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猫と日常  作者: blue birds
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猫とネズミのワルツ;夜明け


宗谷とご主人の物語は、夜明けに差し掛かろうとしていた。

そう、夜明けの直前に、宗谷とご主人は居たのだ。


夜明け前―――それは、命が巡るときの中で最も闇が濃く、そして、静寂なとき。故に、その深淵の先に光がともると信じることは、容易ではなく。


「あの娘はずっと、「自分は邪魔な存在でしかない。家の人たちはみんな、自分を疎んじている」と、私に言い続けていました……しかし」


ご主人を探す黒服には。

常に事務的であり、能面のような顔で仕事をこなしていたはずの男が。

なぜ、忌み子を探すときに、あのような必死な顔になるのか。



「それは、可能性でした。都合のいい解釈だけで世界が廻ることが許されるのなら、それは間違いなく、希望だったのです」



宗谷が垣間見た、希望。

それは、ご主人が「あるべき家族」に愛されているという可能性であり、それは詰まるところ―――



「あの娘が幸せになれる―――いいえ、「幸せにしてもらえる」という、他人本位で身勝手な―――」



身勝手な、宗谷自身の希望。

あくまでもそれはご主人の希望ではなく、宗谷の希望だったのだ。

たとえ、ご主人の家族が「本当にご主人を愛している」のだとしても、けれど、仮にそうであるならば、宗谷とご主人は、「出あわなかった」はずなのだ。



「目の前に、希望はありました。蜃気楼のような、あるかどうかも定かではない頼りないものでしかありませんでしたが、それでも、確かに希望はあったのです・・・・・・しかし、私は結局―――何も、しませんでした」



結局は。

結局宗谷は、何もしなかった。


目の前の希望が、「誰かのひと押し」を必要としていると知りながら。

目の前の希望だけでは、「ご主人を幸せにできない」と思いながら。



宗谷は、何もしなかった。



「秘書の方には、あの娘を見つけ次第連絡することを約束し、お引き取りいただきました……私はその瞬間、終わったのだと思いました。私という人間は、もう、終わってしまった存在なのだと」





決断の瞬間宗谷には、たったひとつの声が聞こえたらしい。

自身の影から、「後悔するぞ」という、声が。しかし、そうであったとしても、宗谷は―――選んだのだ。





「わたしはその日、心静かに床につきました……平穏な心を取り戻し、久しぶりに本当の意味で、眠りにつこうとしていました」




宗谷という物語は、終焉を迎えようとしていた。

その是非はともかくとして、それはひとつの、物語の形だったのだ―――にもかかわらず、そんな物語の結びに、異議を唱える奴っていうのは、少なからずとも、「いる」。




「眠りにつこうと、目をつむった瞬間でした―――その瞬間、いきなり枕もとに人の気配が―――」






物語っていうやつは、終わるべきなのだ。もちろんそれは、自己完結という形で。

しかし俺の知る限り、千差万別の物語の形にケチをつける奴ってのは五万といて、そして中でも最悪なのは。





「彼女は音もなく現れ、開口一番に、「私は一輝。世界を股に掛ける、魔法使いよ!」と、名乗ってくれました」








多くの存在を縛る「時空」という絶対的な概念のはるか外に身を置くやつで、それはつまり、「時・場所」というか、空気を読まないやつのことで。




「シルクの件ですでに耐性は付いていたので、さほど驚きはしませんでした……そして、願い出たのです―――私を、連れて行ってほしいと」







宗谷の物語は、終わるはずだったのだ―――しかし、馬鹿が本来の筋道を、捻じ曲げた。




「彼女は、私にこう言いました―――「それは、できない相談かな。幸福を根源にしない「願い」なんて、かなえる価値なんてないし。それに、わたしはあなたの「願い」を叶えに来たのではなく、あなたに「願い」をかなえてもらいに来たの」―――と」





「守ってあげて」と、あいつは宗谷に願い出たらしい。

一人ぼっちでいるただの女の子の「心」を、守ってほしいと……





「彼女に「守ってあげてね」と言われた瞬間、わたしは泣き崩れました。それは自分の無力さを痛感させられたというだけではなく、自分には、「諦める」ということすら許されないのかという、そんな想いが奥底から湧きあがってきたからです」






理想を追う―――いや、理想を負って、なお歩みを止めないという強さを持たないからこそ。

だからこそ、このような「終わり」臨んだはずなのにと、宗谷はつぶやく。






「私は、彼女に言いました。「守るも何も、私には何も残されていない。あの娘のことにしても、そもそもが、間違いだったんです―――事の始めからすべてが、間違いだらけだったのです」と……私と香織には、特別なつながりなどなかったのです。それなのに、こんなふうに―――」






こんなふうに、一緒に居れたことが間違いだったのだと。

宗谷は、そう訴えようと―――そういうふうに、物語をおわらせようとして―――






「こんなふうに、特別なつながりが出来たんでしょう? ……あなたの言っていることは、確かに正しいわ。

 けれど、たとえあなたが言うように、香織さんとあなたの物語がいくつもの矛盾と間違いが前提となって始まっているとしても―――そのことが、そこから派生したすべての物語を否定できるわけではないはずよ」






間違いから生まれた物語は、「その存在」そのものが間違いなのか―――なんて、考えること自体馬鹿らしいと、俺は思う。

けれど、あいつはいつも―――いや、宗谷もか。


なぜか多くの命は、そのことを壁として認識し、向かい合う。

そして、越えられもしないそんな矛盾を、越えようとするのだ。



そして、そんな壁を越えようと望み、結果、越えたものを―――




「彼女の言葉は、すとんと自分の中に納まりました。そして、同時に心に光がともったのです……「間違いだけではない」のかもしれないと。「間違いだらけ」であっても、「間違いでしかない」ということは、ないのではないかと」




それはある意味での希望だったと、宗谷は語った。

そしてその希望を力に、宗谷は越えることを決意する―――そうすなわち。




「私は第三者という立場でありながら、あの娘の家族に介入する決意をしました。身の程を超えているとは分かっていましたが、無理を押しとおすだけの価値があると、私は思ったのです


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