リリアナは魔女として処刑される
冷たい石畳の感触が裸足に触れる。
雲に覆われた灰色の空が天に広がり、その下には幾人もの罪人の血を啜り、赤を通り越して黒く染まった断頭台。冷たい木製の台座にはこれから流れる私の血のための溝が刻まれている。
「魅了の魔女を殺せ!」
「この、悪魔の娘め!」
「王子殿下を惑わした罪を死で償え!」
群衆の怒号が耳に突き刺さる。耳を塞ぎたくても私の両手は後ろで固く縛られ、身動きが取れない。私は魔女で、万死に値する罪を犯したんだ、と嫌でも現実が突き付けられる。
所々破けた粗末な麻布の囚人服は、牢屋に入れられてからずっと着ているのもあって、とても臭い。髪は泥と埃にまみれて汚く乱れ、顔はきっと涙と鼻水でぐちゃぐちゃに違いない。身体だって昔はそれなりの肉付きだったのに、いまや骨と皮だけでみすぼらしい。
ああ、こんなにもみじめな最期を迎えるなんて。
けれど、これが私のやってきたことの報いなんだ。
それだけ私の罪は重く、そして許しておけないのだから。
断頭台の階段を、二人の衛兵に両脇を抱えられて引きずり上げられる。太陽の光が入らない地下の牢屋に入れられて体力が衰えたのものあって、足が震えて、自分の力では一段も昇れなかった。
群衆の罵声がさらに大きくなる。誰かが腐った野菜を投げつけてきた。べちゃりと顔に当たり、腐敗臭が鼻腔を刺激する。もし手が自由に動かせたとしても、もう私にはぬぐい取る力は残っていないのだけれど。
台の上に引き上げられると、そこには黒いフードを被った執行人が立っていた。
いや、違う。あれは単なる外套じゃない。代々この王国で魔女を裁いてきた異端審問官の正装だ。双剣と盾を描く侯爵家の紋章が胸に輝いている。
つまり、私を処刑するのは――。
「リリアナ・エルフリート……いや、もはやただのリリアナか」
低く、感情の籠もらない声が私の名を呼んだ。
侯爵閣下の声はとても若々しいのに、身体が震えてしまうほど冷たく、肉も骨もえぐられるように鋭く突き刺さる。
私は気圧されてしまい、歯がカチカチと鳴り、顔を上げることができなかった。
「そなたは魅了の異能を用いて王国の貴族たちを惑わし、国家の秩序を乱した。その罪により、ここに死刑を執行する」
違う、違うの。
私は、私はただ、みんなと仲良くなりたかっただけだ。
みんなが親切にしてくれるのが当たり前だと思っていたの。
それがどれほど異常だったかを疑え、だなんて無理でしょう。
でも、そんなのは言い訳に過ぎないし、私には言う資格すら無かった。
私は異能を利用して多くの人を魅了した。
父を、母を、弟を、使用人たちを。
周りにいる人たちはほとんど私のお願いを聞いてくれたし、おねだりもしたし、甘えればいくらでも希望を叶えてくれた。
王立学園、貴族の子息息女の学び舎。
やんごとなき方々が集う場で、私は殿方を次々と虜にしていった。
第二王子クラウス殿下。辺境伯家のご子息。魔法学園の教師……。
きっと私が認識していないだけで、私が無意識のうちに心を奪った方は大勢いたことでしょう。
魅了から解放された彼らは、今もなお心に負った傷、本心と魅了で植え付けられた偽りの愛情との矛盾で苦しんでいる。そう牢屋の中で聞かされた。私は……無自覚にも多くの人生を無茶苦茶にしていた。
「最後に言い残すことがあれば聞くが?」
「……いえ、ありません」
「そうか」
冷たい声と共に頭を掴まれ、私は台に押し倒された。
首を固定する半月型の木枠に頭を押し付けられる。視界が制限され、目の前に見えるのは石畳と、処刑を見物する最前列の群衆だけだ。
この体勢になって初めて、群衆の中に見知った顔があることに気づく。
「セシリアお姉様……」
金髪を優雅に結い上げ、深緑のドレスに身を包んだ彼女が、最前列で私を見下ろしていた。その顔には、憐れみのかけらもない。ただ、満足そうな、勝利者の嘲笑だけがあった。
口が動いた。音は聞こえないが、唇の動きで分かる。
「ざまあみろ」
ああ、そうだったのね。
お姉様は知っていたんだ。最初から全部。私が異能を使っていることも、クラウス殿下たちを魅了していることも。
そして、私がいずれこうして処刑されて、破滅することも。
だから、最初からあんなに冷たかったのか。私が何を言っても、何をしても、お姉様は決して心を開いてくれなかった。表面上は義理の妹として接してくれていたけれど、その瞳の奥には常に警戒と、そして……軽蔑があった。
私は異母姉のセシリアお姉様が大嫌いで、けれどすごく憧れていた。
完璧な貴族令嬢とは誰か、と問われたなら、私は今だって躊躇わずにお姉様の名を挙げるでしょうね。
その高貴なる系譜、才色兼備、そして他の方々に追従を許さない知性。どれを挙げてもお姉様は非の打ちどころが無かった。
だから、父と母の過ちで生まれた私にとって、セシリアお姉様は嫉妬するしかないほどに眩しかった。そんな畏れ多い方を私が蹴落として、悔しがらせられたらどんなに愉快なことか!……って思ったのがそもそも間違いだった。
幸いにも……と思っている時点で私の運命は破滅的に決定したんでしょうけれど、私はみんなから愛された。母からも、私を迎えた父を始めとする公爵家の人たちからも、街の人達にも、私は可愛がられた。大切にしてくれた。
私は愛されるために生まれてきたんだ。
愛されている私は幸せになる権利がある。
誰よりも満ち足りた生活を送ろうじゃないの。
そう勘違いしてしまうぐらい順風満帆だった。
それが魅了の異能によってもたらされた張りぼてだったなんてつゆ知らずに。
結果、私はセシリアお姉様によって見せかけの幸福の正体を暴かれ、こうして大罪人として裁きを待つ身になった。あれほど私に愛を示した方々は私を魔女だと罵り、花束を送ってくれた手は石を投げつけてくる。
だって私は知らなかった!
