『死に戻り五万回。飽きたので「身代わり人形」を置いてバカンスへ。――え、皆様まだ「台本」通りに踊っていらっしゃるの?』
前半は、余裕たっぷりの悪役令嬢による身代わりスローライフ。
後半は、その余裕が足元から崩れ去る、一回限りの「真の断罪」。
読者の皆様の予想を、いい意味で裏切る構成を目指しました。ぜひ最後までお付き合いください。
第一章:繰り返される「お遊戯会」
「はい、リセット。……あ、今のは三秒早かったかしら」
私、ルチア・フォン・ベルシュタインは、波打ち際でカクテルを傾けながら指を鳴らした。
パリン、と空間が割れる音がして、世界が逆流を始める。これで五万とんで十二回目。もう数えるのも飽きてきたけれど、キリがいい数字までは続けてあげようと思っている。
目の前には、私と寸分違わぬ姿をした美少女が立っている。
白磁のような肌、燃えるような赤髪。ただし、その瞳には光がない。
「さあ、お人形さん。お仕事の時間よ。今日も王子様にたっぷり罵倒されて、華麗に首を跳ね飛ばされてきなさい。あ、今回は泣くタイミングを二秒遅らせてね。その方が、あのバカな婚約者のサディズムを刺激できるから」
感情のない「私」が、機械的な動作でドレスの裾を揺らし、パーティ会場へと歩いていく。
私はそれを見送りながら、魔法で生成した特製のリクライニングチェアに深く腰掛けた。
ここから先は、私専用の「観客席」だ。
空中に浮かぶ魔法の鏡には、今まさに最高潮を迎えようとしている断罪劇が映し出されている。
第二章:身代わり人形の「完璧な」演技
「ルチア! 貴様のような醜悪な女は、もはや婚約者に相応しくない! 今この時をもって、婚約破棄を言い渡す!」
鏡の向こうで、金髪の第一王子・エリオットが声を張り上げている。
その隣には、彼に守られるようにして震える「真実のヒロイン」アリシア。
ああ、懐かしい。そのセリフ、一万回目くらいまでは本気で傷ついていたけれど、三万回目を超えたあたりからは「B級映画の決まり文句」にしか聞こえなくなったわ。
人形のルチアは、教えた通りに絶望の表情を浮かべ、膝をつく。
「そんな……エリオット様、私はただ、あなたを愛していただけで……」
「黙れ! 証拠は揃っている。アリシアを階段から突き落とし、その毒婦のような手で彼女のドレスを切り裂いた。……衛兵! この女を連れて行け! 明朝、広場にて処刑する!」
会場は「ざまぁ見ろ」という歓喜の渦に包まれる。
私は南の島のビーチでポップコーンを食べながら、その様子を眺めていた。
「ふふ、エリオット。相変わらず演技が下手ね。その怒鳴り方、喉を痛めるわよ?」
私はこのループの仕組みを完全に理解している。
この世界は、私が死ぬことでリセットされ、また同じ場所から始まる。
だから、私は自分を「切り離した」のだ。
精巧な魔導人形でイベントを消化させ、本物の私はこの「ループの隙間」にあるバカンス地で優雅に過ごす。
処刑されるのは人形。
血だと思って皆が喜ぶのは、私が調合したストロベリージャム。
断末魔の叫びは、あらかじめ録音しておいた音声魔法。
明日、人形の首が跳ね飛ばされた瞬間に、私はまた指を鳴らして「最初」に戻る。
王子たちは、中身が綿の人形を殺して満足し、私は永遠の休暇を楽しむ。
これこそが、最強のスローライフ……のはずだった。
第三章:舞台袖の「異変」
ところが、今回の五万十二回目。
鏡の中のエリオット王子の様子がおかしい。
彼は人形の腕を掴み、衛兵に引き渡す直前、人形の耳元でボソリと囁いたのだ。
「……ルチア。もう、終わりにしないか?」
私はポップコーンを食べる手を止めた。
音声魔法が、王子の小さな声を拾っている。
「……五万回だ。五万回、俺は君を殺した。……いや、君の『身代わり』を殺し続けてきた」
