猫とネズミのワルツー夜が、明けるということ
間違いから始まった物語は自身の根源により自己矛盾を抱え、葛藤を余儀なくされる。
しかし、それはどうしたところで、自己満足の域を出ない。
だからこそ、結局その辺のごたごたはさておき宗谷は、結論に踏み入った。
「結局、わたしはあの娘を引き取ることになりました。そのことは、あの娘の叔母である佐百合さんとしても不本意なことだったようですが、それでも、ある種の妥協案として、受け入れてくださったのです」
宗谷はご主人を引き取るまで、4回程叔母と話し合ったらしい。
そしてそのうちの半分はご主人不在の、叔母と宗谷の二人だけで行うという、なんとも大人に都合の良い会談だったらしいのだが。
そうして。
そうやって、幾らかのやり取りをした後に、宗谷はご主人を引き取る許可を得た。
「この辺の事情に関しては、多くを話すことはできませんーーーそれが、佐百合さんがあの娘を私に預ける際に出した、絶対条件の一つだからです。ですが、それでもーーー」
それでも。
たとえ、多くを語ることはできないにしても、それでもこの物語の格子を示すために、あえて宗谷が俺に何かを伝えなければならないとすれば、それはーーー
「結論から言えば、佐百合さんは香織のことを、心から愛していらっしゃいました。そして、彼女の周りに仕える多くの人々もまた、同様に。しかし彼女は、他のだれでもなく、彼女自身の信条から、そのことを認めるわけにはいかなかったのです」
叔母は「決して語るな」と、宗谷に条件を出したらしい。
これから「一人で生き抜いていかなければならない」ご主人を、愛などという「淡い幻想」に縋るような弱い人間にさせないために、決して、語るなと。
「佐百合さんは、香織の母親ーーー彼女のお姉さんが辿った悲惨な結末は、ひとえにお姉さんが「愛」という不確かなものにその身を委ねたことにあると、そう、考えていらっしゃるようでした。香織の母親は生来より聡明な方で、佐百合さんの見立てでは、本来彼女が座っている場所には他でもなく、お姉さんが座っているはずだったとのことです。しかしーーー」
ご主人の母親は、選択をした。
歴史と権力に裏打ちされた道よりも、あるかも分からない道無き道を行く選択を、彼女は選んだのだ。
「お姉さんは、愛した方と供に歩む道を選びました。その対価として失ったものは、「力」です。それも、「道理」や「道徳」と言ったようなものまでねじ曲げてしまえる程の、大きな力。それは佐百合さんからすれば愚かな選択であり、そしてーーー」
ーーー姉をよく知る妹としては、そうあるべくしてある、「姉らしい選択」だったのだ。
「香織の母親は、佐百合さんにとっても、母親だったそうです。肉親さえも、どうかすれば敵となるような家に在り、そのような中でも、お姉さんは聡明で美しく、愛にあふれた人だったとーーーだからこそ」
だからこそ、ご主人の叔母は、彼女の姉を愛していたのだろうーーー。
そして同時に、愛する姉の娘でもあるご主人も、愛すべき対象であった。しかし、それは。
「大きな矛盾を抱えていたのは、佐百合さんも同じだったのです。「愛」というものがお姉さんを破滅させたと思う反面、しかし、その「愛」が無ければおそらくは、佐百合さん自身、そもそもお姉さんの結末に対してそのような感情を抱くことも、無かったのですから……」
ーーー宗谷が語ってくれたのは、ここまでだった。だから、なぜ御主人が宗谷のもとに引き取られることになったのか。なぜ、バカネズミとバカ師匠が宗谷に御主人をまかせたのかーーーなんてことは、分かるべくもない。
……だが、ネズミから世界録を見せられたおれには、この物語のオチくらいは、想像がつく。
(あなたはお姉さんの生き方が愚かだったと、そう思っているのですか?
そんなことはないはずです。だからこそ、あなたは香織ををひきとったのでしょう?
きっと、この娘に教えます。あなたが抱いている矛盾も、この世界の理不尽さも、そしてそれらすべてが大切なものであり、価値のあるものだと。
そして、おかあさんも、あなたも、心の底からーーーー)
ーーー御主人を愛し、そして、それぞれのやり方と生き方で、それを示したのだと。
ーーーなんていうのが。
たぶん、結局それが、宵語りの結末だった。
なんてことない、ありふれた、微笑ましいと言えば微笑ましい、命の話。
……長いこと、話し込んでいていたようだ。気づけばもう、夜があけかけている。
(今回の話を通して分かったことは、御主人の断片だけか……)
そして、今回の話で分かったことはもう一つあり、それは、宗谷が「天命創世」についてはほとんど何も知らないらしいということである。
結局、宗谷はくそネズミが「自分に何をさせたかったのか今でも謎です」と言っているが、しかし、俺ならその理由を推測することはできる。
おそらく、あのくそネズミが宗谷に望んだことは、「ご主人の心」を守らせることだったのだろう。
それは引いては、「お姫様の心」を守ることに繋がるはずなのだ。
(ここまで話を聞いても、ヒントはゼロだな……前回の時は術式が発動するのをどうにか未然に防げたようだが、今回はすでに、展開済みだ……くそ、後手に回った状況がさらにくっきり分かっただけだな)