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リリアナはヴィクトールを再び訪ねる

 私がエルフリート家の娘になってから少し経った。

 ようやく新しい環境にも慣れ始めて余裕が出来たので、私は約束通りシュタイナー侯のお屋敷へと赴くことにした。


 とはいえ、前回みたいにいきなり突撃するわけにはいかない。門前払いされかけたところを魅了の異能で押し入ったので、緊急対応された一面もある。まずは都合のいい日があるかを聞かなければいけないので、手紙をしたためよう。


 返事は思ったよりも早くに返ってきた。そして指定された日も私の予想よりも随分と前だった。文を読むに、ヴィクトール様が私のためにわざわざ都合を合わせてくれたようだ。


 当たり前なのだけれど、私がシュタイナー家へ手紙を出したことは公爵様にも報告されている。送り先が送り先なだけあって封蝋のされた封筒の中までは確認されなかった。公爵様に事情を聴かれたので、偶然ロゼリア様と仲良くなって文通している、と答えた。実際に手紙の送り先はロゼリア様で、その中にヴィクトール様宛ての文も入れているので、嘘じゃない。


「ロゼリア様と……? そう……」


 なお、それを聞いたセシリアお姉様は何か思うところがあったらしく、深く考え込んでいた。


「いいですか、お嬢様。女性にとってのドレスは殿方にとっての鎧なのです。気合を入れていきましょう!」


 あと、前回と違って見栄えのことを全く考えずに当日着ていく服を選ぼうとしたら、私付きの侍女にとても叱られてしまった。おかげで夜遅くに色々と試着しては髪や装飾品をいじり、終わったころにはくたくたになってしまった。


 次の日、いよいよ私はシュタイナー家を再び訪問した。魅了の異能を使わない正式な来客としてやってきたので、今度は門番も中の使用人たちも真面目な仕事ぶりで招き入れられた。何名か私を警戒しているのが伝わってきたけれど、異能持ちなのだから、その反応も当然だ。


「ようこそ、リリアナ。兄が来るまでくつろいで頂戴」

「はい、ありがとうございます」


 応接室で待っていたロゼリア様は、心なしか前回より血色や体調が良くなっているように見えた。


「お体の調子はどうですか?」

「ふふっ。それがですね、昨日はなんとお庭を一周散策出来たんですよ」

「今までは出来なかったんですか?」

「ええ。体力がもたなくて、途中で休憩を挟んでも、最後は兄に抱えられて帰るばかりでした。これもリリアナが元気づけてくれたおかげです」

「いえ! きっと薬が効いたからで……ううん。少しでもロゼリア様のお力になっているのなら嬉しい限りです」


 ロゼリア様は自分の回復を大変喜んでいた。屋敷の中に閉じこもってばかりだった今までから一気に世界が広がったんだ。見るもの全てが目新しく、輝いているように感じるのかもしれない。


「これで……兄にも心配をかけなくて済むようになるでしょう」


 それと、どことなく言葉の端々に自分が兄に迷惑をかけている、と考えている節があるように聞こえた。

 そんなことないのに。ヴィクトール様はロゼリア様を大切になさっている。

 けれど、二人に会ってから間もない私が「そんなことない」と否定したところで、兄妹の絆の深さは私には推し量れない。


「もっと元気になったらどこか遠出しましょう」

「リリアナ……」

「お勧めはここから日帰りできる湖畔です。壮大な山脈が後ろにそびえていて、それと青空が水面に鏡みたいに映るんです。それから、走れるぐらいになったら海を見に行ってみませんか? 自分がちっぽけに感じられるぐらい凄く広いんです」

「ふふっ、そうですね。想像しただけで楽しそうです。是非行きましょう」


 なので、否定はせずに前向きに返答する。これが希望なんかではなく予定になりますように、との思いを込めて。

 それが伝わったのかは定かでないけれど、ロゼリア様ははにかんだ。


 少し時間が経つと、職場から直行してきたのか、黒い軍服姿の侯爵がやってきた。

 相変わらず厳格な表情。でも、その瞳にはわずかな安堵が見える。


「調子はどうだ?」

「はい、問題ありません」


 侯爵が歩を進め、至近距離から私を観察する。

 それから控えている使用人、そしてロゼリア様の様子も確認した。


「……封印は安定しているようだ」

「それはよかったです」

「安心するのは早い。いつ異能の力が増すかは分からない。これからも定期的に診察する」

「はい」


 侯爵が距離を置き、ロゼリア様の方へと視線を向けた。

 ロゼリア様は向けられた視線に反応して、わずかに首を傾ける。癖のない髪が背中で流れた。


「医者が驚いていた。ロゼリアの容体が改善方向に向かっているのだそうだ」

「本当ですか? それはおめでとうございます」

「薬が効いてきたか、ロゼリアの体力が増したからか、それとも前回の推察どおり、リリアナの異能の効果か……。ともあれ、ロゼリアが治るようなら何でも試すつもりだ。引き続きリリアナには協力してほしい」

