ネコとネズミのワルツ-朝1:ネズミとの会話:この世界の価値を問う-
タイムリミットは、夕陽が沈むまで―――と聞かされたのは、朝食をとった後のことだった。
「いやいやいや、は? もういっぺん説明してくれよ、くそネズミ。 タイムリミットが、なんだって?」
俺はそう言いつつ、布団に寝かされたネズミをグリグリと肉球で揺り動かす。
そのたびに、「もうやめれ~」というのは、無視。
「だから、この世界が確立するのが、夕陽が落ちるときなんだよ・・・・・・そうなれば、香織さんは世界になって、もうヒトではいられないぃいいいいってててて、だから、やめろって! まだ相棒のせいで体おかしいんだからよ!」
ネズミは、まるで俺のせいで自分の体調が悪いかのように言う・・・・・・まあ確かに、その一因は俺にも在るだろうさ。だけど、それだってもとを正せば、何の説明なしに俺の心をひっかきまわしたネズミ自身に責任があると思うのだが・・・・・
「あ? 霞の馬鹿はどうしたんだよ。あいつを喚んで、どうにかする算段じゃなかったのか?」
あらゆる因果をねじ曲げる、無敵のラッキーボーイ、霞くん。
あいつがいれば、どんな困った事態も『一瞬で解決!』だろうが。
「・・・・・・事情が、変わった。というより、見通しが甘かった―――と言った方が、正しいか」
いっこうに布団が出てくる気配がないネズミは、モゴモゴと布団越しに語りだした。
「相棒に世界録を見せてるときはまだ、αとこの世界は重複してたんだ。だから俺も簡単に魔術は使えてたし、相棒だって、そうだったろう? だけど、それからすでに一夜明けちまってる。
その間、この世界はほとんど出来上がっちまった。皮膜の安定化が俺の想像以上だったんだ・・・・・・今だって、そうとう頑張ってジャミングしてるとこだ。
だけど、それが俺の精一杯なんだよ。収束点なんて馬鹿げた因子を通せる程、でかい門を創る余力はねぇ・・・・・・それに万が一収束点を呼び出せても、たぶん、これはどうしようも・・・・・・」
それに、なんだって?
あいつを喚びだせても、どうしようもない!?
あ!? そんなこと、ある訳ネェだろうが! あいつは、収束点なんだぞ!?
「おい、くそネズミ! 分け分からんこと言ってないで、あいつを今すぐ喚べ! あいつがこの世界に入り込めれば、どうとでもなる。なんったて、あいつは―――」
「いくら収束点でも、限界がある。勘違いしてるようだから言っとくけどな、相棒。そもそも、収束点ってのは因果を超えて働く性質じゃない。仮に、収束点がこの世界の崩壊を望んだところで、この世界自身がそれを拒否すれば、たぶん、潰されるのは収束点の方だ」
ネズミは少しだけ布団から出すと、眠たげなまなざしをこちらに向けてくる。
そして。
「この世界はな、相棒。香織さんの「理想郷」なんだよ。彼女が抱いた夢が、形を持ったようなもんだ。だから———」
だから———とまで言って、布団を被り直したネズミは俺に一言いい残し、静かに寝息を立て始めた。
「この世界を壊す権利があるのは他でもなく、香織さん自身だ。だから、相棒に頼むよ。ご主人様を説得してくれ。はやく、覚めろってな」