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12.蒼眞佳という男

 蒼晏にとって、幼き頃の眞佳は軟弱な子供だった。

 それは心身が弱々しいのではなく、何事にも気力がないという意味だ。

 当主だった彼の父は多少侮慢な人だった。

 しかしその息子は人を侮る事も自分を誇る事もしない。かと言って慎ましさがあるという事では決して無かった。

 眞佳は物心ついた頃には、誰から教わるまでもなく、さも当然のように風を使いこなしていた。

 この器用さの他に、剣技の才に恵まれ、高き霊力を秘め、祓氏五門で一、二を争う祓氏になるだろうと小さな頃から家に期待されながら育った。

 だが本人には修練に励み己を高める気がさらさらなかった。

 争い事を好まない穏やかさから優しい人だと周りは声を揃えて言うが、本質は優しいという訳ではなかった。

 蒼晏には気付いていた。 


 蒼眞佳は何に対しても、誰に対しても、興味が無いのだ、と。


 何事にも冷めていて、しかしただ微笑んでいれば周りと一線を引ける事を無意識に気付いており、常にそうしているから冷たさを感じさせない。

 菩薩の笑顔とはよく言ったものだ。

 蒼晏は可愛げの全くないこの二従兄弟を『なんて生意気な餓鬼なんだ』とずっと思ってきた。


 そんなどうしようもない彼は、突如変わり始めた。父を亡くしても泣き顔一つ見せなかった奴が。

 蒼晏の父、蒼清澄(そうせいちょう)が半ば強引連れ出さなければ行けなかった魔物退治も、いつからか精力的に同行して各地を巡るようになった。

 そこそこ魔物を討つと勝手に打ち切っていた山狩りも、いつの年からか黒家の奇才を打倒にして数を上げ始めた。

 その為に日々の修練も真剣に積み出したのだ。

 蒼晏は蒼眞佳の変わりように驚かされた。

 誰もが次の当主として自覚したのだと言ったが、蒼晏だけは何か裏があると怪しんだ。

 一体何が、何にも興味を持たない薄情な男の心を動かしたのか、ずっと不思議でならなかった。


 そして、今──。


 ハッと我に返った蒼晏は急いで二人の間に割り入った。


「おい、止めろ眞佳!」


 二人は魔物退治へと出ていたが、眞佳は目の前の魔物を放り出し、突然何も言わず龍颯山へと帰ってしまったものだから蒼晏は狼狽した。

 直ぐに魔物を討ち祓い慌てて後を追うと、泣き叫ぶ使用人の声が耳に入り、嫌な予感を募らせた。

 厳格たる蒼家の館の中を駆けたのはこれが初めてで、行き着いたのは眞佳の部屋だった。

 そこで目に飛びとんで来たのは、散々な姿に変わり果てた池泉と、月桂の首を締め上げる眞佳の姿で、蒼晏は言葉を失った。

 二人の足元には月桂の侍衛の男が転がっており、微かに聞こえるか細い呼吸音から状態が危ういようだ。

 どんな魔物の前でも足を竦める事のなかった蒼晏は、このあまりの悍ましい光景を目にし、足が竦んでいた。

 

「っ──おい、止めろ眞佳!やりすぎだ!何を考えている!」


 それでも慌てて眞佳を引き離し、月桂を解放させる。

 細く白い首にはくっきりと跡が残ってしまって痛ましさに直視出来ない。


「やりすぎ?それは私が月桂の首を絞めた事か?それとも、月桂が延芳を池泉から突き落とした事か!」

「何だと?月桂どういう事だ!?」

「あの者は眞佳お兄様を誑かしていたのです!眞佳お兄様はあの女狐に騙されていたのですわ!」


 辺りには風が吹いていた。どこか居た堪れなさを感じさせる不穏な風で、眞佳の長い髪を不気味に靡かせていた。

 菩薩と言われた微笑みなど消え去り、眼を鋭くさせた眞佳は明らかに激怒していた。

 この場所で共に育って来たがこんな姿を見るのは初めてで、これは不味いと月桂を背に隠す。

 この蒼眞佳は完全に正気を失っていた。


「……眞佳止めろ、それ以上やるのなら俺も本気で抗うぞ」

「ならば今すぐ其れを此処から、降龍館から追い出せ!」

「……分かった」


 これ以上状況を悪化させない為の最善の行動はそれしかなかった。抗うと格好良く言ったものの、力の差は目に見えている。

 悔しい事に、天賦の才を持つ蒼眞佳には誰も勝てない。

 蒼晏はまだ何か言おうとする月桂と侍衛を使用人に連れて行かせ、同時に人払いをする。

 ようやく静寂さを取り戻した池泉で、眞佳は池を見つめ立っていた。


「まさか彼女を探しに中に入ろうと思ってはないな?これは底なし池。幾らお前でも水中では無力だ。残念だか延芳はもう……」

「晏兄上、この池の水脈は何処へ通じている?」

「水脈?何だ急に……確か北南中。北方、南方、中央の三方だ──おいおい、全部を回って探す気か?」

「北方、彼女は恐らく其処にいる」

「地中深くにある水脈から這い出るなんて無理だ。馬鹿げてる。落ちた時点で息絶えて──待て、お前はどうして北方と決めつけた?」

「彼女は生きている。水の中で命が潰える筈がない。彼女は──」


 眞佳はこちらに顔を向けて微笑んだ。

 あまりの美しい微笑みに蒼晏の背筋にぞくぞくと寒気が走った。


「玄武の血を引く黒家の姫、黒梓娟だから」

    

                 ~第一章 完~

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