ネコとネズミのワルツー宵語りー中編分画4
正論という剣を突きつけられたご主人はただ、歯をくいしばるしかなかった。
そう、たとえ、剣を振るう者の根源が何であるにせよ、突きつけられモノは間違いなく、どうしようもなく、「正義を成す剣」だったのだ。
「香織は「一晩だけ待ってほしい」と、秘書の方に願い出ましたーーー色んなことを整理する、時間が欲しいと」
俺の経験上。
正しき剣は多くの場合、歪んだ心によって振るわれる。
そして、その果てに断たれるは然るべき罪ではなくーーー人の、大切な『想い』。
「そのとき私は、何も出来ませんでした。一言も、声を発することすら、わたしには・・・・・・」
その日。
黒服が席を引き取り、ご主人がなけなしの調味料(塩)を玄関にまき、
いつも通りの貧相な夕食を済ませ、狭く汚い風呂場で身を清めた後。
いつも通り宗谷とミケ(化けネコ)との三人で床に付いたご主人は、
宗谷のうちに来て初めて、夜更かしを許された。
「あの娘は、あの日、初めて夢の話をしてくれました。その夢というのは、あの娘の望む「未来の形」であり、そして」
いつからか、ご主人が眠りの中で見るようになった、夢の話。
夢を見だしたおおよその時期は、ご主人が両親を亡くした後らしい。
ただまあ何にせよ、ご主人は一人で眠りにつく夜に、変な夢を見るようになったというのだ。
夢の世界には、ご主人と一人のお姫さまーーーたった二人だけが、存在を許されていたのだと言う。
「あの娘から夢の話を聞いた時は、心底驚きました。その話はシルクが私に語る、「もう一つの世界」で侵攻しているできごとを明らかに示唆していたからです」
宗谷と「くそネズミ」は自らの影を通して、定期的に情報を交換していたらしい。
ただ、どちらかというと「くそネズミ」が一方的にご主人の状態を宗谷に聞いて来て、それに宗谷が答えるというものだったらしいが。
「あの娘は、ホントウに嬉しそうに話してくれるのです。自分は、夢の中で別の世界のお姫様と会話できるのだと。そしてそのお姫様はとても立派な人で、そんな人が『自分たちは同じだ』と言ってくれるのだと。そうつまりは、香織と『異世界のお姫様』は、シルクが言うところのーーー」
ーーー『同一存在』、か。
同じ場所から歩み始め、そこからの経緯がどうであれ、同じ場所にたどり着いた者たち。
「そのお姫様は『自身』という存在を苗床に、『幸せな世界』を築こうとしているとのことでした。
なんでも、そのお姫様一人が犠牲になるだけで、『あらゆる願望が肯定される世界』が生まれるというのです。そして」
そんなお姫様と自分は、『同じ』なのだと。
自分という存在は、『だれかの幸せ』になれるのだとーーーだから、自分と宗谷が『このように』別れることは、正しいのだとーーーそう、ご主人は。
「あの娘は心の底から、私にそう言ったのです。
とても強い笑顔で、その年には不相応すぎる優しい声で、あの娘は私に・・・」
ーーーありがとう、と一言。
あなたのおかげで、私はもう大丈夫ですからと。
たとえこれから何があったって、ここでの思い出が私を守ってくれるからと。
そうやってご主人はーーー自身という存在を苗床に、『宗谷のいつもどおり』を守る決意をしたのだという。