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9/11

リリアナはセシリアと語り合う

 その夜、家族での夕食会が開かれた。


 大きなダイニングルーム。長いテーブルには豪華な料理が並んでいる。

 公爵令嬢だった頃は当たり前だった晩餐の光景だけれど、硬いだけの黒パンと冷たい塩スープだけだった獄中生活とは比べ物にならない。

 あまりに目を輝かせてよだれが出そうになっていたからか、横に座る母にたしなめられてしまった。


 上座に座るのはエルフリート公爵様。私の実の父親。

 五十代と思われる男性。金髪に口髭を蓄え、がっしりとした体格。厳格そうな顔立ちだが、母を見る目は優しい。


「やっとこの日を迎えられた」


 公爵様が母に微笑みかける。


「マリア、君がここにいてくれて嬉しい」

「公爵様……」


 母が頬を染める。


 その様子を、セシリアお姉様は一切見ようとしない。ただ静かに、食事が始まるのを待つばかりだ。


 私は居たたまれない気持ちになった。

 お母様を亡くされたばかりのお姉様の前で、父が愛人と睦まじくしている。どれほど辛いだろうか。


「リリアナ」


 突然、公爵様が私に話しかけてきた。


「私はリリアナを公爵家の娘として歓迎する。貴族と平民とでは部屋、衣装、食事……そのどれもがこれまでとは全く異なる。だが、それは決して貴族が無条件で贅沢をしていいわけではない」

「はい、公爵様」

「これからの待遇の対価は貴族としての義務を果たすことだ。これからは勉学に励むように。公爵家の令嬢として恥ずかしくない教養を身につけなければならん」

「承知いたしました」


 公爵は満足そうに頷いた。


「セシリア、お前からもリリアナを指導してやってくれ」

「はい、お父様」


 セシリアお姉様が答える。アルカイックスマイルを浮かべて頭を垂れた。


「喜んでリリアナの姉として、一人前の淑女となる手助けをいたしますわ」


 嘘なのかどうか、判断がつかない。

 完璧に演技をして、優しい姉を装っているのか。それとも、当初は本当にそう思ってくれていたのか。

 魅了の異能のせいで、前回のどこまでが真実でどこからが嘘偽りなのか、私には分からない。


 けれど、ここで私がセシリアお嬢様を警戒するのは違うと思った。

 なら、私は正直に感じたまま捉えて、素直に感謝を述べよう。


「セシリアお姉様、ありがとうございます」


 私は真っ直ぐにお姉様を見た。眼鏡越しに。


「私、お姉様から色々と学びたいです。どうか、よろしくお願いします」


 セシリアお姉様の表情が、一瞬だけ揺らいだ。

 困惑? それとも警戒?


「……ええ、もちろんよ」


 お姉様は微笑んだ。でも、その目には初めて私への疑いが込められていた。


 最初の晩餐は滞りなく終わった。

 主に喋っていたのは公爵様で、母が受け答えした。時折私やセシリアお姉様に話題が振られたので、私は思ったままに、けれど失言はしないよう気を付けて答えた。

 セシリアお姉様の返答は終始無難なものだった。あまりに自己主張しないものだから、まるで息をひそめてこちらを様子をうかがっているように感じた。


 食事が終わり、それぞれの部屋に戻ろうとした時、


「リリアナ」


 セシリアお姉様が、私を呼び止めた。


「少しお話ししない? せっかく姉妹になったんだもの。交流を深めたいわ」

「はい」


 私はお姉様に従って、部屋に案内された。


 重厚な木製の家具。本棚には分厚い書物が並んでいる。窓からは夜の庭園が見える。夜の景観を楽しむためだと深夜になるまではところどころで灯りが灯されている。前回、お姉様はこの様子を『ライトアップ』と言っていたっけ。


 セシリアお姉様は扉を閉めると、私の方を振り返った。

 その表情は先ほどと同じく、完璧な微笑みを浮かべていた。


「リリアナ、これから一緒に暮らすことになるのだから、仲良くしていきたいと思いますの」


 不慣れな新しい妹を思いやる優しげな声。上流階級に相応しい上品な言葉。

 でもその目は、私の一挙動たりとも逃さない、と言わんばかりに鋭かった。


「私もです、セシリアお姉様」

「リリアナはまだ幼いですし、これから学ぶことがたくさんあるでしょう。何か困ったことがあれば、遠慮なく相談なさい。家の者がリリアナを侮るようでしたら、私から注意しましょう」

「ありがとうございます」

「それと……」


 お姉様が近づいてくる。

 前回を通しても、ここまでお姉様と接近したことは数えられる程度しかない。


「公爵家の令嬢として、ふさわしい振る舞いを心がけてくださいね。この家の評判に関わりますから」


 その注意には微かな棘があった。


 嫌な奴、と思うのは簡単だ。けれど、私が醜態をさらせば個人の問題では済まされず、セシリアお姉様も公爵家の者として頭を下げなければいけない。ここはそういう世界なのだ、とあらかじめ言い聞かせるのは教育の一環とも捉えられる。


「はい。気をつけます」

「結構。ところで、その眼鏡……」


 お姉様が私の眼鏡を見た。


「度が入っていないようだけれど、オシャレかしら?」


 心臓が跳ねた。


「度、とは、何ですか? すみません、私、知らなくて……」

「眼鏡はかければ視力が治る魔法の道具ではないのよ。眼鏡にはめられた硝子で光を屈折させて見えやすくしているの。だから、度が入っている眼鏡をかけている人の目元は相手からは少し歪んで見えるの。リリアナのは凹凸の無いただの伊達眼鏡ね」


 伊達眼鏡、の意味は分からない。

 けれど、何となく、飾りをつけているだけじゃないの、と言われているのは分かった。

 疑われている。私が身に着けている、この邪眼殺しを。


「あ、いえ……その、ほんの少しだけ見えやすくなるんです」

「そう。でしたら、もっと素敵な眼鏡を用意いたしましょうか? その眼鏡は少々古いデザインですし……地味ですわ」

「いえ、大丈夫です。これが気に入っているので」


 お姉様は一瞬だけ目を細めた。けれどすぐに不思議そうな顔をさせ、それからすぐに微笑む。


「そう。それならいいのですけれど」


 お姉様はそれ以上何も追及しなかった。

 けれど、お姉様に疑念を与えてしまったのは間違いない。


 大丈夫、この時点でお姉様がこの眼鏡の正体に気付く筈がない。邪眼殺しはシュタイナー家秘蔵の逸品。いかに公爵家の御令嬢といえども幼いお姉様が今の段階で知っていやしまい。


「では、今日はもうお休みになって。明日から本格的に勉強が始まりますから」

「はい。おやすみなさい、お姉様」

「おやすみなさい、リリアナ」


 部屋に戻る時、廊下を歩きながら考えた。


 さすが、セシリアお姉様は鋭い。ちょっとでも油断しているとすぐにぼろを出してしまいそうだ。

 けれど私を家族として歓迎するよう振舞っていることからも、現時点で事を荒立てる気は無いようだ。

 だとしたら……私は疑われないよう、自然を装うのが一番いいのかもしれない。


 目立たず、静かに、ただ勉強に励む。

 それが、お姉様の警戒を解く一番の方法だ。

お読みいただきありがとうございました。

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