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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十三章 暴風接近、婚約への道
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閑話 ガラスの着色、ソフィアの分岐点

閑話「カラフェシリーズ」エピソード3

 王都リヴェルナは、秋本番の装いを深めていた。石畳の街路には落ち葉が舞い、乾いた風に乗って柘榴や栗の香りが微かに漂う。城壁沿いの並木は、赤や黄金の葉を揺らし、日差しを受けてまばゆく光った。


 その向こうに広がるセトリアナ大河は、穏やかな水面に秋空の青と並木の紅を映し出し、街全体に柔らかな光のベールをかけている。


 公爵邸タウンハウスの少し奥まった場所にあるガゼボは、まるで工房のような状態になっていた。秋の風は暖房の魔道具によって遮られ、外にいるとは思えないほど快適な空間が広がっている。


 ガゼボでは、アルフォンスとリュミエールがお茶を飲みながら談笑していた。


「錬金術でガラスが作れると始めましたが、なかなか上手くはいかないものなのですね」


 リュミエールがティーカップに視線を落としながら、静かに呟いた。


「錬金術自体の資料が少ないから、セレスタンさんの概論にないのは探すのが難しいんだ。ガラスを作るための錬成陣もないし、試行錯誤は致し方ないかな」


 アルフォンスはティーカップを傾けながら、その言葉に答える。


「グラナートさんから聞いた〈変形〉も調べてますし、工房で使った〈遮熱〉もですよね。抱えすぎると上手く行きませんわ。優先順位はどうします?」


 リュミエールは、アルフォンスの顔をまっすぐ見て、問いかける。


「先ずはガラスかな、公爵様に王都のガラス工房を紹介してもらうお願いはしてある。着色の試行錯誤はそこにお願いしようと思ってるよ」


「着色はバストリアだけでなく王都でも進めるのですか? 確かに手は多いほうが良いですが大丈夫でしょうか」


「着色に関しては、マティルダ様を巻き込んで王家の方々も巻き込もうと思ってる。綺麗な色が出たら絶対関わって来るから――最初から関わってもらおうかなって」


 アルフォンスは少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「王家を巻き込む発想がどうかと思いますが、関わって来るのは確かですから悪い選択ではありませんわね」


