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リリアナはセシリアと茶を飲み合う

 それから数日が経った。


 私は家庭教師から教育を受ける日々が始まった。歴史、数学、文学、礼儀作法……公爵家の令嬢として必要な全てを学んでいく。


 やり直し前は、こんな勉強は退屈だと思ったものね。だって、社会とは役割分担するもので、出来る人が出来ることをすればいい、と考えていたから。

 私が分からなくても分かる人にお願いしてやってもらえば同じこと。だから、公爵様や屋敷の使用人たちとお喋るする方がよっぽど楽しかったし、本よりもドレスや宝飾品に囲まれていた方がよっぽど満足だった。


 でも、今は違う。

 知識を得ることが楽しい。分からなかったことが分かるようになる喜び。

 それは、異能で得た偽りの賞賛よりも、ずっと価値があるものだった。


「リリアナ様、素晴らしい理解力ですね」


 家庭教師のエレノア先生が微笑んだ。


「この調子なら、王立学園の入学試験も問題ないでしょう」

「ありがとうございます」


 さすがに前回学んだ内容ばかりだとはいえ、入試以降使うことがなくて忘れている部分が多々あった。


 エレノア先生の授業だって前回とは全く違う。

 嫌々で机に向かった前回の私はエレノア先生から厳しく教え込まれた。音を上げた私はもっと優しく教えてってお願いして加減してもらったんだ。


 でも、そんな魅了の異能に頼らなくても、前向きに授業に取り組めばエレノア先生は丁寧に教えてくれた。理解できないところはかみ砕いて説明してくれた。


 私は嬉しくなった。

 異能なんて無くたって、私はやっていけるんだ、って。


 午後、休憩時間になると、私は気分転換に庭園を散歩した。だってこんなに天気がいいんだもの。屋敷の中に閉じこもってずっと勉強ばかりだと気が沈んじゃうから。


 薔薇が咲き誇る遊歩道を歩いていると……、


「あら、リリアナ」


 セシリアお姉様から不意打ち同然に声をかけられた。

 狼狽えながら視線を向けると、お姉様は庭園内に設けられた屋根付き休憩所で自習をしているようだった。


「授業は終わったの?」

「はい。午前の分が終わりました。昼食は取ったので、少し外を出歩こうかと」

「そう。よく頑張っているわね」


 お姉様が教本を閉じた。


「少し、お茶でもどう?」

「はい!」


 お姉様に誘われて、席に着く。お姉様はテーブルの端に置かれた鈴を鳴らし、視界に移らない位置で待機していたメイドに紅茶と焼き菓子を持ってくるよう命じた。メイドは丁寧にお辞儀をしてその場を去る。お姉様はその間に勉強道具を片付けた。


 優雅なティーセットがテーブルに並べられる。お菓子と紅茶のいい香りが鼻をくすぐる。「遠慮せずに食べなさい」と促されたので、断りを入れて口に運んだ。貧民街や独房では味わえない甘さが口の中に広がった。


「先生に聞いたわ。リリアナは勉学熱心なのね」


 お姉様が優雅に紅茶を口にしながら言った。


「はい。学ぶことが楽しくて、つい夢中になってしまいます」

「それは良いことですわ。公爵家の娘として、教養は大切ですもの」


 お姉様の言葉は優しいけれど……どこか、様子を伺っているように感じる。


「お姉様は、どんなことを勉強されているんですか?」

「私? そうね……今は束の間の休みを謳歌しているところよ」

「言われてみれば……お姉様には勉強の先生がいらっしゃらないんですか?」

「公爵家の娘として学べる範囲は学び終えましたの。今は王宮で王太子妃教育を受けているのだけれど……お母様が亡くなったから。喪が明けるまで中断しているのよ」


 しまった。前回は私が厳しく教育される間、ずっと優雅にくつろぐお姉様が恨めしかった。けれど、ずっと黒いドレスに身を包んで、ヴェールで顔を覆うお姉様が喪に服しているだなんて、考えなくても分かることだった。


「……ごめんなさい。無神経でした」

「いいのよ。少しずつ覚えていけばいいわ。ただし、二度目は叱るから、きちんと覚えておきなさい」


 お姉様は公爵夫人の容体が悪化する前に王太子殿下との婚約を済ませている。これは王妃様が公爵夫人と親しかったのもあったけれど、王太子殿下を支える優秀な妃を王妃様が求めていたのが一番大きい。


 ……もっとも、そのせいで公爵家から子がいなくなり、私を迎え入れる大義名分が出来たのも事実なのだけれど。


「学び始めたばかりのリリアナは分からないでしょうけれど、実はリリアナが勉強している範囲って、公爵令嬢が必要とする能力を超えているの」

「え?」

「お父様は早めに見定めたいのでしょうね。リリアナにいずれ公爵家を任せられるか、否かを」


 言葉が出ない。あの苦行でしかなかった勉強にそんな意味があっただなんて、知らなかったし、知ろうとも思わなかったもの。


 どうして私が後継者に据えられるかもしれないか。それは現段階だと、お姉様が前回婚約関係だった第二王子殿下ではなく、王太子殿下の婚約者になるかもしれないからだ。そうなればお姉様は王太子妃になるので、侯爵家を継ぐわけにはいかない。


 前回は……あれ、どうしてお姉様は第二王子殿下と婚約したんだっけ? 興味が無かったから全く思い出せない。少なくとも、私の異能のせいじゃないのは分かってるんだけど……。


「お父様はあわよくばリリアナを次期公爵に据えたいようね。リリアナは将来どうなりたいの?」

「私は……」


 少し考えた。

 耳障りの言い上辺だけの理想を語るのは簡単だけれど、ここはお姉様に私を知ってもらいたかった。


「ただ、静かに暮らせればいいです。誰かの役に立てたら嬉しいですけど、特別な野心はありません」


 お姉様の目が、わずかに見開かれた。


「野心がない……そう」


 何か意外だったのだろうか。


「それは……謙虚なのね」


 お姉様が紅茶のカップを置いた。


「でも、謙虚すぎるのも考えものですわ。せっかく公爵家の令嬢になったのですから、もっと壮大に夢を語ってもいいのよ」

「でも、公爵家の娘になったからには、家のためにならなきゃ駄目なんじゃないですか?」

「それが一般的なだけで、この家ほどの権威があれば多少の無茶をしても融通は利きますのよ。後継者にしたって私と王太子殿下との間の子に継承させればいいんですもの」

「……そうですね。はい、ありがとうございます。きちんと考えるようにします」


 お姉様との初のお茶会はこうして和やかに終わった。


 私はこれが偶然発生しただけのこれっきりかと思っていたけれど、それから時々、こうして庭園でお茶を飲むようになった。

 話題はここ最近どうなのか、何か気になっていることはあるか、などの世間話に過ぎない。

 それでも交流を持つことでお姉様の人となりを前回よりもはるかに知ることが出来て、私がとても嬉しかった。


 お茶会でのお姉様は常に完璧な淑女を演じていた。優しく、上品で、妹思いの姉として。

 その仮面の下に何が秘められているのか、私には分からなかった。

 私を窺っているのは確かだけれど、私を破滅させようとする意図は今のところ無いようだ。


 それでいい、と私は思った。

 前回の顛末を打ち明けるのはまだ早い。

 無理に距離を詰めようとすれば、かえって警戒される。


 今は、ただ真面目に勉強して、目立たないように過ごす。

 それがお互いのためだろうから。

お読みいただきありがとうございました。

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