ネコとネズミのワルツー宵語り:夜明けー幕間-tips-gold gate
「こんばんは、氷室佐百合さん。私の名前は、一輝。あなたの姪子さんの逃亡を手助けした者です」
そう、見知らぬ女は悪びれも無く名乗った。
その風体からは、この『要塞』を突破できるだけの力を有しているとは到底想像できない。
「へぇ、そう……で、用件は何?」
短く、私は問いかける。
端的に、『一族』の目的は何なのかと。
「私の目的?え〜と、それはですね……香織さんを、ある人に会わせることです。ちなみに、その人は宗谷さんっていう、この近所に住んでるおじいちゃんなんですよ!」
何が嬉しいのか、ニコニコと訳の分からないことをまくしたてる……知れたことを。、どうせいつもようにーーー
「ああ、ちなみに、私はあなたの従兄弟さんの手先ではありません。こと『今回』の氷室香織さんの家出には、『御家』の事情は絡んでませんので、あしからず!」
ーーー『一族』を知る者ではあるか。しかし、彼らの粋はかかっていないと……?
……信用など、できない。
これまで、『何度』も香織を利用して、私を『席』から引きずり下ろそうとして来た連中だ。
「……宗谷?知らないわね、そんな人。で、何?その宗谷って人物と香織を引き合わせて、どうするつもり?わたしはね、くだらない駆け引きは嫌いなの。だからさっさと、本当のことをーーー」
ーーー本当のことを話して、香織を帰してくれと。
もし対価が必要なら、条件によっては、色をつけて出してもいいと。
そう、女性に取引を持ちかけようとしたその時。
「あなたの物語の根源はきっと、『絆』です。それこそが、あなたと香織さんの物語の始まりであり、そして、あなたとお姉さんの終焉でもある」
取引ですべてを終わらせようとした時、その女は、禁忌を犯した。
「あなたに、姉さんの何が分かるっていうの?くだらない私利私欲に塗れた獣のくせに、いい気にならないで。すでに部屋の外には警備員を待機させてあるの。詳しい話は、その後で聞くわ。だからもうーーー」
口を開くなと、そう、告げようと下その瞬間。
女は、夜色の漆黒の髪をかきあげ、妙な石を懐から取り出し、ニコリと笑った。
「ふふ、そうは言われても、わたしも捕まるわけにはいかないの。だから、これで失礼するわ。でも、覚えておいて。あなたが抱える矛盾は、決して間違いじゃない。けれど、その矛盾の重みを背負うべきは少なくとも、香織さんはないわ。だからと言って、あなた一人で背負わなければならないものでもない…だから、頑張って」
女がニコリと笑った次の瞬間、バタンと部屋の扉が開き、警備員達がなだれ込んでくる。
女に逃げ場など、ないーーーはずだった。
「室長、お呼びでしょうか。レベル5の信号を受信をしたのですが……」
戸惑う隊長を目の前に、私自身の動揺を隠し通せたのはさすがだと、私自身を誉めてやりたいくらいだった。
「ごめんなさい、こちらで少し手違いがあったみたいなの。なんでもないから、もう持ち場に戻って下さってけっこうです」
目の間にいた人間が、消え去るーーーそんな出来事はレベル5の緊急事態に相当するのではと自分自身で思いつつ、わたしはそう、何事も無かったかのように、彼らに命令したのだった。