 休憩も区切りがついたので、アルフォンスは再び魔法陣に取り掛かった。リュミエールは材料を並べながら、静かに見学すると決めていた。


 最近は、少しでも時間があるとこのガゼボを占拠しているうちに、ほとんど専用の工房のようになってしまい、自由に使えるようになっていた。


「基本的に、混ぜ合わせるのは〈()()〉か〈()()〉の錬金術を使うのだけど、基本と応用は概論で学んでも十分ではないんだよね。でも、だいぶコツが分かってきたよ」


 魔法陣に視線を落としたまま、アルフォンスは淡々と説明する。


「たしか、〈合成〉は『原料の変質が大きい』でしたっけ?」


 リュミエールは、記憶の引き出しを探りながら尋ねた。


「そうだね、混ざりすぎて違う物になる感じだね。なので、今は〈融合〉を軸にした錬成陣で試してる。魔導炉で溶けるのを見ておいたのは参考になってる」


 そう言いながら、アルフォンスは錬成陣を少しずつ改変していく。同時に〈土〉属性による分析を働かせ、細かな調整を加えていった。


 マクシミリアン公爵領都バストリア 公爵邸マナーハウス――。


 ゼルガード公爵は、王都から届いた書簡の中にアルフォンスからの手紙を見つけ、目を細めた。


「俺宛というのは珍しいな。急ぎの書簡ではないようだが、頼みごとかもしれんな」


 ゼルガード公爵は封を切り、手紙を読み進めていく。読み終えると、彼は少し思案し、執事長を呼び出した。


「ガラスの着色はどんな感じになっている?」


「グラナート様がぶつぶつ言いながらも酸化物を集め、ガラス工房に渡して試作を繰り返しています。成果は出ておりますが、正式な報告はまだでございます」


「王都でもアルフォンスが何かやらかすようだ。ガラス工房の紹介を頼んできたから、選定して声を掛けるよう手配してくれ。グラナートにも伝えておいてくれ」


 そう言いながら、ゼルガード公爵は小さくため息をつく。


『ガラス関連ならバストリアに影響は少ない……はずだ』


 しかし、既に着色や魔道具の件で、領都バストリアは何かと騒がしくなっているのも事実だった。


 王都リヴェルナ マクシミリアン公爵邸タウンハウス――。


「綺麗な色が出ましたね」


 リュミエールの手のひらには、鮮やかな青色に発色したガラスの塊が載せられていた。机の上には、すでに緑色と黄色のガラス塊が置かれている。どれも透明度が高く、この塊を小さな細工にすれば、宝石と見間違えるであろうほどの出来栄えとなっていた。


「綺麗だよね、これで小物を作ってリュミィに贈りたいけど、まだ〈変形〉が上手く制御しきれてなくて」


 アルフォンスは少し悔しそうにしながらも、そのガラスを愛おしそうに眺める。


「ふふ、その楽しみは後にして、このガラスならマティルダ様を通して仕掛けられると思いますわ。たぶん、ソフィア様が窓口になるかと」


 リュミエールは、アルフォンスの気持ちを汲み取りながらも、次の段階へと思考を巡らせる。


「あっ、公爵様からガラス工房の紹介をもらったから予定を組まないと。こっちで配合した原料でガラスにしてもらって差があるか確認しないと」


 アルフォンスは思い出したように、慌てて告げる。


「最短ですと、明後日の午前中ですわね。訪問の先触れを頼んでおくことにします」


 リュミエールは手早く段取りを決めると、すぐにその手配に取り掛かった。


 王宮 第二庭園 温室――。


「マティルダ、見せたいものって何かしら」


 クラリス正妃は、ティーカップから立ち上る芳醇な香りを楽しみながら問いかけた。


 侍女がテーブルに近づき、三つの小箱をそっと置くと、静かに下がっていく。マティルダ公爵夫人は小箱をひとつずつ、クラリス正妃、リーズ側妃、ソフィア王女の前に押し出し、「開けてごらんなさい」と声をかける。


