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猫と日常  作者: blue birds
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 ネコとネズミのワルツー宵語りー前編





 世界には、理不尽があふれている。

 もちろん、そんなことは当たり前すぎて、そんなことを嘆くモノなんか、ほとんど居ない。

 仮に、そんなことを嘆くやつが居たとしたら、そいつは幸せな部類に入る輩だろう。



「死因は、心不全と交通事故だったそうです」


 だからこそ宗谷は、ご主人の両親がこの世界を去るに至った経緯を、『なんでもないこと』のように、教えてくれた。


 父親が心不全で、母親が事故。

 先に逝ったのは父親の方で、母親の方が半年ほど、後……半年の間にご主人は、両親を失ったのだ。

 




「香織のご両親は、周りから祝福を受けながら契りを交わせた訳ではありませんでした。そのためーーーと言っていいのか分かりませんが、二人の死後、香織はとてもつらい想いをしたのです」



 祝福されることのなかった、愛し合う二人。

 その理由もまた、その辺の石ころよりもありふれたものだった。

 そう、つまり。





 母親は、良いとこのお嬢様。

 父親は、孤児。





 要は、住む世界が違うということだ。

 ご主人の母親は、日本の経済界を引っ張るような、古くから続く一族の長女として生まれ、育てられた。

 そして、そんなお家柄のよろしいお姫様の配偶者が、どこの馬とも知れない輩ーーー




 ーーーどこの馬とも知れない人を好きになっては、なぜいけないと。


 そう言えない世界に、香織の母親は居たのだろう。なんとまあ、シロが聞いたら、怒りそうな話だ。

 でもまあ、あいつはその辺については達観したところがあるから、「そりゃそうでしょ」とか言いだすかも分からんが。



「父方の親戚など、居るはずもありませんーーーですが、母方の親戚からも、あの娘を引き取りたいと申し出る人間は、早々現れなかったと、そう、聞いています」

 



 

 どういう理由があろうと、脈々と受け継がれてきた血と絆を裏切った女の、子供。

 たしかに、そんなモノを受け入れる道理は、一族側にはないはずだ。

 そしてもちろん、そんなことは、ご主人の両親なら、理解していただろう。

 だが問題は、そのことを『愛しい娘』に伝える前に、逝ってしまったことだ。




「香織は、孤独でした。ほんの七歳のときにあの娘は、そのことを『真実』として感じてしまったのです」



 両親の愛を受けて、すくすくと育っていたご主人。

 もちろん、周りからの支援をいっさい受けることが出来ない当時のご主人たちの生活は、それほど裕福ではなかったらしい。

 けれども、それを埋めて尚あり余る程の幸せが、ご主人達家族には、在ったのだ。




 そう、『大切な人がそばに居てくれる』という幸せが。

 それはつまり、だれかを『大切』と思える幸せであって、そして、自身がだれかの『大切』であると感じることができる幸せ。




 そんなーーーいや、それこそが『幸せ』であったご主人は、ある時を境に、ひとりぼっちになってしまった。





「ただ、いろいろな経緯を経て、最終的には、彼女の叔母があの娘を引き取ることになりました。そして、なんと言いますか、その叔母さんとあの娘はーーー」




 人として、合わなかったーーーどうも、そう言うことらしい。

 


「 そして香織は、たびたび叔母の元からに逃げさすようになりますーーー私が思うに当時、彼女は自身の内に沸き上がってくる感情が理解できなかったのでしょうーーーそして、周りから向けられる感情も、同様に。

  だからこそ、彼女はその場を逃げ出したくて、家出なんてことを選んだんでしょうねーーーですが、所詮子供の家出ですから、すぐに見つかって、連れ戻されてしまいます。ですがーーー」




 たったの一度も。

 たったの一度も、叔母が迎えにきてくれたことは、なかった。



「二桁にも及ばない家出ながら、それでも、子供にとっては途方もない道のりだったはずです。しかし、それほどの遠い道のりをーーー追いかけてく来てくれたのは、名前すら知らない、のっぺらぼうな、黒服の男だったとーーー」





 「悪い子は、のっぺらぼうが、追いかけられて、捕まるぞ」と。

 俺が悪いことをするとたびたび、ご主人はそう言って、俺を叱りつける。



 いつも、「いったいなんなんだそれは」と聞き流していた言葉に少しだけ、今は重みを感じる。





「何度も捕まっては連れ戻され、何度も逃げ出すのに、彼女は迎えいにきてもらえず、そしてそんなことを繰り返すうちに、あの娘はとんでもない迷案を思いつくのです」




 ご主人が思いついた迷案。

 それは、警察沙汰を起こすこと。



「香織は、ある月夜の晩に、一人の老人の家に忍び込みました。そしてーーー」



 当時のご主人が「叔母が迎えにきてくれる」ことを期待してそんなことを企てたのかは分かりはしないが、しかし、それが契機となって、宗谷とご主人はであった。



 なんでも、宗谷曰く、死にかけたーーーらしい。

 奇声を上げながら飛びかかってくる、月夜に浮かぶ子供というのは相当心臓に来るらしく、しかも、同時並行でご主人のタックルをもろに胸に食らったとかなんとかで、宗谷の心臓は、虫の息にまで追いつめられたらしい。






「気づいた時は、病院でしたーーーあの時のことは、今でもよく覚えています。

 何もない簡素な病室の中で、私の手を握りしめてすやすやと眠るあの娘の寝息だけが、まるで天使のささやきのように、木霊していました」




 自分を虫の息にまで追いつめた犯人が、自分の手を取り、すやすやと眠っている。

 それはなんとも、不思議な感覚だろう。


 そして、その不思議体験が、宗谷の判断を曇らせたらしい。





「目が覚めて、私は大犬さんーーーああ、この方は警察官なのですが、目が覚めてしばらくしてから、私はこの方から、私が病院送られるに至る経緯を、質問されることになります。そしてーーー」






 その、大犬さんとやらが、「お孫さん」のお話ですとーーーと、話を切り出したらしい。

 もちろん、『お孫さん』なんてものは、ご主人の、とっさの嘘っぱちだ。




 ただ、俺だから分かるのだが、それは単にご主人は捕まるのが嫌で嘘をついたのではなく。



「私のことを、心配してくれていたのでしょうね。本当のことを話せばもちろん、私の手を握ってくれることなんか、できなかったでしょうから」




 そう、捕まるのが嫌だったのではなく、宗谷が心配だったからこそ、ご主人は、嘘をついたのだ。

 自分のことしか考えていないやつなら、そもそも宗谷のために救急車(警察経由)なんか呼ばないし、それに万が一、救急車を呼んだことを後悔するようなやつなら、罪が重くならないように、宗谷が目を覚ます前に、『自供』というかタチでべらべらとしゃべっているに決まっている。


 


 もちろん、俺のご主人は、そんなことはしなかった。



 嘘をついてでも。



 罪を重くしてでも。





 いや、あるいは、そんなことすら考えもせずに、主人はーーー嘘をついたのかもしれない。






「幾らかのやり取りを経て、私は退院しました。幾らかのお薬と、そしてーーー」





一人の孫の手を握り、家へと。


簡素な病室よりも、さらに簡素な我が家へと、宗谷は『孫娘』をつれて、帰宅したのだ。











 

 



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