表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界アラサーOL、マッチングアプリやめたら会社でスパダリ拾いました!  作者: 綱渡マヨ次郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

182センチと、モニター越しの距離(前編)

午後イチの会議が終わって、自分の席に戻る。


 メールボックスを開くと、さっきの星置さんからのメールが一番上に来ていた。


『件名:操作フロー確認のお願い

 御園さん

 本日このあと、15時半ごろにそちらの席へお伺いしてもよろしいでしょうか。

 通常業務フローを一通り見せていただけると助かります。

 システム開発部 星置』


(かっちりしてるなあ……)


 社外宛てみたいなちゃんとした文章に、思わず小さく笑ってしまう。


『15時半、問題ありません。よろしくお願いします。

 営業企画部 御園』


 簡単に返信を送ってから、なんとなく机の上を片づけた。


(……デスクまわり、書類山積みなの、ちょっと恥ずかしいし)


 キーボードまわりの紙をまとめてトレイに突っ込み、モニターの横に積んであるスナック菓子も引き出しに隠す。


 そうしているうちに、あっという間に時計の針は15時半に近づいていた。



「御園さん、今いいですか」


 ちょうど15時半を少し過ぎたころ、島の入口から控えめな声がした。


 顔を上げると、星置さんがノートPCを抱えて立っていた。


「大丈夫です。どうぞ」


 慌てて立ち上がると、星置さんは軽く会釈してから、私の椅子の後ろに回り込む。


「じゃあ、いつもの日報入力からお願いしてもいいですか。

 普段どおりのフローで操作してもらって、途中で“押しづらいところ”“迷うところ”があれば教えてください」


「分かりました」


 私はノートPCの画面を新システムのテスト環境に切り替え、よく使う画面を開いた。


 その瞬間、背中にすっと影が落ちる。


(近……)


 椅子に座った私のすぐうしろで、星置さんがモニターを覗き込んでいる。


 視界の端に、黒いスラックスと、まくり上げたワイシャツの袖口が見えた。

 猫背ぎみだからか、普段フロアで見かけるときはそこまで大きく見えないけれど、こうやってすぐ後ろに立たれると、やっぱり背が高い。


(思ってたより、ぜんぜん高い……)


 椅子に座った私の頭の少し上の位置に、彼の胸あたりが来る感じ。

 ちゃんと姿勢を伸ばしたら、きっと180は軽く超えてる。


 ほんのりと、柔軟剤っぽい匂いがした。

 主張しすぎないのに、近くにいると分かるくらいの、淡い香り。


(やば。変なとこ意識してどうするの私)


 自分で自分にツッコミを入れながら、私はマウスを握り直す。



「じゃあ、ここからですね」


「はい。えーと、まずこのボタン押して……」


 私は日報の入力画面を開いて、いつもの手順で数字を入れていく。


 まだテスト環境だから、実データではない。

 でも、指はもう体で覚えているとおりに動いて、ほとんど迷いなく項目を埋めていった。


 ——はず、だった。


「あっ」


 保存しようとして、マウスカーソルが少し滑った。


 “保存”ボタンと、そのすぐ横にある“破棄”ボタンの境目あたりで、一瞬カーソルが揺れる。


「ごめんなさい。今のは完全に私のミスです」


 とっさにそう言い訳しながら、マウスを戻そうとしたところで、背後から声がした。


「いえ、今の、ちょっと止まってもらっていいですか」


「ここですか?」


「はい。そこ、“保存”と“破棄”が近すぎるんですよね。

 今みたいな動きになる人、多そうだなって思ってて」


「……たしかに。さっきも一瞬ヒヤッとしました」


 ぽろっと本音が口から漏れる。


 星置さんは「ですよね」と小さく笑った。


「ここ、“保存”のほうをもう少し大きくして、“破棄”はワンクッション挟む形に変えます。

 “本当に破棄しますか?”の確認ダイアログ出すだけでも、だいぶ事故減るので」


「そんなところまで、変えられるんですか?」


「変えられます。

 “押し間違えた人が悪い”っていう設計、あんまり好きじゃなくて。

 押し間違えそうなところは、押し間違えにくくするほうが早いので」


 さらっと言われて、胸のあたりがふっと軽くなった。


(前のシステムだと、“気をつけてね”で終わりだったのに)


 何度「ここ分かりづらいです」って言っても、「マニュアルに追記しておきます」で片づけられてきた場所だ。


 “こっちの注意力”じゃなくて、“画面のほう”を直そうとしてくれる人がいる。


 それだけのことなのに、なんだか嬉しかった。



「次、集計レポートのほうもお願いしていいですか」


「ええと……ここから、こうですね」


 私は慣れた手つきで、別のメニューへ移動する。


 途中で、ちょっとだけ階層が深くなっている場所で、またマウスが迷った。


「あれ、ここでしたっけ」


「今のところも、少し戻しておきますね」


 星置さんは、背後でカチャカチャとノートPCのキーボードを叩きながら、落ち着いた声で言う。


「“完全に私のミスです”って、現場の人はよく言うんですけど……

 そういうところに、だいたい設計の悪さが潜んでるので」


「そういうものなんですか?」


「“注意してれば避けられるミス”って、基本的に避けられないので。

 御園さんたちの集中力を責めるより、

 “集中力切れてても押し間違えにくいボタン配置”にしたほうが、全体としては安全なんですよ」


 言い方は穏やかなのに、中身はやたら現実的で、筋が通っている。


(仕事できる人だな……)


 心の中で、素直にそう思った。


 一通りのフローを終えたころには、約束していた15分を少し過ぎていた。


「すみません、長くなっちゃいましたね」


「いえ、むしろ助かりました。

 実際の動きを見ないと分からないところ、多かったので」


 星置さんは、私の少し斜め後ろあたりで、すっと一歩下がる。


 さっきまで背中に感じていた気配がふっと遠ざかって、急に周りの空気が冷たくなった気がした。


(なにこれ、変なギャップ……)


 近くに立たれているときは、それはそれで落ち着かなくて。

 いなくなると、いなくなったで物足りない。


(いやいやいや。なにを求めてるの私)


 自分にツッコミを入れながら、私はマウスから手を離した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