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リリアナはヴィクトールと対面する(中)

「侯爵様から教わりました」

「……」


 あ、これ問答無用だ。そう悟った時にはもう遅かった。

 ヴィクトール様は僅かに腰を上げて――、


「お兄様、もう少しだけ聞きましょう。この方は嘘を言っていません」

「……。続けろ」


 ロゼリア様の言葉を受けて、再び椅子に腰を落ち着かせた。


 心臓が胸から飛び出しそうで、眩暈で頭がくらくらしてくる。

 流れ出る汗を拭いたくても、それすら許されない雰囲気にこの場が支配されていた。


「私はお前と初対面だ。お前は私に認識されないまま情報を引き出した、とでも言いたいのか?」

「いえ。信じられないかもしれませんけれど……私は過去に戻って人生をやり直しているんです」

「過去に戻って……? 一体何を言っている?」

「今から数年先、私は魔女として侯爵様に捕まり、断罪されました。その時に侯爵様から説明を受けました」


 さすがのヴィクトール様も驚いたようだ。


 ばかばかしいと話を打ち切られるかとも不安だったけれど、異能の封印という自分たちしか知らない情報を提示したことで、その可能性がありえなくもないと考えたのだろう。


「未来で……いえ、やり直す前の人生で、私は魅了の魔女として処刑されました。侯爵様の手で、断頭台で、この首を……!」

「まさか、いや……しかしそうとしか……」


 侯爵の声は静かだった。怒りでも驚きでもなく、困惑しつつも私が口から紡ぐ情報を冷静に整理しているようだった。


「前回、私は自分が異能を持っていることに、全然気づきませんでした。ただ、なぜか色々な人に好かれました。私が望めばみんな叶えてくれました。そして……それが当然だと思っていました」


 言葉が溢れ出す。堰を切ったように。


「でも違った。私は知らずに、たくさんの人を魅了していたんです。公爵家の人々を、学園のみんなを、王子様方すら」

「魅了。そうか……。この家の者はそれで……」

「どうして魔女として処刑された私が天に召されず、地獄にも落とされなかったかは分かりません。けれど、実際に私はこうして今日から人生をやり直しているんです。魅了の異能を持ってしまったままで」


 私は顔を上げて、侯爵を見た。


「だから、知っているんです。侯爵様がシュタイナー家に伝わる秘術で異能を封じられることを。やり直し前、侯爵様は私を捕らえた際、異能を封じてくださいました。その時の記憶があるんです」


 侯爵様は何も言わなかった。

 ただ、じっと私を見つめている。


「信じられないのは分かっています。でも、本当なんです。私は……もう二度と、あんな過ちは繰り返したくない。誰も傷つけたくない。だから、今度はこの異能とは無縁の生活を送りたいんです」

「……」


 沈黙が続く。

 長い、長い沈黙。


 ロゼリア様もヴィクトール様がどのような決断を下すか、固唾を飲んで見守ってくれている。今日出会ったばかりの私を案じてくれているように思えて、嬉しさがこみ上げてしまった。


「……。分かった。お前の望みを叶えよう」

「……! 本当ですか!?」


 私は思わず歓喜の声をあげてしまった。恥ずかしさと恐怖を入り混じらせながら立ち上がりかけた腰を下げる。


「てっきりこの先で何が起こったかを説明しなければ駄目かと思ってました」

「その証明は必要無い。平民の娘に過ぎないお前がこの家で継承される封印のことを知っているだけで、根拠としては充分だ」

「そうでしたか……。それで、あの、すみませんが……私にはお支払いできる手持ちが無くて……。私、一生懸命働いて返しますから!」

「魔女の断罪が我が家の使命だ。魔女の出現を未然に防ぐのもその範疇。金を払う必要は無い」


 それは大変ありがたい。さすがにこれからすぐ公爵家の娘になるとはいえ、その資産を横領するわけにもいかないもの。その専門性から一生働いても返せない大金が必要とも覚悟していたから、その心配をしなくていいだけでも大きい。


