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限界アラサーOL、マッチングアプリやめたら会社でスパダリ拾いました!  作者: 綱渡マヨ次郎


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3/9

42歳弁護士と、バキュームキス地獄

1回目のデートと2回目のデートのあいだに、会社の飲み会があった。


 忘年会にはまだ早いけれど、プロジェクトがひと区切りついたということで、部署内+他部署数人の小さな打ち上げ。


 そこにいた40代の男性上司・石井さんが、ビールが進むごとにめんどくさいモードになっていった。


「御園は、そろそろ結婚しないのか?」


「はあ……まあ、そのうちに」


「お前なあ。“同じくらいの収入で〜”とか言ってるからダメなんだぞ。女がそんな高望みしてどうする。結婚相談所でもな、30近くなったら年上すすめられるんだよ。世の中そういうもんなんだよ」


(出た、“高望み”論……)


 隣で聞いていた同僚が、気まずそうに笑って場を変えようとするが、石井さんの舌は止まらない。


「男だってなあ、“女にありつく権利がある”と思ってんだ」


 ジョッキを片手に、やけに楽しそうに続ける。


「男はみんな若い子が好きなの! こぎれいなおばさんより、若いブス! ガハハ!」


「お前くらいの年齢の女は、いい加減、現実見ないと」


(……お前だって私よりずっと年上で、おじさんのくせに)


(そもそも私、石井さんのこと全然ナシなんだけど。

 既婚で子どもいるからって、何言ってもいいと思ってない?)


(“若い子が好き”って、じゃああなたは誰からも選ばれない側じゃん、って言ったらキレるんだろうな)


 グラスの中のハイボールの氷が、からんと音を立てる。


(早く時間過ぎないかな……)


 笑って聞き流しているふりをしながら、心の中でだけ深くため息をついた。


(元彼と8年ダラダラして、結婚はしてもらえなくて。

 でも、私だってちゃんと働いてるし、美容だって頑張ってるし。

 “同じくらいのレベルの人と結婚したい”って思うの、高望みなのかな)


 そう考えたとき、頭の隅に、出部 勉の顔が浮かぶ。


 高収入で弁護士。

 条件的には、どう考えても「上」。


(……2回目、会ってみるべきなのかな)


 私は、少し酔った頭で、そんなことを考えていた。



 2回目のデートも、夜景の見えるラウンジレストランだった。


 今度は東京タワーが見える場所。

 照明は落とし気味で、グラスに注がれた赤ワインが、妙に色っぽく見える。


「ここ、取るの大変だったんですよ。クリスマス近いし」


「そうなんですね。ありがとうございます」


 会話の内容は、1回目と同じように、ほとんど出部さんの仕事の話だった。

 裁判の武勇伝や、「いかに自分が頼りにされているか」という自慢話。


 正直、退屈ではあったけれど、怒鳴られたり、説教されたりするわけではない。

 話し方も穏やかで、店の選び方も悪くない。


(……好きか嫌いかで言ったら、“別に好きではない”んだけど)


 グラスに残ったワインを揺らしながら、自分でもよく分からない評価をする。


(でも、条件だけ見たら、きっと“当たり”なんだろうな)


 夜景とワインで、頭が少しぼんやりしていた。



 店を出て、最寄りの地下鉄の入り口へ向かう。


「御園さん、こっちですよ」


「ありがとうございます」


 そう言って並んで歩いていたとき、不意に、ぐいっと肩を引き寄せられた。


「っ……!」


 驚く間もなく、出部さんの腕が私の背中に回る。


 人通りの多い地下鉄の入口前で、がっしりとハグされた形になった。


(え、ちょっと、ここ人多いし——)


 抗議の言葉を出そうとした瞬間、鼻をつく匂いがした。


(……ニンニク?)


 今日の食事には、そんなに匂いが強いものはなかったはずだ。


 もっと、こう……昼に食べたラーメンの残り香、みたいな。

 さらに、汗の匂いも混ざっている。


(うわ……)


 思わず、背筋がぞわっとした。


(こんな人通りの多いところで、こんな高校生みたいなことして。

 いい年して気持ち悪い。

 しかもこんなデブで不細工な人とくっついてるところ、

 会社の人や知り合いに見られたら、最悪じゃん)


 頭の中で、ぐるぐると最悪なイメージが回り始める。


「このあと、近くにホテル取ってるんですよ」


 耳元で、出部さんの声がした。


「え……」


「部屋、もうチェックインしてあるんで。

 このまま行きましょう。クリスマス前だし」


 クリスマス前。

 1人で過ごすのは寂しい。

 子どもだって、いつか欲しい。


 ——数日前、上司の石井さんに言われた言葉が、頭の中で蘇る。


『女はなあ、同じくらいの収入なんて高望みしてるから結婚できんのよ』

『男だって“女にありつく権利がある”と思ってんだ』


(……私、高望みなのかな)


