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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十四章 公爵家の喜び、学園の変化
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閑話 戦姫の出立、国王と面会

閑話「戦姫シリーズ」エピソード4

 フェルノート王国北東部を治めるヴァルデン辺境伯領の領都グリムバルト。夏を前にした午後、邸宅の庭園は花の香りと少女たちの笑い声に包まれていた。


 白い石造りのガゼボには、彩り豊かなドレスをまとった令嬢たちが並び、小さな丸卓を囲んでいる。銀のティーポットから注がれる湯気は柔らかな風に揺れ、茶葉の甘やかな香りが漂っていた。


 卓上には、繊細に仕立てられた焼き菓子や果実の砂糖漬けが並び、ひとつ摘まむたびに楽しげな歓声がこぼれる。噴水の水音と鳥の囀りが、少女たちの弾むような会話を背景から支えていた。


 ――その輪の中に歩み寄ると、午後の陽差しにきらめく庭園の空気まで、まるでお茶会の一部となるかのように感じられた。


「みなさん、無事ご卒業され戻られたこと嬉しく思いますわ。ご一緒に学園生活も楽しそうでありましたのが心残りではあります」


 マティルダ辺境伯令嬢は同い年の令嬢たちに改めて帰郷の挨拶をした。席に座る三名は寄子貴族の令嬢で幼馴染と言ってよい関係を築いている。


 マリンゼ子爵令嬢が口火を切って応える。


「マティルダ様は王家から卒業証を送られてますし、そもそも学ぶことがありませんわ。わたくしたちですら、武術と魔法の実技授業は手加減ばかりでしたもの」


「ですわね、三年間通してマリンゼが武術筆頭でクシャナが魔法筆頭ですもの。努力した自負はあれど、ちょっと不安になるほどの体たらくですわ」


 エレッティア男爵令嬢が後に続く言葉に、クシャナ男爵令嬢が少し呆れて横から口を出す。


「エレッティアは武術と魔法の次席でしたわ。しれっと普通のふりをするのはズルいです。マティルダ様、殲滅力筆頭はエレッティアですのよ」


 バラされたと驚き顔のエレッティアと、三人の笑い声。マティルダも思わず微笑み、白い蔦の影の下で少女たちの笑声は花の香りと混ざり合い、庭園に広がっていった。


「またこうして集まれるといいですわね」


「ええ、次は学園の噂話でもゆっくりと」


 そんな言葉が交わされるたび、別れを惜しむ気持ちが小さな卓を包み込んでいく。


 ――だが、そのひとときは長く続かなかった。


 辺境伯邸マナーハウスの玄関先に少しの喧騒が起こり、やがて侍女がガゼボに現れ、マティルダの耳元に「旦那様がお呼びです」と囁いた。


 眉を少し寄せ、ため息を吐く。マティルダは令嬢たちに向き直り、「すみません、急用が入ったようですわ」と告げ、お茶会の終わりを伝える。


 後の誘導などを控えていた侍女たちに指示し、足早に本館に向かい歩いていく。お茶会を中断させられたことは腹立たしいが、それでも呼ぶということはそれなりの理由がある。


『どんな急ぎの用かしら』


 本館の通路を抜け執務室の扉の前に着くとノックし「マティルダです」と声を掛ける。入室の許可が出たので扉を開けて入室する。


 執務室には家族全員が詰めかけているのを見たマティルダは「全員ならラウンジに移動しましょう」と提案し、そのまま執務室を出てラウンジに向う。


 ラウンジにぞろぞろと移動しておのおのソファーに腰掛ける。両親は分かるが、長男のローグレン、次男のカイラン、長女のエヴィナがいる理由がマティルダには分からなかった。


 侍女たちがお茶を配膳して退室すると、父のエドリック辺境伯がコホンと咳払いして話し始める。


「ここに皆がいるのは、話を聞きつけて押しかけてきた結果なのでそれほど気にするな。そもそもの発端は王都から使者が来て手紙を持ってきたことだ」


 エドリック辺境伯は持ってきた書簡をマティルダの前に置く。そのままついでのように「王家からの婚約の斡旋だ」と、苦々しい顔になり呟く。


「あら、慣例を無視した斡旋なのでしょうか?」


 マティルダは首を傾げて確認の言葉を発する。母のイザベラ辺境伯夫人が「とてもグレーですわね」と、いつもと変わらずホワンとした口調で答える。


「グレーですか……。ということは、マクシミリアン公爵家との縁組ということになりますわね」


 マティルダがそう察すると、エドリック辺境伯は軽くうなずき説明を進める。


「そうだな、この間会ったゼルガード君が公爵家に養子縁組で入り家名を存続させ、その妻にマティを指名してきた形になるな。我が家とマクシミリアン公爵家なら慣例から外れるということだろう」


