tips~ありしひの公園
tips~
夕焼けの公園でブランコをこぐ。
くるはずもない人を待ち続けるという行為がこれほど寂しく、切ないとは思わなかった。
「おじいちゃん・・・」
少女は待っていた。それはどうしようもない選択。たとえ待ち人が来てくれたところでどうにかなるものではない。それが現実なのだ。
「だからどうした・・・」
つぶやく言葉に力はない。あらゆる絶望を否定するその言葉も、意志がこもらなければ意味はない。
「おじいちゃん・・・」
待ち人はきっとこない。そう思いながらも少女は待ち続ける。それが、少女にできる精一杯だったのだ。
幼子が泣いている。かなしいと、かなしすぎると。
この悲しみは幼子の悲しみにあらず、これは世界の悲しみなのだ。世界の投 影者である幼子が、泣き声として、世界の悲しみを我々に伝えているのだ。
「さて、どうする?相棒?」
あいつがとぼけたように聞いてくる。
「どうするもこうするもないだろう。やれることをやるだけだ。」
あいつが私の影なのか、それとも私があいつの影なのか、もうどうでもいいことだ。ただ、70という歳になってまで、自分は大人になりきれていないのだと自覚するのは恥ずかしくもある。
「もう歳なんだから無茶すんなよ。俺とあんたはつながってるんだ。あんたの道ずれはごめんだぜ?」
現実などどうでもいい。たしかなのは、私が望んだのはこんな結末ではないということ。
「けっきょく、わたしは大人になりきれていなかったのだな。だからお前のような若造と通じて、こんなわけの分からんことに巻き込まれている。まったく、いつの時代も子供と女の涙は最強だ。これを出されて勝てたためしがない。」
見ているかい?沙耶。君はばかだと笑うだろう。そんな歳にもなって、いまだにネバーランドを夢見ているなんて、と。
「現実を受け入れることが大人になることか?なら、俺は永遠の16歳でいい。これ以上歳をとりたくない。でもな、」
自分の足元の影がにやりと笑う気配がした。いつまでたっても私はこいつが嫌いだ。この世界の同一存在といかいう世界における、わたしの同一存在。魔法を使えない、偽者の魔法使い。
「あんたみたいに、大人になっても世界の理不尽と戦い続けている人がいるなら、おれは大人になってもいいと思う。あんたは俺の未来だ。みすぼらしくて、みじめで、決してむくわれない、そんな未来。ふん、いい未来だ。そのかわりに幸せというものをはっきり見ることが出来る。」
あの子のところに行かなくてはならない。わたしは知っている。あの子はあの公園にいると、そして待っているだろう。
彼女の血縁者であり、彼女を育て育む権利を得た彼女の叔母ではなく・・・他人であるわたしを。
「わたしはあの子を迎えに行く。ばかげた話だ。わたしはこの歳だ。あの子を引き取りたいと言ったところで、養子縁組の話は通らないだろう。しかし、やれるだけのことはやらなければならない。そうしなければ、わたしは死んでも死に切れない。だからお前もお前のやるべきことをやれ。姫君を救い出せ。その子が悲しむ限り、あの子の悲しみは晴れない。わたし達でどうにかするんだ。」
やはりにやりと笑う気配。しかし、ふざけているのではない。それは、こいつなりの決意の現われなのだ。
「姫君を救い出すには、俺は竜を殺さなくちゃならん。俺の世界において、10強に数えられる魔法使いをな。まあ、おれの仕事に比べたらあんたの方は楽なもんだろ?お偉いさん方に判子を押させるだけでいいんだ。親子になってもいいよってな。」
あいつも、わたしも分かっている。互いのやるべきことに優劣はないと。おそらく、どちらも不可能のほどの難問だと。しかし・・・それを・・・不可能を不可能と受け入れ、あきらめ切れないから自分達はこうしてつながっているのだと。
「また会おう、わたしの影。今度会うときはお互いがお互いのお姫様を幸せにしているときだ。」