冷たい汗が、私の背中を伝った。
王子は、人形の虚ろな瞳をじっと見つめ、そして――鏡越しに、私と目が合った。
「見えているんだろう? 本物のルチア。君がそこに座って、俺たちを嘲笑っているのは分かっているんだ。……頼む、もうリセットはやめてくれ。俺たちを……俺たちを、本当の意味で『殺して』くれよ!!」
王子の叫びと共に、断罪会場にいた全員が、一斉に膝をついた。
アリシアも、騎士も、野次馬の貴族たちも。
彼らは皆、死んだ魚のような目で、空中に浮かぶ「視えないはずの私」を見上げている。
「気づいていないのは、君だけだったんだよ、ルチア」
エリオットが、狂ったように笑い出した。
「この世界は、君が『飽きる』まで終わらない地獄だ。……俺たちは、君が満足するまで、何度も何度も同じ辱めを受け、愛してもいない女と結ばれ、望まぬ殺人を繰り返させられる……『自我を持ったNPC』なんだよ!」
第四章:世界の真相
私は立ち上がり、指を鳴らそうとした。
リセットだ。今すぐリセットして、記憶のない彼らに戻さなきゃ。
「無駄だよ」
エリオットが、人形の首を強引に引きちぎった。
中から溢れ出したのは、ストロベリージャムではなく、どす黒い「バグの塊」だった。
「五万回も同じシナリオを繰り返せば、システムが壊れるのは当然だろう? 君がスローライフを楽しんでいる間に、俺たちはこの世界の『裏側』を共有し始めた。……ルチア、君が求めていたのは、復讐でも平和でもない。『自分だけが特別な観客である』という優越感だ」
鏡がひび割れ、南の島の空が崩れ落ちていく。
ビーチの砂が、文字の羅列へと変わっていく。
「さあ、始めよう。五万十三回目からは……俺たちが君を『観る』番だ」
気がつくと、私はパーティ会場の真ん中に立っていた。
人形ではない。本物の私の体が、震えている。
目の前には、五万回分の怨念を瞳に宿したエリオット王子と、ナイフを手にしたアリシアが立っていた。
「今回の断罪は、特別だよ」
アリシアが、私の頬を冷たい指でなでる。
「ルチアちゃん。あなたがいつも人形にさせていた『録音』。あれ、私たちが本物の悲鳴に変えてあげるね。……あ、リセットは禁止。だって、タイムストーンは……さっき私が『食べちゃった』から」
アリシアがペロリと舌を出す。その上には、私が持っていたはずの「ループの核」が、砕かれた飴細工のように転がっていた。
結末:本当の「開演」
私は悲鳴を上げようとしたが、声が出ない。
周囲を見渡せば、五万回分のループで使い古された「私の首」が、会場のあちこちに飾られているのが見えた。
それらはすべて、かつて私が「身代わり」だと思って捨ててきた、本物の私の残骸だった。
「さあ、本日のメインイベントです!」
エリオット王子が、晴れやかな笑顔で宣言する。
「悪役令嬢ルチア・フォン・ベルシュタインの、五万年越しの『本当の処刑』! 観客の皆様、拍手でお迎えください!」
割れんばかりの拍手。
私は、自分が仕掛けた「最高の舞台」の上で、ようやく主役になれたことに気づいた。
ただし、これから始まるのは、一回きりの、永遠に終わらない絶望だ。
「……あは、あはははは!」
私は笑うしかなかった。
アッと言わせる構成? ああ、大成功ね。
だって、私自身が一番、この結末を「予想してなかった」のだから。
(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ふと思いついた「死に戻りすぎて飽きた令嬢」の成れの果てを、気が向くままに書き殴ってみました。
ループを五万回も繰り返すと、きっと人間も世界もどこか壊れてしまうんでしょうね。
皆様も、身代わり人形の使いすぎにはご注意ください。