 イザベラ辺境伯夫人は少し眉を寄せ困った顔で話を引き取る。


「慣例から外れるかは難しいところですね。ゼルガード君は王弟、王族ととらえれば慣例違反と言えなくもありません。なのでグレーなままですわ」


 エドリック辺境伯は不機嫌を隠さず「断っていいぞ」と、腕を組んでぞんざいに言い放つ。


 マティルダは腕を組み、目を閉じた。しばらく沈思した後、結論が出たので目を開け、ひとこと「お受けします」とハッキリと告げた。


 家族全員が驚きで目を見開き、ラウンジが沈黙に包まれた。


「わたくしは、ローベルトおじさまが大好きです。マクシミリアン家も大好きなのです。ゼルガード様の事は少ししか知りませんが、ローベルトおじさまが守った家を守るために嫁ぐことに躊躇いはありませんわ」


 ローグレン兄様が「そのわりに長く考えてたぞ?」と、ツッコミを入れてくる。マティルダは顔を向け「ついでにゼルガード様のことを考えてました」と答える。


「お父様、わたくしはマクシミリアン公爵家に嫁がなければなりません。明日には出立しますので了承の返書は今日中に書いてくださいませ。それでは準備に入ります」


 マティルダはそのままラウンジを出て侍女たちに指示を出しながら自室に向かった。唖然としていた家族たちは慌てて動こうとするが、エドリック辺境伯が止める。


「マティには以前、『自分が信じる道を突き進め』と言ってある。マティが決断したなら叶えさせてあげようと思う。たぶん、王国にもマティにも必要なことなのだろう」


 武人の顔で告げた後、へにょんと顔が崩れて「ても、明日は早過ぎだろ……」と、力なく項垂れた。


 イザベラ辺境伯夫人は立ち上がり、侍女に「晩餐は送別になると厨房に伝えなさい」と指示を出しラウンジから退室していく。通路を歩きながら、「戦姫の嫁入り、明日の出立を街中に広めなさい」と執事たちに指示を出していく。


 その夜の晩餐は別宅から急遽、前辺境伯夫妻のローベルトとマルガレーテも駆けつけ盛大な送別の宴となった。誰も嫁ぐことには触れず思い出話に花を咲かせた。思い出だけを語り合う送別こそがヴァルデン辺境伯家の流儀であった。


 翌日の早朝、出立の日――。


 門に続く道には多すぎて溢れかえる人々がマティルダの出立を見送るため出ていた。道沿いのお店などは道沿いの部屋を開放するなど多くの人が見送れるように心尽す。


 マティルダを先頭に、五騎の騎士と二騎の侍女が続き門に向かい緩やかに進んでいく。途中の広場でマティルダは歩みを止め


「みな、長らく世話になった。こたび〈王国の盾〉に嫁ぐ! みなのつけてくれた〈戦姫〉の名に恥じぬ働きをしようぞ。少々遠いが、我が働きをこの地で見ていてくれ!」


 そう告げると、マティルダは馬上でまっすぐ前を見据え「――出立!」と号令をかけた。


 マティルダを先頭に八騎の馬たちが門に向う道を駆け抜けていく。周囲は駆け抜ける馬蹄すら聞こえないほどの歓声に包まれた。


 男性たちは雄叫びを、肩車された子どもたちも叫び、女性たちも歓声を上げ、辺境伯領都グリムバルト全体が送別の波に呑まれていった。


 辺境伯領を出立してから二十日後の王都リヴェルナ――。


 東門を抜け街中を緩やかに進む八騎の馬たちは注目を浴びていた。先頭を行く銀白色の髪を靡かせた少女、騎士を従えて王宮に向う姿はとても目立っていた。


 視線を気にするでなく王宮に進み、城門で名乗り馬を預けて案内について応接室に腰を据える。辺境伯邸タウンハウスに寄らず王宮にそのまま来るのはかなり異例だがマティルダ辺境伯令嬢は特に気にしていなかった。


 お茶で喉を潤していると扉がノックされ、そのまま開かれる。護衛の騎士たちが動きを見せるが、マティルダは意に介さず席を立ち、男性が取る礼を侵入者に見せる。


「マティルダ嬢は乗馬服もまた随分とさまになっているな。噂の紅蓮の軍装は着てこなかったのか?」


 ヴァルディス・フェルノート国王は気さくに声を掛け、向かいのソファーに腰掛ける。礼を解いたマティルダ辺境伯令嬢も座り直す。


「国王陛下にお会いできたこと嬉しく思います。……本題ですが、婚約の斡旋ありがとうございます。ローベルトおじさま亡き後の公爵家を支えるは本望。婚約の話、受けさせて頂きます」


