日常1
それは「願い」であり、希望でした。
罪と泥とで薄汚れてはいましたが、世界に生きるものたちに取って、それは間違いなく、希望だったのです。
・・・少女は、約束を守ろうと思いました。
『日常1』
畜生道生活も、早一年。光陰矢の如しとはよく言ったものだ。
「マッカーサー、新聞とってきてー」
ご主人の声が聞こえる。
俺を貧相な段ボールから回収してくれた、心優しい女性。
ご主人のためなら、命もかけれる。それぐらいには、彼女のことを好きになった。
だから今日も新聞を取りにいく。
ちなみに、うちは「朝日」だ。
「香織さん、あの猫ってどこで拾ったんですか?まさか、隔離世なんてことはないですよね?」
だから、そろそろあの腰巾着をどうにかしようと思う。
なにやら、俺の正体に直感で気づき始めているようだ。
彼女に変なことを吹き込む前に、けじめを付けておいた方がいいだろう。
「え?ふつうに、垣根公園で拾ったんだけど?てか、隔離世って何よ?まあ、なんか他の子よりは、頭はいいと思うけど」
当たり前だ。これでも、元霊長。その辺の猫と一緒にしてもらっては困る。
「いや、そのですね。俺って、人生経験結構豊かなんですけど、そのカンが言うんですよ。「やつに関わっては行けない。関われば、面倒なことに巻き込まれる」って」
・・・あの少年、今日中に始末するか。
新聞を口にくわえながらそう思う。しかし、魔術が使えない以上、事は簡単には行かない。
こういったとき、この猫の躯が疎ましく思える。・・・夜は夜目がきいていいんだけど。
「なによ、そのカン。マッカーサーになんか文句あるの?こんないい子、どこ探したっていないよ!見て、あのつぶらな瞳!純
粋無垢って感じで、癒されるわー。もう、マッカーサーなしの人生なんて考えられない!って、新聞ありがとうね、マッカーサー。今日もあなたは最高よ」
たかだか新聞一つ持ってくるだけでこうも言ってもらえるなら、いくらでも持ってきてやるのだが、いかんせん、新聞は一日一回しか届かない。
夕刊も取ってほしいところだ。
「あー、そうですか・・・香織さんがいいって言うんなら、俺も文句無いんですけど」
そう言って、黙る少年。
しかし、こいつはいったいなんなのだ?
一週間前くらいから、こいつはこうして我が家を訪れるようになったの。
しかし現時点で、彼女との接点は未だに不明のまま。
ただし、間の抜けた顔をしたこの少年が、その辺を歩いてるような量産型の人間とは別格である事くらいは分かる。
「まあ、なんで霞君がマッカーサーを警戒しているかはさておき、伊織さんのことなんだけど・・・」
さて、そろそろ席をはずすか。
彼女の事は好きだが、彼女がやっている偽善は嫌いだ。
まあ、偽物でも、善なら良いのだろうが、世の中そううまくは行かないのが常だからな。
そう思いつつ、俺専用の扉から外に出る。どうやら今日は快晴のようだ。
これほどまでに天気がいいなら、玉虫山にでも遠出するか。あそこ日当りもいいし、なにより、ひとりになれるのがいい。
♪
さて、山にやってきたのはいいが、する事が無い。
とりあえずは昼寝だ、と寝転がる。
時間的にはあさの十時くらいなのだが、なんとなく、二度寝というものとは違う気がする。
のんびりとした時間が流れる。
あのとき。
異世界に流された上、こんな躯に不時着した時は、ほとほとどうしようかと思ったが、何とかなるもんだな。
別段、食うのにも困ってない。
躯が人であったときの感覚と幾分勝手が違うが、それもたいした問題ではない。
元々あの躯自体、俺のものではなかったし、それにこの躯だってそうだ。そういった観点から見ても、俺は何一つ変わっていない。
そう、あの日から何も、変わってなんかいない。
でも、それは悪い事ではないと思う。だからいいのだ、このままで。
俺は変わらず、生きていく。
このままずっと。
常のごとく。
今までみたいにずっと。
後悔しながら、生きていく。
『・・・』
山の中腹あたりから、町を見下ろす。
見下ろしたところで見えるのは、単なる人の営みくらいで、珍しいものなど何も無い。
しかし、まあ、悪くはない。珍しくもないが、悪くもない。それが、この町のいいところだ。
『やあ、猫さん。今日はきてくれたんだ。えへへ♪』
いきなりうれしそうに話しかけてくるクスノキの楓。
一人になれると思っていたが、そういえば、ここには神木である彼女がいたのだった。
・・・めんどいので、寝たふりをする。楓はうるさいんだよな、ほんとうに。
彼女は、こちらが口を開かずとも、一人でべらべらとよくしゃべるのだ。
口を開いたら、もっとしゃべる。
まあ、気持ちがわからなくもない。
一人ってのは、誰でも寂しいしもんだ。
神の眷属たる彼女でも、俺でも、ご主人であるあの娘でも、そしてたぶん、あの少年でも。
『・・・あれ?猫さん、シカト?神である私をシカト?それって、だめじゃない?神様は敬うものだよ?』
『・・・』
『猫さんってばぁ、お話しようよー。せっかくきたんだからさぁ。ねぇ〜。』
『・・・』めんどいので無視だ。今話せば??
