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限界アラサーOL、マッチングアプリやめたら会社でスパダリ拾いました!  作者: 綱渡マヨ次郎


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182センチと、モニター越しの距離(後編)

「御園さん」


 少し間を置いて、星置さんが言った。


「このあと、会議とか大丈夫ですか。

 5分だけ、雑談みたいになっちゃうんですけど……」


「今のところ、このあとすぐの予定はないです」


「よかった。

 システム側の事情、ちょっとだけ説明しておきたくて」


 そう言って、彼は島の入口側に引いたまま、私の机の端に軽く手を添えた。


「うちの部署、たぶん、御園さんたちから見たら“いつも徹夜してる人たち”ってイメージだと思うんですけど」


「……正直、そんな感じです」


 夜中にサーバールームの明かりがついているのを、何度か帰り際に見たことがある。


 システム障害で緊急連絡が来たときなんかは、こっちも巻き込まれて地獄を見る。


「本当は、そこまで徹夜しないほうがいいんですけどね。

 でも、“御園さんたちのほうに夜中の連絡が行くくらいなら、こっちで徹夜したほうがマシ”って考え方の人、多くて」


「……それは、正直ありがたいです」


「だから、こうやって事前に操作フロー見せてもらえるの、すごく助かるんですよ。

 リリース前に“地雷”減らしておいたほうが、結局はみんな楽なので」


 そう言って、机の端に置いたままのノートPCから視線を上げる。


「さっきみたいに、“ここ押しづらいんですけど”って正直に言ってもらえるの、ありがたいです。

 “自分のミスだから”って飲み込まれちゃうと、こっちも気づけないので」


 まっすぐな目で言われて、ちょっとだけむずがゆくなる。


「……なんか、ちゃんと“使う人の味方”してくれてる感じしますね」


「そうだといいんですけど」


 星置さんは、少し照れくさそうに目をそらした。


「僕ら、画面いじるだけで給料もらってる側なので。

 実際にその画面で数字打って、怒られたり褒められたりしてる人たちのほうが、偉いと思ってます」


「怒られるのは、たしかに現場ですね……」


 苦笑しながらも、どこか胸の奥があたたかくなる。


 条件とか年収とかじゃなくて、

 こういう“当たり前の優しさ”みたいなものを、ずっと誰かに求めてたのかもしれない。



「そういえば」


 ふいに、星置さんが何か思い出したように声を落とした。


「最近……というか、ここ1〜2か月くらい、御園さんの顔色、前よりよくなりましたね」


「え?」


 思わず変な声が出る。


「前に、だいぶしんどそうなときがあったので。

 夜遅く、ロビーのベンチでスマホ見てたこと、ありましたよね」


(——見られてた?)


 胸が、ドクンと跳ねる。


 デブ弁護士とのホテル事件の翌日。

 家に帰る前に、会社のビルのロビーで一度だけ座り込んだ夜を思い出す。


 誰にも見られていないつもりだった。

 あのときの自分の顔を想像すると、今、この場で床が抜けてほしいくらい恥ずかしい。


「あ、すみません。変なこと言いましたね」


「い、いえ……」


「ただ、その日、すごくつらそうな顔してたので。

 最近、前よりよく笑ってるなって思って、ちょっと安心しただけです」


 そう言って、彼は少しだけ肩の力を抜いたように見えた。


「仕事のせいなのか、プライベートのことなのかは、もちろん聞きませんけど。

 “あのときより今のほうが、少しマシそうだな”って思ってたので」


 淡々とした口調なのに、言葉選びはやたら慎重で、優しい。


 たまらなくなって、私は視線をキーボードに落とした。


「……そんな前から、見てたんですね」


「たまたまです。たまたま通りかかっただけで」


 即答で否定するけれど、その言い方は少しだけ慌てている。


「でも、“誰かにああいう顔させるシステムは嫌だな”とは思ったので。

 仕事のモチベーション的には、けっこう大事な出来事でした」


「……なんか、すみません。変なきっかけで」


「いえ。

 さっきのボタンの件もそうですけど、御園さんたちがちょっとでも楽になるように設計できたら、

 “あの日よりはマシになった”って勝手に思えるので」


 それはきっと、私に対してだけじゃなくて、このビルで働く誰か全員に向けた言葉なんだろう。


 そう思っても、やっぱり少しだけ、胸が熱くなる。



「じゃあ、今日はこのへんで。

 さっきの保存ボタンのところ、早めに直しておきます。

 “保存したつもりが全部消えた”って、一番つらいですからね」


「……分かってくれる人がいて、ちょっと安心しました」


 冗談めかしてそう言うと、星置さんは一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。


「そう言ってもらえると、こっちも安心します」


 軽く会釈をして、彼は島の外へ歩いていく。


 少し猫背で、でもスーツ越しでも分かるくらい、無駄のない背中。

 さっきエレベーター前で見かけたときより、すこしだけ近く感じる。


(石井さんの説教とか、出部 勉とか。

 ああいうので自分の価値が決まるわけじゃないって、頭では分かってたけど)


(“ちゃんと見てくれてる人”が、同じビルにいたんだって分かると、

 こんなに気持ちが楽になるんだ……)


 キーボードに指を置き直して、画面の中の数字の列を見つめる。


 さっきまでより、ほんの少しだけ世界がマシに見えたのは、

 新しいシステムのおかげだけじゃない気がしていた。

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