 マティルダは王宮が付けた侍従から書簡を受け取り、ヴァルディス国王の前にそっと置く。本来いるべき国王側の侍従がいないため不可思議なやり取りになっていた。


「受けてくれるか。それにしても、とことんローベルト好きだな。もうちょっとゼルも気にかけてやってくれ」


「気にかけてはいますよ? あの奔流の中で動けたことは驚嘆に値します。少し弱かったといえ魔物も動けない程度は出ていましたし。お会いするのが楽しみですわ」


 ヴァルディス国王は顔を手で覆い、「お手柔らかにしてあげてくれ」と嘆く振りをし、手を下ろして続ける。


「公爵としての公務はだいぶはけたようだ。騎士団の統率は執事になったルドワンが手綱を握ってるので問題ない。かなり張り切ったみたいだな」


 マティルダ辺境伯令嬢は目を見張り「ルドワン爺が騎士団を抜けて執事になったのですか?」と確認する。


 ブフォっと吹き出したヴァルディス国王は「爺かよ」と爆笑し始めた。しばらく笑ったヴァルディス国王は目から涙を拭い「抜けたぞ」と軽く答える。


「ということは、ザリオンおじさんが騎士団長ですよね。ちょっと……いえ、だいぶ不安感がありますわ」


「マティルダは、あそこの内情をよく知ってるなー。そうなんだよ、ゼルとザリオンだからなぁ……マティルダを推した理由分かるだろ?」


 マティルダは軽くうなずき「この後、公爵邸に入ってそのまま居座るので早急に鍛えたいと思います」と、口元に不敵な笑みを浮かべて宣言する。


「えっ? 公爵邸に居座るの?」


「この婚約が破談になれば嫁の行き所はありませんから問題はありませんわ。サクサク進めてしまいましょう。細かいことは後からで十分と思います」


 ヴァルディス国王は顔を引き攣らせながらも何とか「そうだね」と、それだけは口にできた。


『この子凄いな、こりゃゼルがアタフタするとこ見れそうだし……楽しみになってきたぞ』


 無事にテンションが戻ってきたヴァルディス国王は満面の笑みで、「どうせ身内だ、公爵邸行く前にクラリスとリーズに会っていかないか?」と提案する。


 両妃殿下のクラリスとリーズはマティルダをとても気に入り、義妹になるからとお互い呼び捨てで楽しそうに談笑していた――。


 夕方になり、マティルダは専用回廊を案内され公爵邸タウンハウスに消えていった。


名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)

■マティルダ・ヴァルデン : 辺境伯家次女 : ヴァルデン辺境伯領の領都で幼馴染の令嬢たちとお茶会をしていた。「王国の盾」に嫁ぐため、王家からの婚約斡旋を自ら決断し、翌日には王都へ出立した。ローベルト前辺境伯を慕っている。ヴァルディス国王に婚約の受諾を伝え、公爵邸にそのまま居座ることを宣言した。「戦姫」の二つ名を持つ。

■マリンゼ子爵令嬢 : 家名不明/マティルダの幼馴染 : マティルダの同い年の幼馴染で寄子貴族の令嬢。学園の武術筆頭。

■エレッティア男爵令嬢 : 家名不明/マティルダの幼馴染 : マティルダの同い年の幼馴染で寄子貴族の令嬢。武術と魔法の次席。殲滅力筆頭。

■クシャナ男爵令嬢 : 家名不明/マティルダの幼馴染 : マティルダの同い年の幼馴染で寄子貴族の令嬢。学園の魔法筆頭。

■エドリック・ヴァルデン : 辺境伯/マティルダの父 : マティルダの父。王都からの婚約斡旋の使者を受け取った。マティルダの決断を尊重したが、出立が早すぎることに項垂れた。

■イザベラ・ヴァルデン : 辺境伯夫人/マティルダの母 : マティルダの母。婚約の斡旋を「とてもグレー」だと評した。娘の送別について指示を出した。

■ローグレン・ヴァルデン : 辺境伯家長男 : 既婚。マティルダの兄。マティルダの決断に驚き、ツッコミを入れた。

■カイラン・ヴァルデン : 辺境伯家次男 : マティルダの兄。

■エヴィナ・ヴァルデン : 辺境伯家長女 : マティルダの姉。

■ローベルト・ヴァルデン : 前辺境伯/マティルダの祖父 : 前辺境伯。マティルダの送別の宴に駆けつけた。

■マルガレーテ・ヴァルデン : 前辺境伯夫人/マティルダの祖母 : 前辺境伯夫人。マティルダの送別の宴に駆けつけた。

■ヴァルディス・フェルノート : 国王/ゼルガードの兄 : 王宮でマティルダと面会し、婚約の受諾を受けた。ルドワンが騎士団を抜けて執事になったことなどを話した。

■ゼルガード・マクシミリアン : 公爵/王弟 : 王家からの婚約斡旋でマティルダを妻に指名した。

■ルドワン卿 : 前騎士団長/執事 : 騎士団を抜けて執事になった。騎士団の統率を握っている。

■ザリオン卿 : 騎士団長 : マティルダは彼の騎士団長就任に不安感を示した。

■クラリス・フェルノート : 正妃 : 王宮でマティルダと談笑し、彼女を気に入った。

■リーズ・フェルノート : 側妃 : 王宮でマティルダと談笑し、彼女を気に入った。


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