『えい』
その一声とともに、何かが落ちてきた。
鼻の上に。
なんだ?と、目を開けると。
『?』 という感じの毛虫と目が合った(ような気がした)。
「!?なぎゃー!」
思わず叫んで、3メートルほどバックステップ。
その間、空中で頭を振りまくって毛虫を落とす。
『はあ、はあ、はあ・・・』
着地した時には毛虫はいなかった。
どうやら振り落とせたらしい。
『おはよ!猫さん。今日もいい天気だね!でも、やっぱりシカトはよくないよ。これでも私は神様なんだか・・・って、猫さん!やめて!なにしてるの!私の柔肌で、爪なんかとがないで!ちょっと、こら!キヅモノになっちゃうでしょう!』
もくもくと爪を研ぐ俺。そう言えば最近、爪研いでなかったから伸びてたんだよな。
どうせなら、こいつがなくなるまで爪を研ぐか。
『猫さん、ごめんなさい!私が悪かった!謝るから!謝るから爪は!爪は勘弁して!』
その必死の懇願を聞き、ガリガリを止める。
『・・・反省してんか?おい、クスノキ。だれに断わって、人の顔に毛虫落としてんだ?あ?つぎやったら、今日の10倍は爪
を研がせてもらう。・・・分かったか?』
(コクコク)
とうなずく気配。
『ったく、俺はのんびりしたいの。だから話しかけんな。今日は一日中ゴロゴロするって、さっき決めたんだよ。だから、ほっといてくれ』
そう言って、再びゴロンと横になる。
『・・・』
なんか、かなりいじけた気配が伝わってくるが、ムシムシ。
こんな天気のいい日はひなたぼっこに限るんだ。
ばかたれクスノキと話してる場合じゃない。
そう思いながら、おれは再びまどろみの中にその意識を沈めた。
♪
目が覚めると、もう夕方だった。俺って、えらく寝付きがいいな。
どうなってんだ?他の猫もそうなのか?
こんなに、猫って寝てるのか?
・・・どうでもいいか。
『じゃあ、帰る。またな』
挨拶もそこそこに引き上げるとしよう。
彼女が心配するといけないしな。
起き上がって、歩を家に向かって進めようと足をあげたとき、
『猫さん!』
そう呼び止められた。
振り向き彼女を見上げる。
去り際に彼女が自分に声をかけるなんて珍しい。
いつもなら、ダンマリを決め込んで、
「行くな」という雰囲気を出してくるのに。
『なんだ?』
と、問う俺。
これに対し、この土地一帯の守り神である彼女は、
『近いうちに、町に何かが起こるよ』
と、ありがたいご信託を宣ってくれた。
『・・・そうか』
俺は、彼女に一言そう返し、再び家へと歩みを進める。
町に何かが起こったところで、俺にはたいして関係のない事だ。
何かあれば、彼女だけは守る。
ただそれだけのこと。
いまさら、優先順位を間違えるようなへまはしない。
『私は神様なの、これでも!でも、だからこそ、何も出来ない!私は・・・』
歩みを小走りに変える。
彼女はまだ何か言っているみたいだったが、ムシムシ。
だって、今の俺は猫なのだ。
魔術も使えない、ただの猫。
そんな俺に何をいわれても、たいした事が出来るわけじゃない。
だったら、そんな話など・・・
聞かない方が、無力感を味わなくてもいい分???マシなのだ。
♪
「お帰り、マッカーサー。今日はいい一日だった?」
俺が家に帰り着いたときは、もう夜の11時くらいだった。今日はずいぶんと、遠出したものだと思う。
時刻が時刻なだけに、すでに彼女は寝る準備をすませていた。
見た感じ、かなり疲れているように見える。あの少年と何をしているか知らないが、楽しい事ではなさそうだ。
「にゃー」
とだけ、彼女の質問に答えておく。
何も癒し系の猫語で彼女を元気づけようとしているわけではない。
・・・それ以外、声がでないのだ。
日常1 了
『猫と日常』 blue birds 作
「32番目」に繋がる一柱。
テーマは、「存在意義」。
基本的に、「猫シリーズ」は短編で進んで行きます。
そしてそのゴールは、「32番目の物語」です。
この物語の主な登場人物は、神様の「楓」と、猫の「マイク」の二人です。
物語を通して彼らが出会うのは、様々な日常。
それはすべからく当たり前であり、そして、普遍です。
そんな当たり前の童話を、少しずつ進めて行きたいと思います。