない』
『よし、わかった!協力する!協力するから!だから止めて!』
『・・・』
『ふう、全く猫さんには困ったものだよ。本当に困ったものだよ。』
『あいつ。』
『うん?何、猫さん?』
『あいつ呼べ。』
『あいつって、霞君?』
『・・・』
『霞君、今日はデートらしいよ、朔夜さんと。』
『嘘だよ、それ。あいつが女とつき合える分けない。』
『いやいや、霞君って、よく見ると可愛いし、なにげに頼りになるから、モテてると思うよ?「分け御霊」でそれは確認済み。』
『・・・あいつ喚んで』
『いや、だから・・・』
『クスノキ炎上』
『うん、霞君だね。もうちょっと待って。』
◇
「・・・なんですか。なんなんですか、あなたたち。意味分かんないんですけど。」
『お前ならやれる。』
『霞君、猫さんを助けてあげて!でもって、私も助けて!』
「馬鹿猫はとりあえず楓から爪をどけろ。あと、楓は下手な芝居はするな。神様が死ぬわけないから、よけいにめんどく感じる。てかさ、そんなに嫌ならまた別のうちに拾われれば?お前なら楽勝じゃない?」
『・・・帰りたい。』
『霞君ひどい!それはひどいよ霞君!猫さんがどれだけ苦労して香織さんに拾われたか知らないからそんなこと言えるんだよ!というわけで猫さん、教えてあげて!四コマで!猫さんがこの世界に来て、拾われるまでのストーリーを四コマで教えてあげて。』
四コマ製作中
『ほうほう、セントラルで気に食わないやつをぶっ飛ばして・・・で、その罰として世界流しくらって・・・流された世界でたまたま出くわした妹弟子を頼ってみたものの、「愛の巣にはいるべからず」と追い出され・・・でも行くとこなくて再び妹弟子を頼った結果、連れの男の好意でしばらく世話してもらえることになったが、居候二週目にして自分でもどうかと思うことをやらかして、結果「拾ってください段ボール」を持たされ再び追い出され・・・で、段ボールに入って地道に「にゃーにゃー」言いながら飼い主探し・・・四コマ通して、ここまで全部お前が悪いよな』
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猫と日常3 後編
ここまで全部お前が悪いよなと、腰巾着は言った。
・・・ああ、そうさ。たしかに、全部俺が悪い。
故郷を追われたのも、兄妹弟子に愛想つかされたのも、元はと言えば、全部俺の責任だよ。
けどな。
だから、どうした?
だから、なんだ?
それと、「おれのをチョキンする」ことになんの関係がある!?
『うるさいんだよ、このポケットやろう!お前はおれの「願い」を叶えてりゃいいんだ!』
これは、理屈じゃない。
そう、気持ちの問題なのだ。そう、気持ちの。
なのに、こいつときたら・・・
「てかさ、さっきからお前むちゃくちゃだぞ。まあ、たしかに、その・・・なんだ。お前に同情はするけどよ・・・でも、まあ、飼い猫の去勢はマナーだし・・・お前がこういう状況におかれてるっての、むしろ、お前のご主人がまともってことじゃん?」
台詞の最後の「じゃん」。
これにイラッとしたのは、たぶん、おれのせいじゃない。
『去勢はマナー!?なんだそれ!この世界の連中は、頭おかしいのか?ふざけんな!他人事だと思って!たのむ、まじで!このとおりだ!親身になってくれれば分かるだろうが!』
もう、こうなったら最終手段だ。
テレパスと同時に、シンパシーを叩き込む。
おれの・・・悲しみの深さを知れ!
「あ、何だこれ・・・?なんかちょい悲しく・・・ああ、バカ猫の表層か・・・ってことは・・」
効いてる!
なら、もっと聞け!俺の声を。
おれの悲しみを、とくと感じろ!