「ただし、対価として二点だけ質問に答えてもらう」

「私に話せる事でしたらどうぞ何でも聞いてください」

「お前が魅了の異能持ちなのは分かった。だがやり直しについては心当たりが無いような口ぶりだったな」

「それは……」


 言われてみれば、確かに「どうしてやり直せたか」までは考えが及ばなかった。神の思し召しか、はたまたは別の異能による現象か。ただ一つ確かなことは、私が頭を悩ましたところで全く分からないってことだ。


 私の反応を窺い、これ以上の情報は引き出せないと判断したからか、ヴィクトール様は「そうか」とだけ呟いてこの話題を打ち切った。


 彼の隣でロゼリア様は紙に何かを書き記している。私たちの会話を記録しているのだろうか。斜めから見る限りでもとても美しい文字で書き綴っていた。ミミズがのたうち回ったような字しか書けない私にとって、羨ましい限りだ。


「お前は先ほどロゼリアを励ましていたな。それは打算があってのことか? あわよくば妹を懐柔して私への交渉の材料にするつもりだったか?」

「とんでもない! ロゼリア様はこんな見ず知らずの私に対しても優しく応対してくれました! 利用するだなんて、そんなこと考えても……!」

「なら、ロゼリアの体調が改善するのは、お前にとっては確定事項か?」

「っ……! そ、それは……その……病は気から、って言いますし……」


 ヴィクトール様の鋭い質問に私は答えをはぐらかすしかなかった。


 口が裂けたって言えるものか。ロゼリア様はこれから回復することなく亡くなってしまうだなんて。それに私にとっての過去がこれからの未来にまた起こるかはまだ分からないわけだし、ただ不安を招くだけだろうから。


「お兄様。リリアナの言う通りかもしれませんよ」


 部屋の中に漂う重たい空気を吹き飛ばしたのは、当のロゼリア様だった。

 彼女は朗らかに兄に笑いかける。ヴィクトール様は軽く驚いたようだった。


「お兄様が危惧されている通り、私は多分少しリリアナに魅了されていると思います。リリアナのためになりたい、と思えてくるんです」

「心配するな。この娘の異能を封印すればじきに解放される」

「んもう、お兄様ったらせっかちなんだから。話は最後まで聞いてくださいませ」

「ん……すまない。続けてくれ」

「私が言いたいのは、リリアナの「大丈夫だから諦めないで」「きっと元気になる」って希望を受けて、今は気分が良いんです」

「なに……?」


 これにはヴィクトール様も驚きを隠しきれていない。彼は私への警戒すら忘れ、ロゼリア様をじっくり見つめて観察する。目の端で伺う限り、待機する使用人たちも動揺しているようだった。


「確かに……ここ最近で一番体調が良いようだ。本当にこれも魅了の異能がもたらした影響によるものなのか?」

「断定するのは早いかと。ですが……もしかしたら私だって運命を乗り越えられるかもしれませんね」

「っ……! ……。なるほど、そんな考え方もあるのか……」

「お兄様、まずは寛大な決断に感謝を。ですが、私もリリアナもまだ行き着く先は不確定だと思うんです。道標に記される矢印の方向は今、お兄様が決められます」

「そうか」


 侯爵様は小さく呟いて、目を閉じた。


「それも、お前が妹に「元気になる」「大丈夫だ」と言い続けた理由か」

「だって、おこがましいかもしれませんけれど、もし私が救いの手を差し伸べられるんだったら、してあげたいじゃないですか」

「……口では容易く言えても実際にそう出来る者は少ない。そんなお前を私は処刑したのだから、それほど魅了の異能は厄介なのだな」


 侯爵様が目を開ける。

 その瞳には、まだ警戒がある。でも、先ほどよりは少しだけ、柔らかくなっていた。

お読みいただきありがとうございました。

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