◆セシリアは前世を思い出す
超絶悲報、私の人生が詰んだ件について。
ある朝、目が覚めたら全くの別人に成り代わってた。
まず視界に飛び込んできたのは、大学時代で大奮発した卒業旅行で行った中世の大宮殿みたいな無茶苦茶豪華な内装の部屋だった。こんな所に住んだら軽く王女様気分よねー、だなんて学友と会話した記憶があるけれど、まさか当事者になるなんて思ってもいなかったわよ。
いえ、正確には語弊がある。サブカルチャーとして浸透した異世界転生は私も好きだったし、何なら深夜残業間際まで働いて定時、みたいな社畜生活を送るうえではそういった作品に没頭するのは心の癒しだったし。
時々思ったことはあったわよ。もし自分が異世界転生したらなぁ、なんて。そのたびに「いや無理でしょ、知識チートとか」って結論になったわね。別にこれといって専門的な知識は無いし、女神さまがチートスキルを授けてくれることに期待するなんて馬鹿げてるし。
異世界転生は読者として追体験するから楽しいんであって、当事者になるなんてもっての他よねー。
なんて笑っていた自分が、どうして異世界転生してるのかしら?
まずは自分の状況を確認しましょう。
私の頭の中には二人分の記憶がある。一つは現代社会でOLだった私、もう一つはこちらの世界で公爵令嬢の私。
公爵令嬢としての私だけだったら他人の記憶が自分の頭に書き込まれるなんて恐怖でしかないけれど、社畜OLの私としての知識が情報の整理に役立ってくれる。
次に……今の私はどちらが主人格なのか? これ結構重要。
一つは公爵令嬢の私をOLの私が乗っ取った可能性。
もう一つは単に前世を思い出しただけでベースは公爵令嬢の私のまま。
昨日までの自分、前世の自分、そして今の自分、この三者を比較してみると……どうも今の私は混ざり合って統合された状態みたいね。昨日までの私の考え方、思いが塗りつぶされなかったことには安堵しかないわ。
化粧台の鏡の前で向こう側の自分を確認する。多少きつめながらも絶世の美少女と言って差し支えない美貌、星をちりばめたように輝く金髪、宝石のような碧眼、潤って張りのある肌、幼いながら出るところは出始めて引き締まるところは引き締まった身体。どれか一つの要素を取っても前世の私からしたらうらやましい限りね。
もちろん外見だけじゃない。今の私は才色兼備で頭脳明晰。非の打ちどころがない。貴族令嬢の模範とも称えられるのは決して大げさじゃない。それだけの能力が私にはある。ゆくゆくはこの王国を支え、歴史の偉人として名を連ねることだって夢じゃない。
そんな私がどうして詰んだかって? そりゃあもちろん、前世OLだった私が公爵令嬢の私の未来を知っているからよ。
「あ、悪役令嬢、セシリア・エルフリート!?」
知ってる。確か元は同人作品で、のちにノベル化、漫画化、アニメ化を果たし、スピンオフが幾つも書かれた人気作品だ。
悪役令嬢が本来乙女ゲームにいなかったのは周知のとおり。この作品はあえて小説投稿サイトで一定の人気がある、悪役令嬢もの小説で設定上よく登場する乙女ゲームを再現したのよね。
この原作乙女ゲーム、かなり難易度が低い。攻略対象者は主人公兼ヒロインにイチコロだし、悪役令嬢は公爵令嬢なのに小物ムーブ全開でヒロインをいじめてくるし。
ただ、そうしたシンプルな内容をねじ伏せてくる素晴らしい描写が多くのファンを惹きつけた。かつ想像の余地がふんだんにあるので二次創作が活発で、悪役令嬢がヒロインをざまぁするSSはむしろ王道だったわ。
そう、原作乙女ゲームは勧善懲悪。
悪役令嬢はどのエンディングを迎えても断罪の後容赦なく破滅する。
修道院行きや親ぐらい離れた年の色ボケジジイに嫁ぐのはまだマシな方で、描写はぼかされていたけれど、娼婦堕ちや処刑エンドだってあった。悪役令嬢は無様にざまあされてこそ、って製作人の強い意志を感じたものだわ。
じゃあ悪役令嬢ものよろしくヒロインを出し抜けばいいのか? いやいや、そんな簡単な問題じゃない。
悪役令嬢の勝利はすなわち原作乙女ゲームでのバッドエンド。バッドエンドを迎えたヒロインの末路はそりゃあ酷いものだった。
