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◆セシリアは婚姻の約束をする

 クラウス殿下との婚約がめでたく無かったことになり、エドヴァルト殿下と婚約したことによる影響がどのようなものか、今一度整理するとしましょう。


 まず、当たり前なのだけれど、クラウス殿下との接点はめっきり減ったわ。本格的に王太子妃教育が始まったのもあるけれど、エドヴァルト様の婚約者になった私とこれ以上時間をともにするわけにはいかないでしょう。


 逆に、原作乙女ゲームであまり接点の無かったエドヴァルト殿下と一緒に過ごす機会がかなり多くなったわ。お互いに相手を尊重して、思いやり、愛をゆっくり育んでいこう、って話になったので、順調に交流を重ねている。


 そんなクラウス殿下の婚約者には、カタリナ・ベルンシュタイン辺境伯令嬢が選ばれた。彼女は本来ならクラウス殿下の側近になるフリードリヒ様の婚約者になる筈だったのだけれど、この変化は私が筋書きを修正した影響かしらね。


 エドヴァルト殿下と一緒に学園に通っている間はとても充実していたわ。王太子の名に恥じない振る舞いと成績で、同学年の先輩方は口を揃えて「次の代も王国は安泰だ」って褒め称えていたぐらいに。


 私はそんなご立派なエドヴァルト様の婚約者として恥のないよう頑張った。とは言え、寝る間も惜しむほどじゃない。睡眠不足で目の下にくまが出来てしまうと、エドヴァルト様に一発でバレちゃうもの。


「私はセシリアの体調の方が大事だから。無理はしないで」


 と甘く囁かれて頷かない女子なんていないでしょう。断言したっていい。


 私が楽する分エドヴァルト様の負担が増すわけではなく、かと言ってエドヴァルト様や私がやるべきことを後回しにするわけでもない。エドヴァルト様は期限管理をきちんとするよう関係部門に通達して、炎上している部門には増員したりと、王太子や王太子妃が抱えすぎないよう王宮内を整理したのだ。


「業務効率化、だったっけ? セシリアが常々口にしてたじゃないか」


 まさか社畜OLだった前世の愚痴をエドヴァルト様がちゃんと聞きくれていて、しかも短期間で改善してくださるなんて思いもしなかった。今後も個人スキルと膨大な時間だよりの社畜一直線かもと覚悟していたのに、吉報と言う他無かった。


 おかげで学園に通う時間も確保出来だ。学園の行事で一緒に過ごした時間、学園内の改革に一緒に取り組んだ時間、原作乙女ゲームでは、そしてこれまでの王宮でのお茶会では決して見れなかったエドヴァルト様の側面、魅力を知ることが出来た。


 そんな素晴らしかった青春はあっという間に終わりを迎えた。

 エドヴァルト様の学園卒業をもって。


 私は胸を張ってエドヴァルト様を見送りたかった。笑顔で「卒業おめでとうございます」って言いたかった。けれど、これから私一人になるかと思ったらあまりに寂しくて悲しくて、つい泣いてしまった。


「泣かないで、私のセシリア」

「だって、だって。私は明日からエドヴァルト様がいないかと思うと、胸が苦しくて、締め付けられて、張り裂けそうで……」

「大丈夫。どんなに離れていても私の心はいつもセシリアのそばにある。呼んでくれればいつだって駆けつけるから」


 こんなみっともない私をエドヴァルト様は抱きしめてくださった。それがとても嬉しくて、また泣いてしまった。正直、まさかここまで私が感情を揺さぶられるなんて、前世を含めて一体いつ想像したかしらね。


「セシリア。君が卒業したら、結婚しよう」

「……。ふふっ、エドヴァルト様ったら、私たちの婚姻の時期は既に決まっていますでしょう」

「それは王太子と公爵令嬢の、だろう? 私はエドヴァルトとしてセシリアと添い遂げたい、と願っている。セシリアは私が王太子でなければ嫌かな?」

「そ、そんなことありませんわ! 私は、皆の模範であらんとするエドヴァルト様を尊敬……いえ、お慕い申しております」


 エドヴァルト様は私の前でひざまずき、私の手を取り、そっと口づけをした。

 何をされたか理解するのに結構な時間を要したし、やっと頭の中に情報が入ってきた途端に顔が真っ赤になったんじゃないかってぐらい熱を帯びた。


 正直この時周りを気にする余裕が全く無かったのだけれど、他の卒業生や在校生、それから保護者の方々がこちらに注目していたらしい。エドヴァルト様は学園を初めとして公の場では常々私への愛を口にしていたのだけれど、その極地とも言えたから。