「はい。ロゼリア様のお役に立てるのでしたら喜んで」


 ヴィクトール様に促されて私はロゼリア様のそばに寄り、同じ目線になるようかがむ。不思議に思ったロゼリア様がヴィクトール様の方を向くけれど、ヴィクトール様はロゼリア様へ私を見つめるよう指示する。


「前回は無自覚に魅了の異能を発動した。今回は意識的に相手を意のままに出来るかを確認する」

「侯爵様、試す相手がロゼリア様でいいんですか? もし私が悪意を持ってロゼリア様を魅了したら……」

「無自覚な魔女だった前回と異なり、今回のリリアナは異能の行使を罪だと感じているな。そういった邪な考えを挙動に隠せなくなっているぞ。ロゼリアを害そうとするなら、直後には剣の錆にするだけだ」


 ヴィクトール様は腰にぶら下げた剣の柄を指で軽く叩いた。つまり、私がロゼリア様を虜にする前に首をはねるつもりね。


 ……。よしっ。


「ロゼリア様、よろしいですね?」

「ええ。私はリリアナを信じます」

「では……」


 私は邪眼殺しを外して、裸眼でロゼリア様を見つめた。目と目が合うと、直後にはロゼリア様は軽く緊張したものの、すぐに体から力が抜ける。


「元気になってください。病気は治ります」

「……はい、元気になります」


 ロゼリア様は私の言葉を受けて軽く笑った。

 まどろんだ、こちらに好意を向けるような甘く、頬が染まる暖かな笑み。

 その様子が、あまりにも、前回の人生で良く見た光景を彷彿とさせ……。


 私は無意識のうちにロゼリア様から距離を置き、邪眼殺しをかける。

 気分が悪い、吐きそう。

 意識して深呼吸し、自分を落ち着かせる。


「ロゼリア、大丈夫か?」

「……。え? あ、はい。なんだか凄く満たされて幸せな気分になりました。それから、もっとリリアナを好きになりましたわ。成程……これが魅了されるってことなんですね」

「……一長一短だな。ロゼリアへの処置は間隔を置くべきだとは分かった。それから……リリアナはどうだ?」

「気分最悪です……。少し椅子にもたれかかってもいいですか?」


 ああ、しんどい。

 もう絶対に相手を魅了するものか、と決心を固めたのとは全く違う。

 まさか相手を魅了すると、こんなにも拒絶反応が出てしまうなんて。


「前回で魅了が自身の破滅に繋がったからか、無意識のうちに自らを嫌悪してしまうようだ」

「リリアナ。もう少し休んでいってください。気分が良くなったら送らせますから」

「いえ、大丈夫です……。自分で帰れる余裕は残ってますので」


 けれど、私としてはむしろ好都合だ。

 相手の心を操ることの重大さを再認識するため、甘んじて受け入れよう。

 私はこれからもこの異能と向き合わなければいけないのだから。


「侯爵様、今日は本当にありがとうございました」

「礼を言われる筋合いはない。これも私の仕事だ」


 ヴィクトール様はそう仰ったが、その表情はほんの少しだけ柔らかかった。

 素直ではない兄にロゼリア様も生暖かい視線を向け、くすりと笑う。


 シュナイダー家のお屋敷から出た後、外から窓を見つめる。


 新しい生活が少しずつ形になっていく。

 セシリアお姉様との関係も悪くない。

 こうしてヴィクトール様やリリアナ様とお会いするのも楽しみになってきた。


 二度目の人生はまだ始まったばかりだ。

 けれど、確かに、前よりもずっと良い方向に進んでいる。


 私は深く息を吸い込んだ。


 さあ、人生はまだこれからだ。

 王立学園入学まで、あと数年。

 それまでに、しっかりと基礎を固めよう。

 そして誰も傷つけず、誰からも愛される、本当の自分になろう。


 邪眼殺しに見る世界は少しぼやけている。

 でも、それでいい。

 これが、私の選んだ道だから。

お読みいただきありがとうございました。

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