「まぁ! 大きな宝石ね。青色ということはサファイアなの? 大きすぎて現実感ありませんけど……」


「えっ? こちらは黄色ですわ。凄い透明感で引き込まれそうですわ」


「えー、わたしのだけ緑色ですわ。これはガラスですわね。って、ガラスですか? この透明感はありえない。深緑の湖みたい」


 三人はそれぞれの小箱を覗き込み、驚きの声をあげた。


「マティルダ、これはいったいどうしたの? 帝国から透明度の高いガラスが最近入ってきてるわ。帝国産のガラスなのかしら?」


 クラリス正妃は、マティルダ公爵夫人から答えを引き出そうと目を輝かせる。


「それ、アルフォンスが作ったガラスよ。帝国産のカラフェを見て、リュミエールに贈りたいと最近ハマってるの。相変わらずの動機よね」


 マティルダ公爵夫人の言葉に、王家の女性陣は啞然としてガラスを見つめ直した。


「くぅ、わたしもそんな贈り物が欲しいわ。なぜ、なぜいないのですか! マリシアさえ男の子だったら……」


 ソフィア王女は、ガラスを握りしめながら天を仰ぐ。


「これを作れるのはアルフォンスだけなの?」


「今はそうね。バストリアでは、グラナートが透明度の高いガラスの試作と着色を引き取ってるわ。『なんで儂が』とか言ってるけど、グラナートはアルフォンスに甘いから」


 マティルダ公爵夫人は楽しそうにクスクスと笑った。


「ゼルが頼まれて、アルフォンスに王都のガラス工房を紹介してたから、王都でもなにかやるみたいね」


「お義姉様、独占されますと好ましくないかと」


 リーズ側妃が、冷静な声で口を挟む。


「そうね、ガラス工房で作れるなら広めて競ってもらいましょう。ソフィア、あなたが責任者ね。素敵なものをたくさん作るのですよ」


 クラリス正妃の提案に、ソフィア王女は不満げに口を尖らせた。


「えー、なんでわたしなの?」


「ん? 関わればアルフォンスたちと遊べると思うぞ。アルフォンスたちの側にいれば楽しいだろ?」


 マティルダ公爵夫人の囁きに、ソフィア王女の表情がぱっと明るくなる。


「わたくししか、適任者はいませんわね。お母様、公爵邸に行ってきますわ」


 ソフィア王女は、勢いよく席を立ち、早速立ち去っていった。その様子を見ていたマティルダ公爵夫人は呆れたように小さく呟いた。


「今日は、午前中はガラス工房、午後は学園なのに慌てすぎね」


「マティルダ、ソフィアがアルフォンスと接する時間を増やそうとしているのかしら?」


 クラリス正妃が、そっと問いかける。


「ふふ、そうね。ソフィアは可哀想なぐらい男運がないわ。正直、アルフォンスが最後の望みではないかしら?」


「はぁ、そうなのよね。助かるわ、マティルダ」


 クラリス正妃は深くため息をつき、心底ほっとしたような表情を見せた。


 アルフォンスがリュミエールのためにと軽い気持ちで始めたカラフェ作り、意図的に王家を巻き込むことで大きなウネリを作り出すことになる――。


 そして、副産物としてソフィア王女との関わりが――アルフォンスの選択が運命の歯車を回す。本人の意思とは無関係に。


名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)

■アルフォンス : 錬金術師 : ガゼボを工房代わりにし、リュミエールのためにガラス制作に挑戦している。〈変形〉や〈遮熱〉、〈合成〉、〈融合〉などの錬金術を研究。王家を巻き込むことを計画する。

■リュミエール・マリーニュ : アルフォンスの助手 : アルフォンスのガラス制作を手伝う。ガラスの着色についてバストリアだけでなく王都でも進めることに疑問を呈し、優先順位を確認する。アルフォンスのガラスでソフィア王女を窓口に王家を仕掛けることを提案する。

■ゼルガード・マクシミリアン : 公爵 : 王都から届いたアルフォンスの手紙を読み、王都でのガラス工房の紹介を手配する。ガラス関連の騒動が領都バストリアに及ばないか懸念する。

■グラナート・ストーンハルト : 魔道具師 : 酸化物を集め、透明度の高いガラスの試作と着色をガラス工房で進めている。アルフォンスに甘い。

■マティルダ・マクシミリアン : 公爵夫人 : アルフォンスが作ったガラスの塊をクラリス正妃、リーズ側妃、ソフィア王女に見せ、アルフォンスの動機を説明する。ソフィア王女にアルフォンスと遊べることを囁き、ガラス工房の責任者となるよう仕向ける。

■クラリス・フェルノート : 正妃 : マティルダ公爵夫人からアルフォンスの作ったガラスを見せられ、その美しさに驚く。ソフィア王女にガラス工房の責任者を任せるよう提案する。ソフィア王女とアルフォンスの関わりが増えることを望む。

■リーズ・フェルノート : 側妃 : アルフォンスのガラスを見て、独占されるのは好ましくないと指摘する。

■ソフィア・フェルノート : 第二王女 : アルフォンスの作った美しいガラスに驚き、自身も欲しいと切望する。マティルダ公爵夫人の囁きで、ガラス工房の責任者となり、公爵邸へと向かう。アルフォンスとの関わりを増やそうとしている。

■セレスタン ・ヴァリオール: 賢者 : 錬金術の概論を著した人物。


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