一番印象に残っているのは、ヒロインの魅了の異能が暴走して常時発動しちゃうようになって、魔女として処刑される展開だったかしら。
んー、ヒロインって原作だと操作キャラだったから思い入れがあるし、アニメ版は大団円の和解エンドだったから、そこまで嫌いになれないのよね。いっそ漫画版二作目のように典型的ヒロイン(笑)ムーブするカスキャラだったら、容赦なく地獄に叩き込めるのだけれど。もし単に純真なだけだったら、いくら助かるためとはいえ、リリアナを犠牲にしたくはないわ。
「確かリリアナが公爵家に迎え入れられるのは……今日!?」
気が付いたら、私は化粧台の上に置かれていた化粧箱を床に叩きつけていた。
お父様がお母様を愛していないのは分かっていた。
お父様とお母様はそれぞれの家のために結ばれた政略結婚。愛が無かったけれど、決して仲が悪かったわけじゃない。いわば二人は公爵家を円滑に運営するビジネスパートナーのような関係だったわ。だからお父様に愛人がいてもお母様は黙認したし、愛人へ貢ぐ際もお父様のポケットマネーから捻出させてたものだもの。
お母様ったら結構ドライなところがあって、公式ミニストーリーではこんな夫婦のやり取りが交わされている。
「あなた。もしわたくしが先に旅立った場合についてをしたためましたので、早いうちにご確認くださいませ」
「……。喪に服さなくても良い、とはどういうことだ? 言っておくが私はそこまで人でなしではないぞ」
「喪に服するのは今の生きる人たちが心の折り合いをつけるためのもの。死者のわたくしには全く関係ありませんので」
「君がそれでいいなら私は構わないが……セシリアが耐えられるか?」
「遅かれ早かれマリアさんたちを迎えるつもりなのでしょう? 聡いセシリアは時間の問題だと察しています。ですが、あなたには妻への愛が無くとも娘への愛はあると信じています。愛人を後妻にしたからってセシリアを虐げるつもりは無いのでしょう?」
「もちろんだ。そんな常識外れな真似は決してするものか!」
「……あなた、セシリアをよろしく頼みます。私に似てくれて強い娘だけれど、支えになってあげて」
「ああ、約束しよう」
これがパートナー関係だったお父様とお母様とで交わされた最後の会話だ。そんなお母様の願いとお父様の決心は、リリアナが無自覚に振りまく魅了の異能のせいで全てが覆っていくことになる。
そんな前世の知識があったところで、まだ成長してない子供の私が受け入れられるわけないじゃない。お母様が亡くなってからまだそんな日数も経ってないのに、お父様はもうお母様のことを忘れて愛人を迎えるのか。
お母様を蔑ろにするお父様なんて大嫌い、許せない!
そんな公爵令嬢としての私の衝動で、つい化粧箱を壊しちゃったわ。
癇癪を起こした私は、頭に血が上って熱くなった顔に手を当てて、高鳴る鼓動を鎮めようと深呼吸を繰り返す。
……ふう、何とか落ち着いたわ。前世で大人だった経験があっても、子供らしい情緒不安定さは抑えられないのね。
冷静になりなさい、セシリア。今必要なのは感情を爆発させることじゃなく、これからを見据えて方針を決めることよ。
「肝心なのは、この世界がどのルートを元にしてるのか、ね」
原作乙女ゲーム準拠だったらまずい。悪役令嬢役の私は破滅まっしぐらだ。
漫画版も三つあるからややこしい。
大団円だったアニメ版だったら万々歳。
最悪、ネット上で無数に投稿された二次創作のどれかって可能性も考えられる。
現時点では判断材料が無いわ。それに事実は小説よりも奇なり、って言うし、実際どう転ぶかは想像もつかない。
こうなったら当の本人、リリアナの動向から逐次判断して軌道修正していくしかないわ。私が破滅するのは論外として、出来ればリリアナも無難に終わる、所謂ノーマルエンドにこぎつけるのがベスト、って言ったところかしら。
「よーし、やるぞー!」
見てなさいよ、原作乙女ゲーム。
私、セシリア・エルフリートは必ず運命に打ち勝ってみせるんだから!
ちなみに、叫びながら化粧台を壊したせいで、後で侍女におなかいっぱいになるぐらい怒られてしまったわ。
ちなみに前回のセシリアもこの時点で前世を思い出すも、リリアナを容赦なく破滅させる計画を練り始めます。




