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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十四章 公爵家の喜び、学園の変化
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閑話 小さなお茶会、噂の夫人会

 十一月を目前にした王都(リヴェルナ)は、秋と冬の境目に揺れていた。高く澄んだ空には白い雲がひとかたまりずつ流れ、陽は柔らかいながらも次第に傾きが早くなっている。街路樹の葉は黄金や深紅に染まり、冷たい風が吹けばさらさらと音を立てて石畳に舞い落ちた。


 セトリアナ大河はすでに冷えを帯び、川面を渡る風は頬を刺すように鋭い。水上を行き交う荷船の船頭たちは厚手の外套を羽織り、吐く息は白くほどけていく。


 貴族街の一角に広大な敷地を持つアスグレイヴ侯爵家のタウンハウスでは小さなお茶会が開かれていた。


 招かれているのは、王都でも顔の広い数名の婦人たち。この集まりは、ただの社交ではない――。


 それぞれが最近耳にした噂を持ち寄り、その真偽や出所を推測したり、扱い方を相談したりする――少し風変わりな()()()()だった。


 ティーカップの澄んだ音と、甘い焼き菓子の香りに包まれながら、今日もまた王都の裏話が静かに花開こうとしていた。リヴィアーナ・コルヴァン子爵夫人は、この日の〈()()()()()〉に向けて、いつも以上に足取りを確かにしていた。


 アスグレイヴ侯爵家のタウンハウス――この集まりの定例の場であり、王都でも屈指の情報通たちが顔をそろえる場所だ。


 会場に入ると、主催のアスグレイヴ侯爵夫人ヴィクトリアが柔らかな笑みで迎える。挨拶を交わし、リヴィアーナ子爵夫人はいつもの席へ。香り高い紅茶と焼きたての菓子が並ぶ中、彼女の胸の奥には、いつもとは違う緊張があった。


 最近、王都の噂はマクシミリアン公爵家一色だ。


 異変騒動に、王立学園の特設講座――流れる話は多く、形も色もばらばらで、どれが真か判じ難い。だが、今日リヴィアーナ子爵夫人が持ち込むのは、その渦中にいる人物から直接聞いた話。


 確かな事実だ――。


 この場でそれを共有し、混乱する噂の流れを正す――それが、今日の彼女の目的であった。リヴィアーナ子爵夫人は会話の輪に加わりながらも、いつもより少し控えめに、紅茶を口に運んでは微笑み、要所で相槌を打つ。


