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限界アラサーOL、マッチングアプリやめたら会社でスパダリ拾いました!  作者: 綱渡マヨ次郎


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8/9

残業エレベーターと、満席のクリスマス

 12月に入ってから、街が一気にクリスマス色になった。


 会社へ向かう途中のショーウィンドウも、地下街のBGMも、赤と緑と鈴の音だらけだ。


(……まだ中旬にもなってないのに、気が早いなあ)


 そう思いながらも、どこか胸がざわつく。


 ——今年のクリスマスも、たぶん、何も予定はない。



「かれん、クリスマスどうするの?」


 お昼休み、社食でAランチのハンバーグをつついていると、同じ部署の同僚・美咲が身を乗り出してきた。


「どうするって……別に、普通に仕事でしょ」


「え〜。うちは今年、イブにディナー行くことになってさあ。

 予約しに行ったらさ、人気のネックレスがクリスマスまでに間に合わないって言われちゃって〜」


 そう言いながら、美咲は左手の薬指を嬉しそうにさすった。


「せっかく彼が“ちゃんとしたの買うから”って張り切ってくれたのにさ〜。

 “年明けになるかもです”って言われちゃって、ショック〜」


(……こっちは、くれる人すらいないんだけどね)


 心の中でだけ、ぼそっと呟く。


(間に合わないとか贅沢な悩みだなあ。もらえるだけありがたいと思え……)


 もちろん、口には出さない。


「かれんは? 誰か誘われてないの?」


「ないない。取引先の営業さんから飲み会誘われたくらい」


「え〜、もったいな。

 じゃあ、今からでもいい人見つけてさ、どこか予約しちゃいなよ!」


「そんなポンポン決まったら苦労しないって」


 笑い飛ばしながら、私はスマホを取り出した。


「……一応、予約サイトだけ見てみるけどさ」


 美咲が身を乗り出して、画面を覗き込む。


 “クリスマスディナー特集!”と書かれたバナーをタップすると、雰囲気のいいレストランがずらっと並んだ。


 そのほとんどに、同じマークがついている。


「“残りわずか”とか“満席”ばっかじゃん……」


「でしょ? うちもギリギリ滑り込んだ感じなんだよね〜」


「そっか〜。……まあ、いいや」


 私はスマホを画面ごと伏せた。


(今から誰かと行く約束するほうが、よっぽどハードル高いし)


(それに、あのデブ弁護士との件で、当分“クリスマスディナー”って単語にはいい印象ないしね……)


 自分で自分にそう言い聞かせて、午後の仕事に戻った。



 その日の仕事は、他部署との調整で思ったより時間を食った。


 新システムのテストに合わせて、営業資料も細かい修正が必要になり、結局、メールを送り終えたころには22時近くになっていた。


「おつかれ〜、かれん。先あがるね」


「おつかれさまです」


 周りの席も、もうほとんど人がいない。


 フロアの蛍光灯は半分ほど落とされていて、コピー機の待機ランプだけが静かに点いていた。


(……さすがに、そろそろ帰ろ)


 私はPCをシャットダウンし、コートを羽織って席を立った。


 エレベーターホールへ向かう廊下は、休日みたいに静かだ。


 角を曲がると、エレベーターの前に、見覚えのある背中がひとつ。


「……星置さん?」


 思わず声が出た。


 グレーのスーツのジャケットを脱いで腕にかけ、ワイシャツの袖を少しまくり上げた姿。

 いつもよりネクタイがゆるくて、上のボタンも外れている。


 振り向いた星置さんは、少し驚いたように目を瞬かせた。


「御園さん。……遅くまでおつかれさまです」


「星置さんこそ。今日もですか?」


「ええ、まあ。サーバーのご機嫌取りしてたら、こんな時間に」


 苦笑いと一緒に、少し掠れた声がこぼれる。


 よく見ると、後ろのほうに寝癖がぴょこんと跳ねていた。

 昼間は気づかなかったけれど、たぶん、ずっとこうだったのだろう。


(なんか……かわいいな)


 そう思った自分に、ちょっとだけ驚く。


 ちょうどそのとき、「ピン」と軽い音がして、エレベーターの扉が開いた。


「どうぞ」


「いえ、一緒に乗りますよ」


 2人で中に入ると、自動で扉が閉まる。


 こんな時間だからか、乗っているのは私たちだけだ。


 社内用の小さめのエレベーターは、思ったよりも狭い。

 正面に立つと、腕を組んだ星置さんとの距離が、さっき会議室で並んだときよりずっと近く感じる。


 彼の肩が、視界の端ぎりぎりに入る位置。

 猫背気味に立っていても、頭一つぶんくらい高い。


(やっぱり、背、高いな……)


 ぎゅうぎゅうに混んでいるわけでもないのに、妙に密着感がある。


 ふわっと、柔軟剤とコーヒーが混ざったような匂いが鼻先をかすめた。


(今日、何杯くらい飲んだんだろ)


 そんなことを考えた瞬間、エレベーターがふっと揺れる。


「あっ——」


 小さな段差を越えたみたいな感覚に、バランスを崩しそうになる。


 次の瞬間、右肩に温かいものが触れた。


「大丈夫ですか」


 星置さんの手が、軽く私の肩を支えていた。


 ぐいっと抱き寄せられたわけでも、強く掴まれたわけでもない。

 それでも、スーツ越しに伝わる体温に、心臓が一気に早くなる。


「す、すみません。ちょっとびっくりして」


「このエレベーター、たまに変な揺れ方するんですよね。

 前に別部署の人が、ここで書類ばらまいて大惨事になったことがあって」


 そう言って、彼はそっと手を離した。


 支えられていた部分が、途端にひんやりする。


(なにこれ。さっきまで触れられてたのに、もう恋しいとかおかしいでしょ)


 自分で自分にツッコミを入れているあいだに、エレベーターは1階に着いた。


「……あの」


 扉が開いても、星置さんはすぐには出なかった。


「この時間、外も冷えるので。

 よかったら、ビルの横の自販機で缶コーヒーでもどうですか。

 僕も、ちょっとだけ頭冷やしたくて」


「え」


 不意の提案に一瞬固まる。


(これって……ただの“同僚同士のコーヒーブレイク”だよね?)


 そう自分に確認してから、私はうなずいた。


「……はい。行きます」


「よかった。じゃあ、行きましょう」


 夜のエントランスに、2人分の足音が静かに響いた。


 このあと、缶コーヒー片手に立ち話をするだけ——のはずなのに。

 胸のどきどきは、エレベーターの揺れよりずっと落ち着いてくれなかった。


 * * *

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