と。
特大のシンパシーを腰巾着に叩き込んだときだった。
『な!?』
腰巾着の、過去が見えた。
(さあ、霞、世界を救おうか。といっても、君は僕に乗ってるだけで良いから。もしものときは、一緒に爆死してね)
おそらく、これがこいつの収束点としての始まりだろう。
なにやら未来のロボットから、「人間の搭乗認証がないと兵器が使えない」という理由だけで、戦闘機のコックピットに載せられていた。もちろん、操縦はオート(AIまかせ)
(お前は馬鹿か?なぜお前は服を着ていない?ここをどこだと思っている?)
一日の疲れを風呂場で癒していた腰巾着。
が、そのような事情は考慮されず、真冬のシベリアに強制召喚され死にかける。
さらには、服という尊厳を忘れてきたことを説教。
(そろいもそろって、翼は二桁ね・・・。というわけで霞君、準備は良いかな?たよりの綱は、君の強運だけなんだけど?)
一億に及ぶ天使の軍勢を、ただ「運が良い」という理由だけで、どうにか突破しろと言われていた・・・
「おい、くそ猫。どうした?なんで顔を引きつらせてる?」
(ねぇ、あんたってさ。ほんとに約束守らないよね?とくに、身内に対して・・・もういいから。もう、わかったから。別れましょ?)
ホットすぎる話題に涙がにじむ。
ああ、こいつに引っかかる女も痛んだ(居たんだ)・・・
今日のデートは、ほんとだったんだ・・・ナノにおれは・・・
※
「マイク、おわったよ。偉かったね。」
気がつくと、おれはご主人に抱きかかえられて、海猫病院に居た。
『はぇ?なに?』
なんだろうか。
その言葉を聞いた時、おれは、何か大事なものを失った気がしてならなかった。
というか、なんか文脈が繋がってない・・・気が・・・
「さあ、帰ろうね、マイク。今日は、黄金の猫缶を買ってあげるよ?なんたって、マイクは頑張ったんだから・・・」
はい?おれが、頑張った?何を?
ご主人は、何を・・・ってか、眠い・・・
「先生、ありがとうございました。おかげでマイクも、これでやっと○○○ですよね」
薄れゆく意識の中で、ご主人が酷いことを言った気がした。
けれど、それは結局○○○であり、それは意味不明であるからして、おれは結局今日も、幸せんだろうと、思うことに・・・シタ?
◇
夕暮れどき。
山の開けた中腹にたつクスノキに背を預け、太陽が沈む地平線を眺める少年が一人。
彼は、何とも言えない表情で、夜に沈み行く街を見つめていた。
「ねぇ、霞君。これでよかったの?けっきょく、猫さんはチョキンされちゃったみたいなんだけど」
少年に投げかけられるのは、透明な声。
「いいんじゃない、これくらい。だいたい、今日の出来事だって、あいつは覚えてないよ・・・ったく、こんなことに使うために習得した魔術じゃないっての」
ぶっきらぼうに答える少年。
そんな少年に、透明な声は、無邪気にころころ笑いながら、続ける。
「たしかに、そうだね。でも、こういうふうにも、使えるんだよね?」
笑われた少年は、照れくさそうに髪の毛をいじると、そっとクスノキから離れた。そして、帰宅するための門を開く。
「ああ、そうだ。こういうふうにも、使える。けど、ふつうは、使わない・・・のに、おれは使う。たぶん、それが、おれなんだと思う」
そう言い残し、少年はクスノキのもとを去った。
そして、直後。
これまでのいきさつを見ていた神様は、本当に幸せそうに笑い、だれともなく、
彼女が本当に守護するモノに向かって、呟いた。
「そうだね。それが、霞君だよね。だから、彼のところにはみんなが集まってくる。収束点なんか、二の次。それが、彼の・・・本当なんだろうね・・・だから、きっと大丈夫。ぜったいに、大丈夫。だから、あなたも・・・ぜったいに、大丈夫だからね」
END