(この人と結婚したら、とりあえず“勝ち組主婦”には見えるのかな)


(我慢しなきゃいけないのかな。

 もうすぐクリスマスだし、1人はまずいのかな。

 子どもだって、いつかは——)


 そんな考えが、脳内を一瞬で駆け巡る。


「……分かりました」


 気づいたら、そう答えていた。



 連れて行かれたのは、駅から少し離れた、大浴場付きのビジネスホテルチェーンだった。


 ロビーには、出張らしきサラリーマンや、女子旅っぽいグループがちらほらいる。


「ここ、いいですよ。大浴場もあって」


 そう言いながら、出部さんは当然のようにフロントで部屋のカードキーを受け取る。


 私は、自分でもよく分からない無表情で横に立っていた。


(ここで帰るって言えばいいだけなのに)


(なんで、何も言えないんだろう)


 エレベーターに乗り、部屋のフロアに着く。


 カードキーでドアが開く音が、やけに大きく聞こえた。


「とりあえず、座ってくださいよ」


 部屋に入った途端、私はベッドの端に座らされた。

 コートを脱ぐ暇もないうちに、隣にどっかりと腰を下ろされる。


「やっと、2人きりになれましたね」


 そう言って、出部さんの顔が近づいてきた。


 さっきの地下鉄前と同じ、ニンニクと汗の混ざった匂い。


 ぎょろっとした目。

青く残った髭が、近くで見ると余計に目立つ。


「ん——」


 大きく開いた口が、そのまま私の唇に押し当てられた。


(やだやだやだやだやだ)


 次の瞬間、ジャリジャリと顎の青髭が口の肌を削る感覚。


「っ……!」


 反射的に身体を引いたけれど、後ろにはもうベッドの背があって逃げられない。


 唇のリップが、一瞬で全部持っていかれる。

 それどころか、口の周りの皮膚が、掃除機みたいに思い切り吸いつかれるバキュームキスでごっそり持っていかれて、ヒリヒリする。


 苦しくて、息ができない。


(無理。ほんとに無理)


 全身に鳥肌が立った。


「ちょ、ちょっとやめてください、いや・・・!」


「恥ずかしがっちゃってかわいいね。緊張してるね。かわいいね〜」


(嫌って言ってるのに!!)


 そう言ってもう一度顔を近づけてこようとした出部さんの腕を、私は思いきり押しのけた。


「ご、ごめんなさい!

 ここのホテル、大浴場もあるんでしょ! せっかくだからきれいにしたいので、

 ちょっと……お風呂、入ってきます!」


 自分でも何を言っているのか分からなかった。

 でも、とにかくこの部屋から離れたかった。


 私はタオルだけ掴むと、半ば逃げるようにドアへ向かった。


「え、ちょっと、待って——」


 声を背中で振り切って、廊下に飛び出す。


 ドアが閉まる音を聞いた瞬間、足から力が抜けそうになった。



 大浴場のあるフロアに向かうエレベーターに乗り、鏡を見る。真っ赤に腫れた唇、ぼろぼろだ・・・

 人気のない廊下に出て、涙がぽろぽろとこぼれ落ちてきた。


(なにやってんの、私)


(好きでもないおじさんと、

 こんなバキュームキスされて、髭で顔真っ赤に腫れて。

 これからもっと気持ち悪いことされるつもりだったの?)


 しゃがみ込んで、顔を両手で覆う。


 口の周りがヒリヒリして、触るとさらに熱くなる。

 明日、会社にいけるかな、こんな顔で・・・


(パパ活の子たちの方が、よっぽど条件いいじゃん)


 頭の中で、妙に冷静な声がする。


(あの子たちは、自分で選んで、“お金もらう前提”で会ってるんだよね。

 私は、自分で選んでもないのに、タダで、

 キモいおじさんに身体差し出そうとしてたんだ)


 そこまで考えた瞬間、吐きそうになった。


「大丈夫ですか?」


 廊下の向こうから、誰かの声がした。


 顔を上げると、制服姿のホテルスタッフと、清掃用具を持った年配の女性が立っていた。


「す、すみません……大丈夫です……」


 反射的にそう答えると、女性の方がゆっくり近づいてくる。


「大丈夫な顔じゃないねえ。

 こっち、おいで。誰かに変なことされた?」


 その言い方があまりにも自然で、私は泣き顔のまま、こくりと頷いていた。


 名札には「楠」と書いてある。


 このときの私は、まだ知らない。

 この人との出会いが、“無給パパ活以下”の婚活から私を引きずり出してくれるってことを。

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