「セシリアの卒業の日、迎えに来る。結婚式は後回しにして、籍は入れてしまおう」

「そんなの、両陛下がお許しになりませんわ」

「両陛下の説得は私に任せてくれ。私は一日も早くセシリアと一緒になりたいと思っている。無論、セシリアが嫌なら節度を保つよ」

「……。嫌なわけ、ありませんわ……」


 私を見上げるエドヴァルト様のお顔はとても美しくて、爽やかで、優しかった。

 私は何もかも忘れてエドヴァルト様に見入ってしまった。


「愛しているよ、セシリア」

「私も愛しています、エドヴァルト様……」


 なお、この熱烈な告白は現在語り草になっていて、今も聞けば恥ずかしくて身悶えしている。


 エドヴァルト様が卒業なさってからは主にクラウス様と私が学園を代表する生徒になった。前世で例えると生徒会のような組織で共に仕事をすると、改めて彼もまた優秀なんだと理解出来た。


 クラウス様は私に選ばれなかったことはさほど気にしていないようだった。私がフッたも同然なので最初のうちは気まずかったので、正直大いに救われた気分だった。どうやらカタリナ様が献身的に彼を支えているのが大きいようだ。


「エルフリート公女。兄上とは順調に関係を深めていると聞く」

「ええ。エドヴァルト様が学園をご卒業なされてから会う機会は減ってしまいましたが、その分お会いした時の喜びは一押しになりましたの」

「それは良かった。兄上と貴女の仲が良いことは私にとっても嬉しい限りだ」

「そう仰る殿下もベルンシュタイン嬢とは良好な関係を築けているようで」

「婚約関係になった時はさほど親しくなかったが、話していくうちに彼女の魅力が少しずつ分かってきた。今では両陛下には感謝している」

「そう、ですか……」


 婚約者に誠実。現時点のクラウス様がとても素晴らしい殿方なのは疑いようもない。そんな殿下が原作乙女ゲームの本編に差し掛かった途端、恋に溺れていくなんて……想像も出来ない。


 いえ、それがありえる可能性だからこそ私はクラウス様を選ばなかったんだ。だからクラウス様が愛に溺れようが魅了に取り憑かれようが、もう私には関係ない。関係ないのだけれど……そうなってほしくないと思う気持ちが私の大半を占めていた。


 リリアナと過ごしていて私は一つ確信した。

 今のあの子は信用出来る、と。


 彼女が未来で破滅して人生やり直しているのはおそらく本当。あの怯えようは演技ではない、筈。その前提にもとづけば、彼女がクラウス様を初めとする方々に色目を使うことは無いでしょう。


(でも、クラウス様が魅了抜きでリリアナに惚れないかはちょっと自信が無いわね)


 そんな不安はリリアナの登校初日、クラウス様とお会いして、彼の様子から問題ないことを確信。私は内心で胸をなでおろした。リリアナも同じだったようで、私とリリアナは顔を見合わせて思わず笑ってしまった。


 残る問題はリリアナの持つ魅了の異能だけね。


 彼女は自覚していないようだけれど、リリアナの魅了は大きく分けて2つある。1つは彼女という存在そのものが相手を魅了し続ける、常時効果を発揮し続けるもの。もう1つは目を介して相手を魅了する邪視。同じ魅了であっても別々の対処が必要な所が厄介なのよね。


 リリアナはヴィクトール様のお力を借りて早急に封印した。前者は両手両足首のブレスレット、アンクレットに心臓付近のアミュレットで、校舎は邪視殺しの眼鏡で。このフル装備を外さない限りは魅了の異能は発動しない。


(問題は……異能の力が在学中に増す可能性が高いってことよね)


 幸いにも……いえ、リリアナの選択のかいもあって、原作では既に亡くなっている設定上のキャラクターだったロゼリアが存命で、彼女はリリアナの同学年。リリアナに異変があればすぐにでも応急処置出来る体制だ。


 不意な事故に気をつければ大丈夫でしょう。きっと。

 ……いえ、油断は禁物。一級フラグ建築士なんて勘弁だもの。


 けれど、そう上手くはいかないみたい。

 それを私が思い知るのはもう少し先になる。

お読みいただきありがとうございました。

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