最後になるかもしれない、そんな言葉。それは互いに短いものであった。
「じゃあな、俺の未来。お互いに生きていたらまた会おう。主に俺が。」
こうしてわたし達はそれぞれのやるべきことに向かいはじめる。それぞれの幸せな未来のために。
いったいどれほどの時間がたっただろう。気がつくと、少女の目の前に、いるはずのない人が立っていた。
「おじいちゃん・・・」
あり得ない人物。そう、目の前の人はいてはいけないのだ。自分を引き取るのはあの女。お母さんの妹とかいう、母の葬式にすら顔を出さなかったあの女。
経済力・社会的地位・人望など、ありとあらゆる点において目の前の老人の遥か高みにいる女に、私はもらわれるはずだったのだ。
あの女の見栄のために。
「帰ろうか?」
ふいに涙がこぼれ落ちる。どれほど気丈に振る舞おうとも、涙が止まらない。
「どこに?あの家?あの女のところ?いやだ、私は帰らない。私の居場所はあそこじゃない。」
不安と嬉しさが心をかきみだす。わかっているのだ。おじいちゃんが帰ろうと言ってくれているのは、あの女の家じゃない。
真夏だというのにクーラーも無くて、そしてテレビなんかチャンネルがネジで、そして冷蔵庫にはビールしかない、そんなどうしようもない人が住む家。
でも、畳はやさしくて、テーブルには昔話が彫ってあって、庭には野良猫のミケが住み着いていて、それからそれから・・・とても温かな人が住む家。
「わたしは結局あきらめきれなかった。理屈をこねたところで、それはなんの解決にもならなかった。ある若造にいわれたよ。どうしようもない現実をあきらめることが、あるいはそれを受け入れることが大人になるということなら、自分は大人にならなくていいと。」
おじいちゃんは恥ずかしそうに笑い、そして頭をなでてくれた。
「わたしはこの歳だ。もうすぐ然るべきときが来て、然るべき場所へ行く。ただ、その時が来るまではあがいてみたいと、つまり・・・」
それは70歳とは思えない、ひょっとすると、同い年の男の子じゃないのかと思ってしまうような笑顔で、おじいちゃんは笑った。
「君と過ごした時間は楽しかったということだ。だからもし、君がよければ、わたしと一緒に戦ってほしい。わたし一人じゃあ、この盤上の駒をひっくり返せそうにない。負け戦かもしれないが、それでもやる価値は十分にある。」
つい最近まで、わたしたちは赤の他人だった。
自分がやけをおこして忍び込んだ家の主が、目の前の老人だったというだけの話。
血もつながっていない。
縁もゆかりも無い。
他のだれが見ても、私たちに特別なつながりは無い。
だから目の前の老人が自分を引き取りたいといっても、それが通らないのは道理だ。でも・・・
それでも私たちは出会ったのだ。
そのことにはたいした意味なんて無いのかもしれない。運命なんて大それたものでもないかもしれない。
この出会いと、それから始まったあの幸せで馬鹿みたいな時間は、他の人たちにとってはなんでもない話なんだと思う。
でも、あの出会いは・・・たしかに運命なんてものじゃなかったかもしれないが・・・、
あの出会いは幸運だったんだと思う。
そしてこの人と一緒に笑えたこともまた。
それだけは絶対にたしかなことだから・・・
(わたしは世界の礎になるの。わたしの命の上に、幾千幾万の幸せと笑顔が生まれる。だからわたしは迷わない。これはきっと正しいことなんだから。でも、あの人は絶対に間違ってるって言った。魔法使いなんて名乗って、実を言うとただの魔術師で、結局ただの嘘つきだったあの人は・・・)
・・違う。
なぜだかわからないが、たった今そう思えた。きっと違うと。
夢の中に出てくるあの娘に、その人が嘘をついていたのはたしかだと思う。でも、それはきっと違う。
もし、その人が本当にあの娘のために戦っていて、そして何かに打ち勝とうとしているなら・・・
その人一人じゃ決して打ち勝てない。あの娘も一緒じゃなければ、幸せな未来はやってこないのだ。