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猫と日常  作者: blue birds
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猫とネズミのワルツ:夜の散歩、宵語りーーーの、前座



「月が美しい夜ですね……こんな夜空、向こうでも早々見ることは叶いませんよ」



 そう、宗谷はつぶやいた。

 静寂と星の光の下で、何でもないことのように空を見上げ、そして、溜息を漏らす———この空は、美しいと。


「そりゃ、そうだ。これはご主人の世界なんだからな。美しくないものなんて、この世界にはーーーあ、ネズミが居たか。あいつは、例外だな。あいつ以外は、みんな美しい」




 星空の下、俺と宗谷はでこぼこ道を歩いている。

 もちろん、ネズミ抜きで。まあ、ご主人もミケもここには居ないのだから、あえて「ネズミ抜き」という表現が適切かは分からんが、とにかく、ネズミ抜きで、俺と宗谷はご主人の世界を散歩していた。


食後の運動って言うやつだ。そう、食後の運動……まあ、ご飯食べるだけでもだいぶ運動になっていはいたが、それはそれ。


 無駄にピカピカ光る星の灯をたよりに散歩するってのも、悪くはない。


「美しいだけの、世界ですかーーーそんな世界に、あなたは価値があると思いますか? いえ、私が聞きたいのは、そんなことではなかった」




 川沿いの道に出たところで、急に視界が開けた。

 眼下には清流が涼やかな響きを奏で、流れている。これの元はドブ川だが、ご主人にかかれば、それもこんな綺麗になる。

 宗谷は自然と腰を地面におろし、ポンポンと自身の横をたたいた。


 座れということらしい。もちろん、おれは横に行儀良く座る。なんたって、ご主人の育ての親だ。仏壇に飾ってある写真より若く見えるのは、ベータで退行を受けた影響だろう。

 しかし、精神の形は変わってはいない。宗谷からはご主人と、家の気配がする。

 そして、ネズミ以外で、この状況をある程度把握できる人物でもあるのだから、言うことを聞かない訳がないーーーネズミより信用出来るし。




「あなたは、何者ですか? シルクの話からすると、あなたは『偶然』香織に拾われた、ただの『精神寄生体』ということでしたが……いえ、失礼しました。もちろん、向こうからあなた達の様子は見ていました。だからこそ、あなたが香織をどうかする訳ではないとわかっています。ですが……」



 シルクって言うのはーーーああ、あのネズミの名だったか。食卓で、宗谷があいつをそう呼んでいた気がするーーーどうせ偽名だろうが、今度、言霊を試してみるのも悪くはないか。というのはさておき今は、情報を引き出すより、信用してもらう方が先か。たしかに、俺みたいなモノが大事な人のそばに居るって言うのは、気持ちのいいものではないということくらいは、分かる。




「俺が何者かなんて、俺だって分からない。そもそも、俺はいつの間にか俺だった。宗谷達のように生みの親がいるわけでもなく、いつの間にかこの世界に在って、そして、いつ始めたかも分からない旅を、続けていた。」


 そう、旅をしていた。何の縛りもなく、旅をしていた。

 精神物質から成る俺は、世界の皮膜の制約を受けない。

 他のモノ達からすれば特異とされる世界移動を日常として、俺は生きていたのだ。




「旅をして旅をして、旅をして。今はこうして、ご主人のーーー香織さんの、そばに居る。だからと言って、旅をやめた訳じゃない。何でそう思うのかは分からないが、俺は今でも旅を続けてる。たぶんそれが、俺が何者であるかーーーという問いに対する、答えなんだろう」




 答えにになっていない、答えだ。

 しかし、それでも俺は答えた。これがネズミ相手なら引っ掻きの一発をくれてやるところの返しを、言葉で返したのだ。

 それは俺なりの、俺のご主人の育て親に対する、精一杯の誠意だった。



 そして、それは十二分に宗谷に伝わったらしい。

 彼にはにこりと微笑み、そして。



「いつの間にか世界に在ったという点では、私も同じです。たしかに、私には親と呼べる存在がいましたが、その親が私の親であると自覚したのは、私もいつだったか、覚えていません。おそらく、そこから私が始まったのでしょうねーーーそれに今は、その親をこの世界に送り返すために、世話をしています。はは、驚きました。まさか、この世界の裏側があんなふうになっていたなんて」



 そして宗谷は、「俺たちは同じだ」と言った。

 訳の分からない世界にほっぽりださた、着の身着のままの旅人だと。




「まあ、αとβは特別だからな。この姉妹世界の仕組みは、他の世界では見られない特別なものだ。おれの師匠の同僚も、この世界の研究に没頭していたーーーけどま、俺に取っちゃどうでもいいんだけどな」





 川の水面が星の光を反射して、きらきらと揺れる。

 

 空には、星。

 川にも、星。

 ひょっとすると、今なら「合わせ鏡の魔術」でも出来るかと思う俺はやはり、精神寄生体である前に、魔術師かもしれない。



「師匠というのは、たしか、一輝さんという方でしたか。私も二度だけ、お会いしたことがあります。ちょうど、香織を引き取る契機となった出来事の、ホントウに最後の最後に、二度だけ」




 さて、話は繋がった。

 この河原に来るまで、ちまちまと小細工を宗谷に放っていたのだが、それがやっとこさ芽を出し始めたらしい。

 なんでもそうだが、やはり過程は大事だ。

 ネズミからtips攻めにあっていた時は、まともにやつの幻影を観てやってはいなかったが、無理矢理目を開かせられる感じで、幾らか断片的なものは観ていた。

 その中に、あの馬鹿野郎の姿を見たときは一瞬焦ったが……まあ、こんな形で使えるようになるのだから、不幸中の幸いだろうか。





 ご主人の育て親の宗谷と「無駄な話」をするのは、楽しくない訳じゃない。

 けれど、今は場合が場合。もし望むなら、今回の件を終わらせた後で、俺がベータに逝けばいいだけの話……そんなことしたら、この身体には戻れないだろうから、絶対やらないだろうが。



 

 俺と宗谷の間に、しばしの沈黙が降りる。

 もちろん、俺はせっついたりなどしない。遠くを見るためには、目を凝らす必要があるのは、俺も宗谷も同じなのだろう。

 

 

 しばしの沈黙の後、宗谷は静かに視線を遠くに向けると、語りだした。

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