 その様子を見ていたヴィクトリア侯爵夫人が、くすりと笑いながら声を掛けた。


「ふふ、リヴィアーナ、今日は仕掛かり戦でいらっしゃるの?」


 リヴィアーナ子爵夫人はその言葉を受け止め、ゆるやかに微笑む。


「さすがヴィクトリア様、お見通しですわね。実は――今日は大物を放流しようと思っておりますの。どのような流れがよろしいか、少し思案しておりました」


「まぁ、大物ですの!」

「それは楽しみですわ」


 と周囲の夫人たちも色めき立つ。


 リヴィアーナ子爵夫人は、話題の流れを崩さぬよう言葉を継いだ――。


「つい先日、マクシミリアン公のタウンハウスにお伺いする機会がございましたの」


「まぁ! 直接お声がかかるなんて、素敵すぎますわ〜」


 場が一層ざわめく中、ヴィクトリア侯爵夫人も優雅に頷く。


「あらあら、それは本当に羨ましいこと。マクシミリアン公夫人とお茶をいただけるなんて、それだけで心が浮き立ちますわ」


 リヴィアーナ子爵夫人は、ここで小出しにするよりも一気に話す方が効果的だと判断し、口を開いた。


「当日、特別なゲストがおりましたの」


 リヴィアーナ子爵夫人は一呼吸おき、周囲の関心を引きつける。


「特設講座の講師であるアルフォンス殿――そのお母様と、双子の妹君、弟君ですわ」


 その瞬間、ヴィクトリア侯爵夫人を含め場の全員が目を見開いた。


「まぁ……アルフォンス殿のご家族が王都に滞在されてると?」


「はい。しかも、タウンハウスにお部屋をお持ちのご様子」


 ざわめきが一段と大きくなる。


 この場にいる誰もが理解している――タウンハウスでもマナーハウスでも、()()()()()()ということは、客人以上の扱いを意味する。


「つまり……アルフォンス殿の後ろ盾だけでなく、そのご家族まで、家族同然にお迎えになったということですのね」


 ヴィクトリア侯爵夫人がそう呟くと、他の面々も深く頷き、会場の空気が一層熱を帯びていった。


 ヴィクトリア侯爵夫人は侍女に軽く視線を送り、おかわりの合図をする。湯気の立つお茶が再び配られるまで、場は一瞬だけ静まり返った。


 やがて、ティーカップが手元に置かれたところで、ヴィクトリア侯爵夫人が口を開く。


「リヴィアーナ、その日の感想を聞いてもよろしいかしら?」


 リヴィアーナ子爵夫人は微笑み、静かに頷いた。


「勿論ですわ、ヴィクトリア様」


「私が特に重要と感じましたのは、公爵家の方々があのご家族をとても気に入っておられるということです――」


「そしてマティルダ様は、あのお母様、ティアーヌさんを『信頼できる親友』とお呼びになっておられました」


「親友ですって!?」

「まあ……なんて羨ましい」


 場の空気が一気に華やぎ、夫人たちの間に羨望と興味が波のように広がっていった。


「双子は――お姉様がミレーユちゃん、弟君がレグルスくん。まあ、それはもう愛らしいお子さまたちです――」


「しかもこの二人、公爵家ではほとんどシグヴァルド様の実の妹弟のように扱われておりました」


「そこまでですの!」


「ええ。そして、アルフォンス殿は――さしずめ、シグヴァルド様の()()()()()()()のようなお立場ですわね」


 場の驚きと感心が入り混じる空気を、ヴィクトリア侯爵夫人がやわらげるように声を挟む。


「……つまり、アルフォンス殿お一人だけでなく、そのご家族までが公爵家にとって好ましく、大切にされているということなのですね」


 そう言って微笑んだ彼女の表情は、どこか優しげだった。


「我が家の次男、ヴェルナーも常々アルフォンス殿のお話をいたしますのよ。それはもう――人徳者と呼ぶほかありません」


 ヴィクトリア侯爵夫人は、ふっと真面目な表情に変わり、「――では本題を」と促した。


 リヴィアーナ子爵夫人は内心で『さすが』と感心しつつも、表情には出さず静かに口を開く。


「異変の英雄譚――あれは、ほぼ事実だそうですわ」


「まぁ! あのままですの?」

「かっこよすぎますわ……」


「最終決戦では、マティルダ様が少し出遅れてしまい、二人に置いていかれたと嘆いておられました。でも、最後は三人揃ってとどめを刺せて、ようやく安堵なさったそうですの」


 ヴィクトリア侯爵夫人はゆるく首を振り、感嘆と驚きが入り混じった声を漏らす。


「英雄譚だなんて、確証は得られないと思っていましたのに。ローレンスは、あたかも真実のようにヴェルナーへ話しておりましたけれど……まさか、本当に」


 リヴィアーナ子爵夫人は、最後の切り札を出すように言葉を続けた。


「〈賢者〉セレスタン様と、マリーニュ伯爵領の異変で封印結界を起動した件――これもまた事実だそうですわ」


「アルフォンス殿とリュミエール嬢は、まさしく()()と呼ぶにふさわしいお二人です」


 場を包むのは、一瞬の沈黙。誰もが言葉を失った。


「……はっ、本当に声が出ないものですのね。〈賢者〉に〈戦姫〉、そしてそこへ新たな〈英雄〉が加わるなんて」


 ヴィクトリア侯爵夫人は、堪えきれないような嬉しさをその表情に浮かべた。


「……もうひとつ」

「まぁ、まだございますの?」


「ミレーユちゃんとレグルスくん。あの双子は、間違いなく注目に値します――」


「この冬の社交シーズンは、きっと二人の話題で持ちきりになる――私はそう確信しておりますわ」


「えっ? そちらですの?」

「いったいどれほど話題性を抱えておられるのかしら……アルフォンス殿方は」


 席にいた夫人たちは顔を見合わせ、ため息まじりの笑みを漏らした。まるで次の社交の渦を先取りしたような空気が、アスグレイヴ侯爵家のサロンに満ちていった。


 ヴィクトリア侯爵夫人は満面の笑みを浮かべて言った。


「この情報に触れられたのはまさに行幸の賜物ですわ。皆さん、私たちの信条は()()()()()を扱うこと」


 王家の方々もこれから動き始めるでしょう。

 マクシミリアン公夫人は先陣を切りました。


()()の私たちも動き出さなくてはなりません。王国は変動期に入っています。良いことも悪いことも起こるでしょう――」


「私たちが先陣に立つことは叶いませんが、先陣の方々をしっかり()()()()()はできます。それぞれの領分で力を尽くしましょう」


「やりましょう!」

「私たちの存在意義を、しっかりとお見せしましょうね」


 リヴィアーナ子爵夫人は心の中でそっと思った。


『ヴィクトリア様は、マティルダ様と同じく高いカリスマ性をお持ちだわ。()()()()()()()様、()()()()()()()()様――まさに王国の双璧ね』


「私は、社交の場で空気を整えてまいりますわ」


 リヴィアーナ子爵夫人は静かに、しかし確かな決意を込めて宣言した――。こうして、王国を知と社交で支える〈噂の夫人会〉が、いよいよ動き始めた。


お茶会参加者リスト

主催:ヴィクトリア・アスグレイヴ侯爵夫人

招待客

 リヴィアーナ・コルヴァン子爵夫人

 不明二名


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