魅了の異能って何よそれ!?
私が可愛かったから、魅力的だったから、私と一緒にいると幸せだったから、みんな私を愛してくれたんじゃなかったの……!?
そう叫んだって無駄。魅了した事実は覆らない。
罪を死で償えって言われたけれど、私は勝手に愛されて勘違いされただけよ。
もし私が罪深いって言うなら、私は生まれたこと自体が罪なの……?
私の隣の断頭台に母が引きずられる。
父に愛されて豪華なドレスに身を包んでいたとは思えないほど粗末な囚人服に身を包み、両手を縛られた母。顔は青ざめていた。魔女を産んだ女として、私と同じ罪に問われたのだ。
母様は何も悪いことをしていない。ただ、私の母親だったというだけで。
母様は魔女だった私をなじりもせず、ただ「ごめんね」と謝るばかりだった。
私は母様を巻き込んだことが何よりも申し訳なかった。
悪い子だったのは私なのに。
ああ、私はなんて親不孝者なんだろう。
初めは私と母様が少しでも生活が楽になれば、と思って他人を頼るようになっただけだったのに。
「母様……ごめんなさい……」
小さく呟いた言葉は、群衆の怒号にかき消される。きっと母様の耳には届いていないだろう。それでいい。私の謝罪が聞き届けられるなんて認められるわけがない。これが私に相応しい報いだ。
「魅了の魔女と認定されたリリアナ。異端審問官たる私、ヴィクトール・シュタイナーが、神と王国の名において、裁きを執り行う」
ヴィクトール様。
今、まさに私の首に斧を振り下ろそうとしている方。
今まさに私を処刑しようとする方を見つめる。黒髪に鋭い銀灰色の瞳。高い鼻筋と引き締まった唇。長身で筋肉質な体躯。そして何より、私を見つめるあの冷徹な眼差し。一目見るなり私の目に強烈に焼き付いたものだ。
異端審問官として私を捕らえに来た時、ヴィクトール様は何の感情も見せなかった。淡々と私の異能を封じ、牢獄に送った。
捕まった時、私は泣きながら命乞いをした。
「違うんです! 私は悪いことなんてしていません! ただ、ただ皆に好かれたかっただけなんです!」
嘘だった。完全な嘘ではなかったけれど、真実でもなかった。
私は異能を使って、好きなだけ贅沢をした。公爵家の財産を湯水のように使い、高価なドレスと宝飾品を買い漁った。学園では殿方たちを侍らせて、まるで学園の主のように振る舞った。セシリアお姉様の婚約者であるクラウス殿下さえも、私の前にひざまずかせた。
ああ、なんて愚かだったのだろう。
当たり前のように思っていた事実が、当たり前でなかったなんて。
異能を神からの祝福だと勘違いして、自分が何をしているのか分からなかった。疑いもしなかった。だから止まらなかった。この紫水晶色の瞳で見つめれば、誰もが私の虜になる。人が言いなりになる快感に、私は完全に溺れていた。
だから、この末路を迎えるのは当然のことだ。
きっと私の名は魔女として末代まで語り継がれていくことでしょう。
……せめて、私のような魔女が再び現れないことを願う。
「では、執行する」
ヴィクトール様の低い声。
金属音が響く。斧が持ち上げられる音だ。
嫌だ。死にたくない。
まだ大人になっていないのに。人生はこれからなのに。
でも、もう全てが遅い。
母様、本当にごめんなさい。こんな私に巻き込んでしまって。
私は目を閉じた。せめて最期は、何も見たくない。
風を切る音がした。
重い金属が空気を裂き、私の首めがけて――。
リハビリがてらの新作になります。
おおよそ10万字前後で完結させる予定です。
本来なら執筆を終えてから投稿するつもりでしたが、モチベの関係で半分ほどのストックで公開開始となります。




